激動の1週間。。
あれ?色々ありすぎて時系列がよくわからないけど。
とある日、夕飯の支度をしようとリビングへ。
何を作ればいいですか?と聞いたら
お金も入れないから買い物もできないと
あなたを責めてるわけではないが、とめっちゃ言われてね、わたしは夫には余計なこと言うなと言われていたから すみませんと謝罪することしかできなくて。リビングにわざと義理弟登場。あーまた変にめんどくさくしているが、助けてくれたんだなと。話し合いのきっかけ作ってくれた弟の思いをくみとり、電話してお金あまり入れれない理由きちんと説明して謝れ!って旦那に怒ったら逆ギレ。家の中よくしたい、みんなで引越ししようとか言ってるのに親に対してキレるのは間違ってる、キレたら何も変わらないから!損するの自分だよと。
正直、親に頭上がらないんだとはかなり前から知っていて、なのにキレたりする夫には腹がたっていた。もちろん虐待された傷は深いかもだがだからと言って何していい訳では無い。年老いていく親を見ててなんとも思わないのかなって。。夫は不器用なとこがありほとんど話さなく親と向き合ってなかった。
夫が逆ギレしてる間にリビングにしつこく呼ばれたので(笑)話も途中でリビングに。
夫帰宅。4人で話し合いを。本当の理由は話さずそれでも夫なりに説明してくれてね、謝れない人だからわたしはひたすら謝罪を。きちんと説明してくれたらまた違かったのよと義母。むしろ色々大変なのにガソリンまだ大丈夫かとか義父は生活費大丈夫かと心配してくれて。やはり、引越しはしないととなりだだっ広い借家を借りて住むしかないと提案して、それがみんなが一番楽な方法だと説得。義母が涙流してる姿見たら、、わたしも一緒に泣いてしまった。大事な家ごと全てなくしたことを思うと、、、って素直に話し涙は止まらなくて。義父母の苦労を思うと涙は止まらなくて。借家借りる費用はすぐは無理だけどこちらで用意するからと夫が言ってくれて。わたしはここで決心。わたしも、もう1度頑張って働く!と。
みんなで協力してやってくしかないと。早く出るにはわたしも頑張りどきと。行動力だけはあるわたしは次の日この前気になった求人の相談へ。この前の人がまた出てきてめんどくさいこと言ってきたから、だからそのこと担当の方に相談したくて今日来たんだけど?と。10分くらいお待ちくださいと言われて。事の経緯を話すと事業所に電話をして交渉してくれて、会社側に求人更新してもらい、なんとか紹介状をいただけた。チラっとスピリチュアルな仕事が夢だって言ったらわたしも占い好きなんですと。びっくり(笑)パワーストーンもお好きとのことで。それなら少し資金貯めないとね頑張ってねと理解示してくれてありがたかった。ヒーリングできると言ったら驚いてた(笑)
行きは義父に送ってもらったけど、時間が読めないのでバスで帰って。その日たまたま短期の仕事の面接の都合悪くなり会社側が。ラッキーだった。ハローワーク行けたしさ。そこから履歴書を2枚書かなきゃなく。疲れたあ(笑)自分の履歴書見本みたいなのをずっと持っているからそれ見ながらだからそこはまだ楽だよね。なんか忙しいからなかなか進まなかったけどw夫にも志望動機にアドバイスお願いして一緒に考えてくれて。いつもならわたしも逆ギレしたりするが必死だから逆にそこは余計だからとかアドバイスに従って。本当にありがたく。昨日面接あったから、出る時間まで郵送する履歴書と職務経歴書を下書きしてそれ見ながら清書。自己PR欄も意外にすんなりまとまり、よかった。義理弟が送ってくれて面接へ。さらっと終わり、おそらくダメかな(笑)
郵送する履歴書やら一式は郵便局寄ってもらい
ホッとして帰宅した。嫌な顔せず乗せていってくれた義理弟に感謝でいっぱい。
疲れきってたわたしはウッカリ寝てしまった(笑)
今週カウンセリングとヒーリングをしてもらい。
そもそもの原因が母親だと。ちゃんとそこはわかっていたからびっくりされたけど。親はもう謝らないし逆ギレするだけだからそんなのはどうでもよくて。わたしが母親にされた怒りから悲しみから全部書き出して感情を解放したら絶対色々変わってくるからと。悲しみの感情抱えながらずっと生きてきたのはわかってたから。条件付きの愛情しか感じたことないし、抱きしめてくれた記憶もない。だから、わたしは娘を自分なりにいつでもギューってしたり、ママの大事な〇〇ちゃん♡とか2人で写真をいっぱい撮った。自分なりに大事に育ててきた。きちんと娘に何も話せないまま引き離されたことにより、娘は絶対わたしに捨てられたって思いは抱えているはずだし、わたしも自分を責めることしかできなくて苦しいずっと。
実親が怒るのは無理もない話だが一方的すぎて。
親権を無理矢理わたしから奪ったのは事実で。
書類の山を父は涙流しながら孫がかわいそうだと書いたそう。お前なんかいらない!二度と来るなと言われたときの顔忘れてない。
あぁちょうど1年だ。役所で手続きするのにどうしても父親を呼ばなくてはなくキレられあっちいけ言われたが2人で呼ばれたから我慢した。すぐ、お前はもういいとまたあの時の顔をした。
泣きながら役所で別れた。わたしは忙しく地下鉄に乗り新幹線乗り場へ。時間の都合で高速バスが無理で、特別新幹線に乗らせてもらった。あの新幹線の波動の良さが大好きだ。神聖な空気、風が心地よいと夫にLINEしたら、地元〇〇の風がえもを見送ってるねと。新幹線のチケットを見ると驚いた。わたしに関連する数字やアルファベットが。写真は今もある。
それがちょうど1年前。夫に朝早くからLINEをし、やはり理由はどうであれここに娘が居ないのはおかしい。と。親はもうどうでもいいし娘さえいたらと。あのときは、みんないっぱいいっぱいだったね今なら向き合っていけると。夫が。
最近、夫が娘の話をうれしそうにしていた血は繋がっていないが、ここの家に娘いたら...の想像して2人で笑っていた。
娘がここに居れるようにできないかな?とLINEした。電話か何らかの返信はくる。それを待つよ。