【人生が苦しくなる法則】

人生を苦しんで生きたいなんて人は

多分少ないと思う

それなのに何故人生ってやつは苦しいんだ?

まずは答えから

それは

【自己欲に忠実に生きてるから】

自己欲とは他人は関係ありません

自分がより良くなるために

人や物質や現象に期待したりして生きていくこと

高級車がほしい

お金持ちになりたい

自慢したいなどなど

まぁ気持ちは分かるが…

自分の手が届かないものに憧れる気持ちは十分過ぎるほど分かる

では自己欲って何なのか?というと

脳が創り出すもの

ってことなんだな

例えば食事

ステーキ食べたいなぁなんて思うと

口の中にはたくさんの唾液が溢るだろ?

例えば車

高級車に乗ってる人を見て

かっこいいなぁ、いつか乗りたいなぁ

なんて思うよな?

何度かその光景を目の当たりすると、欲しくて欲しくてたまらなくなる

身近な友人やfacebookの友達が

稼いだなんて話を聞くと

いいなぁ、自分も1億欲しいなぁ

なんて思いながら、ネットビジネスを探り始める

この人にはこう言ってあげた方がいいかな?

こうやって考えることも自己欲

簡単に言うと、脳で考えたことを実現すること

これが自己欲なんだわ

では脳で考えることって何なのか?

簡単に言うと、【決めつけ】なんだな

したいな、ほしいなってことも含め

相手の考えてることや欲してることを

これじゃないかな?って推測で行動する

いわゆる操作だ

自分の思う様に世界が動いてほしい

極端に言えばそういう風に考えることが

脳を使って生きるということ

最低やろ?ww

逆に

利他欲って何だと思う?

さっきの極端な内容を真逆に言えば分かりやすい

相手の思う様に世界が動いてほしい

言い換えると

相手のことを考えて、自分の世界を動かしたい

ということ

これもあかんわなー

自分の脳で考えているということは

そこに相手はいないんだわ

例えば会話をしている時

相手が発したことに対し

ん?

ってなることあるだろ?

これは脳が反応していて、自分の記憶の集合体と比較して判断しようとしてるんですね

判断ってのは

合う合わない、良い悪い、好き嫌いっていう

簡単に言うと、損得勘定なんだわ

ってことは

脳ってのは損得勘定するものってことだ

自分にとって損なのか得なのか?

ん?

って一瞬でもなったら、相手が言ってることに対し判断してること

これは自己欲だな

損でも得でもどっちでも判断する時点で自己欲ね

利己欲と利他欲

合わせて自己欲という

でもなそれに属さない想いってのが実は存在すんだわ

それが利他心ってんだな

利他心ってのは判断しない

そうなんだー

って一切の摩擦も無く、自分に取り込んじゃうこと

取り込んじゃうとどうなるかって言うと

勝手に言葉が出てくるんだ

これは思いを放つってことだ

それを

言っても大丈夫かな?って脳で考えずに

正直に言うこと

素直に取り込んで、正直に話す

これが利他心だよ

相手のために生きるということ

自己欲で生きる人が何故苦しいのかと言うと

自己欲の先に、素直で正直な自分を見てくれてる人がいないからなんだよ

自己欲の先にあるのは自分だけだから

利他心の先には、自分を理解する相手が待ってるんだ

だからな?

人生ってのは苦しいものじゃない

目の前の現象に物質に人に期待すればするほど

自己欲が出てきて、脳を使って創造する

でもそこには理解者はいない

本当の理解者ね

だから生きてても何故か孤独を感じるんだ

自己欲の達成には、相手がいない

真の理解者がいない

この真の理解者と創造することを確神という

でもまずは確信しよう

理解者のいる方へ歩き続けるということ

それは相応しい自分を探す旅だ

明日の自分が理解者となって手招きしてくれる
 
それに気づいたら不安なんかない

ただ歩き続けるだけで、面白い明日が、楽しい昨日を連れて寄ってくる

これを利他心の道という

{D9FB2059-84E6-4136-A67A-C5A25872DBDC}

PS.

言うって口してみたww

PPS.

実はあんまり車が好きじゃない

PPPS.

運転が嫌いというww