戦艦みかさ
私が、書き込むより↓をご覧ください、
戦艦三笠のホームページです↓
http://www.kinenkan-mikasa.or.jp/
軍港めぐりのチケットで、安く入れますよ![]()
日本帝国を、直に感じられます。
しっかり、歴史の勉強をした後は、やはり、グルメですね
どぶ板通りへ
さ~~て、カレーか、バーガーで迷いますが
う~~ん、、取り敢えず通りを歩いておりますと
こんな光景が
思わず、シャッターを切りました
このシーンがないと、横須賀ではないですからね
カレーは、レトルトを買って
バーガーへ
TUNAMIへ
Yちゃんは、ジョージワシントンを注文
Wサイズのこのボリュウム25X15くらいあったでしょうか
見事に完食
私は、マッシュルーム&チーズ
はじめ、これ↓に挑戦しようかと、思っておりましたが、無理そうなので断念
次回、大勢で来た時にでも挑戦したいと思います
焼き立て、アツアツなバーガーは、あっという間におなかの中へin
並んで食べた甲斐がありました。とっても、美味しかったです
仕上げは、これに限ります
カレーソフト
お口の中は、カレーの風味がふわ~~~
息までカレーになりそうなカレーそのものの味、こちらも話のタネにいかがですか?
バラ園も満開になったことでしょう
また、行ってみたいな~~~
カメラおさんぽ、楽しかったです
今度は、はとバスツアー
横須賀港を散策してみました
横浜とは、まったく景色が違います
それもそうよね
基地ですものね
軍艦が、沢山
身が引き締まりますが
なんだか、いい香りがしてきました
まだ、10時半とはいえ
こんな行列です
かき小屋ですって
食べたいのは、やまやまですが、軍艦めぐりしたいので
唾をのんで我慢
出港を待っている間、カレーラムネをいただきま~~す
(でもね、ここだけの話、カレーの風味0でした
)
いよいよ
出港
1853年、ペリー率いる黒船艦隊が横須賀の浦賀に来港しました。
当時の幕府は異国船打払令などの法令により鎖国的な国策を進めます。
しかし、当時の勘定奉行であった小栗上野介は、「島国である日本が、
諸外国と渡り合うためには、近代海軍の整備が急務だ」と考えました。
1865年、幕府を説き伏せた小栗は、フランス海軍技師のヴェルニーを招き、彼を首長として江戸からも近く、波の影響を受けにくい横須賀に、
日本で初めての造船所となる「横須賀製鉄所」の建造を始めました。
以降昭和にかけて、横須賀港は世界でも有数の軍港へと発展していきます。
―― 近代的な軍港へと発展し、日米の艦船が所狭しと並ぶ現在でも、残された施設や、当時培われた優れた技術は至る所で使われています。
ここ横須賀の米軍基地を母港とする米海軍の空母「ジョージ・ワシントン」の乗組員が修繕作業中に乗り込むためだそうです。ちなみにこの空母の乗組員は5000人越えだそうで、街が海の上に浮かんでいるような存在だな。空母と言う事で警備が厳しいです、アメリカの旗が見えるでしょう。
なかなか、お目見えしないとか、運がよかった
しかし、大きさが伝わりますか~~~
こちらは海上自衛隊の掃海艇。海上・海中の爆発物処理(機雷とか)が任務だそうでして、磁気を帯びた船体に反応して爆発する「磁気機雷」に対応する為に、船体は、木ですよ
世界最大の木造船としてギネス記録を保持しているそうです
綺麗ですよね~~そんな説明を聞けば、パシャパシャ写さなくてはね
イージス艦も見ることができました
イージス艦の見分け方は、写真で白く見える八角形の形の盤が見えるのがそうです。
潜水艦に誰か人がいると思い、確かめるように、レンズを最大限にして覗いてみると、向こうも、私に気付いてくださいました
私が試しに手を振ると手を振ってくださいました
ありがとうございました![]()
案内の方が、とてもよく説明をして下さったのですが、写真ばかり気にして、軍艦の詳しい説明見事に忘れちゃいました
興味のある方は、是非、軍艦めぐりにご乗船くださいませ![]()
そうそう、この日、こんな光景がありました
基地に、怪しげなボートが侵入
入らないように注意を促しておりました、そして、海上保安庁の船が、ずっと後をつけて監視しておりました
その後、どうなったのかは、定かでありません





























