14日から16日まで、奈良を旅行した。前回記したように、吉野の桜を観るのが一番の目的だったが、他のところも、楽しみだった。初日は、法隆寺へ。1月に参ったのだが、その時はツアー旅行、見学時間は90分で、多くの国宝や重要文化財のある大宝蔵院や百済観音堂も大急ぎしか観られず、離れたところにある東院伽藍の夢殿にはとうとう行かれずに終わったので、今回は、たっぷり時間をとって見物した。修学旅行生の集団がやはり来ていた。分散して、観て回っていたが、ガイドにより、説明に濃淡があるようだった。宝蔵院では、六体の観音菩薩像が見ごたえあった。特に月光(がっこう)菩薩の表情とスタイルが優美だった。教科書に必ず載っているといってよい玉虫厨子が意外なほど大きいので驚いた。聖徳太子の絵図も多くあった。時代によって大きく異なるのが面白かった。やはり、幼い頃や少年時代の像により惹かれる。八頭身のスーパーモデルのような細身の百済観音が常時観られるのは素晴らしい(平成10年秋に堂が落成されてからだという、ただし昨年春は奈良国立博物館の「超国宝展」に出展されていた。僕も観に行って、30分ほど見惚れていた、360度どの位置からも観られたのだ、奈良博の並々ならぬサービス精神に万歳!)。
東大門(地味だが珍しい三棟造りの国宝)から、玉砂の道を歩いて、八角円堂の夢殿へ。春秋だけ公開される秘仏、救世(くせ/ぐぜ)観音像を観る。堂内には入れず、外から観るだけ。残念ながら、暗いのと、自分の目が悪いのとで、良くは観られなかった。聖徳太子等身像とされ、写真でみると、写す角度により、表情が異なる。入江泰吉、土門拳、小川光三、辻本米三郎といった錚々たる写真家が撮っていて、皆目の付けどころが違う。月並みだが、archaic smileをたたえた表情のものに僕は魅せられる。
この夢殿の隣奥に、同じくarchaic smileで知られる菩薩半跏像のある中宮寺があるのを初めて知った。この寺は、聖徳太子の御母、穴穂部間人(あなほべのはしひと)皇后の御願によって建てられた尼寺とされている。平安時代には衰退し、その後もたびたび火災に遭っている。しかし江戸時代に尼門跡斑鳩御所となる。現在の本殿は、高松宮妃殿下(2004年に薨去)の御発願により、落慶したもの。取り囲む池の周りにはヤマブキの黄花が彩を添えていた。国宝の仏像は、かなり近くで観ることができた。右足を膝の上に置いた姿勢で、右手の指先を軽く頬に触れるのは、人間をいかにして救済するか考えているのだという。帰りにこの像のポストカードを4枚購入した。何とも言えないポーズに何とも言えない微笑、頭のカワイイ肉髷(?)に思わず見入ってしまう。
二日目はまず朝早く、桜井市にある大神(おおみわ)神社にお参りした。JR奈良駅から万葉まほろば線に乗って30分足らずで、意外に近いと思った。熊野の花の窟(いわや)神社とともに日本最古の神社とされ、御神体は、こんもりとした三輪山である(したがって、神社には本殿がない)。大和国一之宮であり、三輪明神とも称される。境内は広く、朝早かったので森閑としていた。
拝殿に参った後、いくつもの摂社をまわり、一番奥にある狭井(さい)神社へ。三輪の神様の荒魂(あらみたま)をまつり、病気平癒の神として信仰が篤い。万病に効くと言われる「薬井戸」の神水をいただく。拝殿の手前には、三輪山登拝の入り口があった。この次に参るときには、登拝せんと誓う。
その後、久延彦(くえひこ)神社へ。『古事記』に登場する智慧の神様、久延毘古命(その正体は何と案山子)を祀る神社である。その境内を登っていくと、展望台があって、そこからは、飛鳥周辺の大和三山(香具[久]山、畝傍(うねび)山、耳成(みみなし)山)が見え、その向こうに、より高い金剛山、葛城山、二上(ふたかみ)山の連なりが眺められた。古の万葉人たちもこの丘に登って眺めたのだろうか、と思わざるを得なかった。後で調べたら、二上山は双耳峰で雄岳山頂付近には、悲劇的な最期を遂げた大津皇子の墓があり、桜の名所であるという、ぜひ来年登ってみたくなった。
9時頃、大神神社を去り、再び奈良市に向かう。4月10日から国立博物館で「神仏の山 吉野・大峯」展が開催されているのを旅行前に偶然新聞で知って、今回の旅行の目的にちょうど良いタイミングだった。ところが駅から歩いて行ったのだが、地図をよく見なかったために、ひどく遠回りをしてしまい、通常なら30分以内に着くところを、ほとんど倍の時間かかってしまった。まあ、それでも、奈良市街についていくらか詳しくなったから、良しとするか。
二度目の奈良博だが、東博よりも、ずっと高い評価点をつけたい気になる。まず、展示物に子供向けのわかりやすい解説があること。最初は僕も通常の解説を読むのだが、疲れてくると、堅苦しい(中には要領を得ない)解説を読むのが難儀になって、子供向けの方に目を移す、その方が要点が頭に入って良いからだ。二つ目は、今回それほど混雑していなかったので、問題なかったが、観る順序の誘導について、職員がやかましくない点だ。注意などを極力少なくしている印象を受ける。つまり、奈良博の方が東博よりも客の視点に立っているように思う。
この特別展について、感想を細かに記すのは省こう。この展の一番の「主役」は、何といっても蔵王権現だ。権現とは、仏や菩薩が日本の神々を仮の姿として現れたものをいう。修験道の祖、役行者(えんのぎょうじゃ)が吉野・金峯山で修行中に感得したという。その像は、右手を振り上げ、左手を腰に当て、右足を蹴り上げる姿をとり、顔の表情は憤怒で満ちているように表される。会場には、その像が50体(?)近く展示されていた。前回も記したように、吉野山が古来より桜の名所となったのも、役行者が蔵王権現の姿を、山桜の木で刻み、お祀りしたことが起源とされている。蔵王権現や役行者に対する信仰の証として、信者たちはずっと桜を植え続けてきた。つまり、桜は蔵王権現の神木なのである。苛酷な大峯修行を二度も果たした西行が桜をことに愛でたのも、単に桜の開花の美しい光景を称賛したのみではなく、宗教信仰上の意味も深く感じていたのだ。
博物館を出ると、雨が強く降っていた。公園内にたくさん群れている鹿はずぶ濡れのままで、木陰に隠れようともしていなかった。いったん、近くのバスセンターに入ると、修学旅行生が大勢いた。外では、バスが次々と到着し発着していた。雨はやみそうにないので、思い切って駈け出した。宿泊先までは15分ほどだった。
最終日、吉野へ。当初は、二日目に予定していたのだが、午後雨の予報が出ていたので、三日目にしたのだ。宿をまだ暗い5時15分前に出て、近鉄奈良駅発5時7分の電車に乗った。2度乗り換えて、吉野駅に着いたのは7時5分。降りた客は10人に満たなかった。ロッカーに荷物を預けて、7時16分、ロープウェイ駅脇をスタート。七曲の車道ではなく、近道を通って、7時48分金峯山(きんぷせん)蔵王堂に着く。隣の仁王門は工事中だった。道はバスも通るのでずっと舗装されていて、歩き安かったが、何か味気なかった(登山道のような道が別個にあると思い込んでいた)。寺院が多くあるところまでは、道の両脇に食事店や土産店が並んでいた。だんだん坂もきつくなって、吉野水分(よしのみくまり)神社の鳥居に着いたのが8時41分。そうだ、肝心の桜のことを書き忘れていた。途中、地元の人と話す機会があって、今年はもう、下、中、上の千本の桜は散ってしまい、葉桜とのこと、奥千本も散り始めているという。写真で良く紹介される山肌一面に桜が咲き誇る光景(いわゆる「一目千本」)は全く見られないと聞いて、がっかりしたが、ともかく青根ヶ峰(857.9m)まで行くことにした。金峯神社(756m)に着いたのが9時11分。ガイドブックによると、吉野駅からこの神社までが1時間50分ということだから、ほぼ時間通りに歩けたといえる。
ここからは、舗装道を離れて、登山道になった。最初、暗い森の中の急坂を上った後、急な下りに。左手は切り立った崖が続き、臆病な僕はおそるおそる下る。途中から右側に手すりがあり、ほっとする。にわかに視界が開け、山の斜面には、桜の花が最盛期は過ぎたものの咲き残っていた。後方には、山の峰々が青く連なり、この日一番美しい光景が広がっていた。急な坂を下る恐怖感と、前方に広がる素晴らしい景色を観ての高揚感。そして下りきったところの台地にあったのが簡素な西行庵。その中には、西行の像があった。修行にじっと耐えているという表情を浮かべていた。こんな山深くの谷あいに3年間もこもっていたという。しかし、ここから、桜は無論のこと、秋の紅葉を愛で、また春のおぼろ月や秋の澄み切った月に心奪われて眺めたのだろう。この秋、紅葉シーズンの京都を訪れる際、ここにも絶対再び来よう、と誓った。
そこからは、割と緩い坂を進み、今も水が湧き出る苔清水を通過して、旧女人結界の碑があるところに出る。右に進めば、山上ヶ岳に至る。クラブツーリズムの団体が来ていた、皆年配の人たちだ。左手の階段を一登りして、青根ヶ峯に達する(10時8分))。ここは展望が聞かない。またこの付近は、樹間を抜ける風がひんやりとして、肌寒いほどだ。
もと来た道を引き返して、眺めの良いところで、おにぎり2個の昼食をとる。ここの山斜面にも、桜が咲き残っていた。ぎりぎり何とか間に合ったといえるかもしれない。その後、どんどん下る。登ってくる人に大勢すれちがう。吉野水分神社境内に入る。この神社は、別名、子守宮(こもりのみや)と呼ばれ、豊臣秀吉が子授け祈願し、秀頼を授かったことから、秀頼が社殿を再建した。桃山様式建築の三殿一棟造りで、本殿や拝殿などは国の重要文化財。ここの桜も散り始めていたが、舞い散る桜花と格式のある建築がマッチして何とも言えぬ風趣があった。境内は狭いので、吉野山が一番にぎわう頃は、ここもごった返して、風情もあったものではないだろうと思い直し、この古式豊かな神社に今日初めてお参りできてよかったのだ。
その後、道の両脇に食事店が並んでいるのを見ているうちに、お腹が空いてきた。豆腐専門料理店に入り、豆腐づくし膳と生ビールを注文する。胡麻豆腐がとびきりおいしかったので、土産にした。お腹を満たして、少し歩くと、蔵王堂の大伽藍が見えてきた。御朱印をいただく。秘仏本尊で、青くすさまじい形相の蔵王権現像の特別拝観を催していたが、料金が割高なことと、時間の余裕もあまりなかったので、止めにした。帰りは七曲りの道をたどり、駅に戻った。駅前には、多くの観光客が電車待ちをしており、インバウンドの姿も目立った。
初めての吉野、一目千本の絶景は目にすることができなかったが、良い旅ではあった。

















