emnetoura1981のブログ

emnetoura1981のブログ

ブログの説明を入力します。

Amebaでブログを始めよう!
承前。睡眠不足が続くとどうも体温が落ちてよろしくないですね。さすがに昨晩はちゃんと寝ました(笑)さて、早速ですが本題。今回取り上げている論説はこちら。SYNODOS 2014.10.22付特別永住資格は「在日特権」か? by金明秀 / 計量社会学前回・前々回の当ブログ記事は以下。2014-10-23付 問題解決から遠ざかるのは何故か2014-10-24付 問題解決から遠ざかるのは何故か Ⅱで、ここから日本の敗戦時に内地に残留した朝鮮半島出身者の国籍と選挙権の話。一応、金教授は「法理論的な話は省いて」なんてこともお書きになっていますので、あくまでも「当時の日本政府の政策」として見ていくことにしますが、日本政府といってもGHQによる軍事占領下にある日本政府になります。これは割と、終戦直後の話がされる時に抜け落ちがちなことで、金教授の論説でも同様であるし、一方で前回記事で資料元として参照させて頂いた後藤教授に至っては、「連合軍は、専制政治の解放者」といった前提が読み取れるように、戦後日本の公教育に対するGHQの方針として強く推進されたまま、なんとなーく国民に刷り込まれているものです。現行憲法無効論における「当時の議会の権能にどこまで正当性があるのか」といった点にも関係しますが、色々な資料に触れる中でのねこねこの印象は、マッカーサーの後の「日本は少年」発言に集約するところの「占領行政に関する思想」として、GHQは常に「教師」として振る舞い、日本政府は「生徒」の役どころを割り振られた中で、「生徒としての自主性」が処々容認されていたと見ます。なので、当時の日本の意志や正当性の有無といったものは0-100で判断できるものではなく、一定の範囲内で、ある程度の自主性を持って決められたこと、と考えます。その「一定の範囲」というのが、米国側の誤解や戦時プロパガンダに影響された認識違いなども含むものであったわけですから、現行憲法を聖典の如く抱え込んで、却って国民の生命財産を危険に晒し続ける必要もなかろうと。また同時に、現代における人権概念は広く普遍的に世界で共有されているのであり、近年ではむしろ濫用をどのように扱うべきなのかというところへ進むまでになっていますから(日本国内でも同様ですね)、米国による占領下の日本に対する「教育方針」から離れても、各国に共有された指針に沿うことは基本線としてあるわけです。ゆえに、主権回復に際して制限された権能や、国の有り様というのは自主性をもって変える(あるいは改めて起草する)べき、と考えるわけですね。金教授、あるいは前回の後藤教授の論説に書かれている、敗戦後~SF条約発効までの選挙権の変遷も、基本としては「米国の指導の下」現行憲法が策定されていく過程で大日本帝国憲法下における選挙権の考え方から現行憲法における選挙権の考え方の変遷によるもので、これは前回、内地人であっても外地に居を移せば内地における選挙権を喪うという帝国憲法下でのあり方を見た通りです。社会権のあり方、根拠、考え方というものがドラスティックに変化していて、権利擁護の観点からは現行憲法への変化はずいぶん支持されているにも関わらず、こと在日韓国・朝鮮人に関しては「日本政府による民族差別政策」として扱い、大日本帝国憲法下での考え方に依拠して権利を剥奪されたとするのは、矛盾もあるし、かなり乱暴なことだなぁと思うんですよね。とは言えこういった経緯が、特別永住者を主な対象と想定した地方参政権付与の主張に繋がったりしているわけです。そして、一定の「政治的思惑のある人々」と「何となく一緒の国だった記憶が抜けない人々」に支持されてきたという構図になるのかと。戦後教育を受けた世代は、国毎の主権を侵さないこと、過去に日本がそういう“罪を犯したこと”という刷り込みをされていますから、逆にこの件について今の現役世代から違和感が出てくるのは、自然なことだと思います。それを外国人扱いするな、民族差別をするな、と言われましても。その乱暴さ加減を何となく回避する為の根拠・補強として利用しているのが「国籍の決定における紆余曲折」になるわけで、ここまで読んで下さった方は、金教授のお書きになったロジックの構造が見えたかなーというところでしょうか。その国籍にしても、日本政府の不備と言えば在留していた外地人個々に、国籍選択の機会を設けなかったことだけです。しかも制度的・国際慣習的に統治機構などの変更で国籍の移動がある場合は、という話で、当時の状況からいけば「その機会を設ける必然性が見出しにくい」と言えます。何故なら、日本は敗戦国であり、連合国の視点からいけば、朝鮮半島は「専制国の支配から解放され元々の持ち主に返された、将来的に独立国となる土地」であり、解放の言葉の意味を考えれば、解放した立場の連合国と、解放人民たる外地出身者、解放の為に討たれた元専制国の間に、選択の機会を前提とする余地があるものかどうか。それに対して、「では、今改めて国籍選択の機会を」という主旨なのが、数年前までちょいちょい政治家さんから出てきていた届け出だけで帰化できるようにしよう、というもの。なので、この話は主に特別永住者に対して地方参政権を与えようという話と並んで、特に珍しいものではないのですね。今回の金教授の論説では、4者のプレイヤーを考えることは議論を複雑にするので・・・と日本政府の政策に限っていますが、日本政府の政策として見ていく場合でも、占領下の日本政府、GHQと連合国、新しく樹立された韓国政府、更には北朝鮮の外交的な地位関係なしには、どういう政策意図だったのかは理解できません。取り上げている金教授はじめ、この件に関する戦後の紆余曲折について、人権擁護の立場から論じる人々は、大抵の場合敗戦から主権回復までの期間を、まるで現在と同じような日本政府としての意思決定がされていたような前提で語る人が多いのですが、後藤教授の論説では資料を引いてこのように記載されています。p.61945年11月1日に、GHQが出した「日本占領及び管理のための連合国最高司令官に対する降伏後における初期の基本的指令」の中で、在日朝鮮人に関する部分は以下である。「軍事上の安全が許す限り中国人たる台湾人及び朝鮮人を解放人民として処遇すべきである。かれらは、この指令に使用されている『日本人』という用語には含まれない。しかし、かれらは、いまもなおひきつづき日本国民であるから、必要な場合には、敵国人として処遇されてよい」。GHQは朝鮮人をはじめとする旧植民地出身者を「解放人民」として処遇すると規定する一方で、必要な場合は、日本人(敵国人)として処遇すると述べた。※強調部分はねこねこによる。現在の在日韓国・朝鮮人の処遇を巡る議論では、よく持ち出されている資料なんですけど、これを読む時に当時の日本が敗戦に伴って連合国による軍事占領下にあったことの意味をちゃんと分かっている人があまりいないように思います。大戦末期、本土決戦の防衛計画(決号作戦)と、その対になる連合軍のダウンフォール作戦というのがあります。 Wikipedia-ダウンフォール作戦広島と長崎への原爆投下を受けたポツダム宣言受諾で、連合国の大規模侵攻の計画は中止されました。中止されたのは「侵攻・上陸作戦の実施」であって、連合国側の見方でいけば 上陸戦をやらずに上陸したというだけのことなんですよね。戦闘になったのは、上陸戦を展開する為の足がかり地だった沖縄。なので、軍将校らの一部は玉音放送を阻止してまで抵抗しようとしたし、昭和帝と皇族方は武装解除の説得に奔走して、これ以上の戦闘を避ける努力をしたわけです。「日本人(敵国人)として扱う」というのは、そういう背景のある意味なのであって国籍云々関係ないんですよね。彼らの帰属を表しているのは、「解放人民」になります。ポツダム宣言に沿ったものですね。つまり、「日本国民」というのは、GHQの指揮に従わない者は「敵」ですよ、の意。これはSF条約の発効と連合軍の撤収(実際には撤収どころか朝鮮戦争に向かうことになるわけですが)までそういう処遇だったっていう話。これを根拠として、「日本国籍を持っていたハズなのに外国人扱いされた上に剥奪された!民族差別!」というのは、滑稽でしかありませんよね。この「解放人民」という前提が「三国人」という行政用語になったので、「三国人という言い方は差別だ」という主張も、ここいら辺の勝手な解釈が基になっているものか、または勝手な解釈をしていくうちに“差別でないと困る言葉”に変わったものと思われます。ここら辺は、件の在留者に対する選挙権をどうするかっていう議事でも、「将来的に他国民になる人々に、政治選択の機会を持たせることはどんなもんだろう」っていう話はされていて(前回取り上げた清瀬の発言だけではないのですね)、結果として「停止」という結論になっているわけで、この点で政治選択のあり方によっては講和までにどういうことが起こるかも分からない、「戦争状態」における妥当な判断(SF条約の署名は1951年9月8日)なわけで、共産主義への脅威排除と共に、その点でも差別というより保護です。ですので、最初の段階から「日本国籍を今後も引き続き持つ」という前提にはないと言えますよねこれ。ということで、ちょっと大変な作業でしたが、ここまでをまとめ。・ポツダム宣言受諾で併合地が解放。・併合地出身者は解放人民。・日本に在留している解放人民は、帝国憲法が有効な間は元の法的地位も有効。・講和が成るまでに日本国民による連合軍に対する戦闘行為が勃発し、それに参加したら日本国民として扱うからね。・将来的なことを決めるのは、将来的にも日本国民であることが前提の人々でやります、決めた結果によっては講和が成るまでは連合国とどうなるか分からんし。・故郷の地は解放されたから帰国はサポートしますよ、戻ってきたら外国人ですよ。・故郷の地に正式な統治機構ができれば、そちらの法的身分が確定しますからより安心ですね。これが何故、《形式的には日本国民、しかし実質的には外国人扱い》なのでしょうか。これしきの話にこうまで説明をしなきゃならないのは、日本人自身が敗戦~GHQ占領~主権回復という一連の流れの中で、主権回復の意味や重要性を認識できるだけの教育を受けていないからっていうのもありますが、何よりも各ポイント毎に言葉を都合よく解釈重要な事実を無視する(あるいは隠す)時系列を混乱させて切り貼りする主張と矛盾する事柄を根拠に利用するようなことを重ねに重ねているからなんですよね。議論が複雑になってるのは、主に自分たちの所為じゃないのかなぁと。そこに「人権」「民族差別」というエッセンスを振りかけると、社会的に成功したと言われる人々が「なるほど」っていう反応しちゃったりして、本当に困ったことだと思います。ということで、ここからの話の方がシンプルです。ようやく“今現在”の話になるからですね。古い資料を引かなくても、特別永住資格ができる経緯はごく最近のことでありますから、議事録なりウェブ上の引用なりで残ってますので。ということで、明日でこのシリーズ終わりにします。明日は、「特別永住資格は特権か否か」「問題点」「問題解決の手段と阻害要因」など、以前からお読み頂いている方はよく知っているとは思いますが、ねこねこの考え方をまとめます。橋下氏が「ヘイトスピーチがなくなるんなら、特別永住許可なくそうか」みたいなことを言ってるのも、素っ頓狂な話だし。いや~、ここまで実に面倒くさかったな~。結構文章ごちゃごちゃしてしまいましたが、読みにくかったらごめんなさいね。これを対面で「差別だーっ!」とか激高する相手に言い聞かせるとか無理だもんねぇ。ネットがあればこそですよ、やっぱり。彼らの主張の構造がなんとなく掴めた気がする!という方は、 ↓ クリックをお願いしますm(_ "_ )m人気ブログランキングへ 重箱の隅をつついて言うだけならなんとでも ...