愛着があるものから苦しみは生まれる。
傷つけられたり、なくなってしまったり、
裏切られてしまったりと、喪失の恐れが起こるリスクがあるから。
人から傷つけられて、自己憐憫に陥るのも、
自己への愛着があるためである。
自分は嫌われるべきではない、蔑ろにされるべきではない、など
自分に対する愛着の態度が強すぎると、いざ冷たい対応を受けたときに
大きなダメージを受けることになる。
自己を尊重することは大切な取り組みではあるが、自己愛が強調されてしまうと
「大切な私」を傷つけられたと、恨みや憎しみを増強させてしまうことになる。
この苦しみから逃れるためには、自己への執着をなくしていくことにある。
しかし、自己否定をすることは間違いである。自己を卑下することなく、
自己愛を緩めていくことがポイントなのだ。
好かれることもあるが、嫌われることも当然ある。
尊重されることもあるし、無視されることだってある。
つながることもあるし、離れていくこともある。
それは、自分の特性からではなく、人間である以上みんなに起こることなのだ。
自分は優れているわけでなく、劣っているわけでもなく、必要とされる人というわけでもなく、不必要な人でもない、ただの人間であると理解することである。
そして、それは全人類に共通する変えようのない事実なのだ。
この世のあらゆる物事は絶えず動いて、形を変えていく。
その変化に翻弄されないよう生きることは、「何物でもないただの生き物」と
客観的に自分を観察することなのである。