【フォーク酒場の都市伝説】デカ文字歌詞本と隙間男 | エミリぶろぐ

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※自己責任でお読みください。
このお話は基本的にフィクションです。
各店で語り継がれている内容とは若干のズレがあるかと思いますが、その辺はご容赦ください。

第4夜【デカ文字歌詞本と隙間男】

都内S町にある老舗のフォーク酒場。
その店が私の彼氏、田島貴弘のバイト先である。

その夜は店のママが所属しているバンドが「たま恋コンサート」というイベントに出演するため、従業員の貴弘が1人で店番をすることになった。

平日で比較的お客の少ない夜だったせいか、店内には客として来ていた私と貴弘の2人だけ。

私は覚えたてのギターをかき鳴らしながら遊び半分で歌っていた。

「♪下駄を鳴らして奴がくる~腰に手拭いぶら下げて~」

「だぁっ!お前頼むから客がいる時に歌うなよな。耳が腐ってお客さんみんな帰っちゃうから」

「はいはい。どうせ私は下手クソですよ。この間もそのおかげで海外に売り飛ばされなくて済んだし」

「まったくあの時は心配したぞ。もう変な店に1人で行くなよな」

「♪あ~あ~夢よ良き友よ~」

「やめろっての。マジで耳が腐る」

「この歌のこと知ってる?」

「知ってるよ。吉田拓郎作曲。歌:かまやつひろし」

「そうじゃなくて。最近噂になってる、この曲を歌うとタクロウさんていう幽霊が来るんだって」

「また都市伝説かよ。お前ほんとに好きだよな、いい年こいて。いろんな店でお客さんに怖い話仕入れてきちゃ他の店でも流行らして。怖がって誰もフォーク酒場に来なくなったらどーすんだよ」

「あ、フォーク酒場って言えばさ、デカ文字の歌詞本てどこの店でも置いてるじゃん?それがさ、不思議なことに最近それがよくなくなるんだってよ」

貴弘は私の話を無視して洗い物をしている。
くだらな過ぎて付き合いきれない、といった態度だが、実はけっこう怖がりなことを私は知っている(笑)

「F町のお店でもN町のお店でも一冊残らず消えたし、県外のお店でも。マスターも嘆いてた」

デカ文字の歌詞本というのは、老眼が進み小さな文字が見ずらい中高年のために、従来の歌詞本よりも大きめの文字で書かれている歌本のことである。

団塊世代が多く集うフォーク酒場にはどこの店にも必ず何冊か置いてある。

そのデカ文字本が各店で紛失するという現象が最近よく起きる。
誰かが持ち去っているのではないかと、盗難届を警察に出す店主もいるくらいだからただ事ではない。

「幽霊が持ってっちゃってたりしてるのかもね~」

「ばっかばかしい。そもそもこの現代社会にな、幽霊なんて存在しねぇんだよ。うちの店にはな、デカ文字本はちゃんと…」

私の話に嫌気が差した貴弘が洗い物の手を止めて歌詞本の立てかけてある本棚に目をやる。

「あれ?ないぞ。先週は確かにここにあったのに。お前盗んだのか?」

「なんで私が…まだそこまで老眼になってませんよ。てゆーかついにこの店にも都市伝説が…?」

貴弘は首を捻りつつ本棚の歌詞本を1つ1つ再確認している。
デカ文字本が先週まで確かに立てかけてられていた場所に数十センチほどの隙間が空いているようだ。

貴弘はその隙間を見つめたまま暫く無言だった。

さっきから都市伝説ばかり話す私に、さすがに腹を立てたのか、背中が小刻みに震えている。

…やっぱ謝った方がいいかな

「…貴弘…ごめ…」

本棚を見つめていた貴弘がふいにこちらを振り返った。
私をじっと見つめている。
真剣な眼差しで…

…えっ?
これってもしかして…

今うちら2人だけなんだよね?密室で

…そうか、そういうことか
そういえばうちらキスもまだだったもんね

どうせならもっとムードのある場所で
夕日の沈む海辺とか、高原のペンションとか
そういう所で初めてのチュウしたかったけど

ま、ここでもいっか
貴弘が望むなら

私は目を閉じて彼の唇を待った。

……………………

「……?……!!馬鹿っ!!何考えてんだお前!こんな所で。しかも俺の仕事中にだな」

「……は?」

チュウじゃないの?

「…つーか、まぁその、なんだ…つまみが足らなくなりそうだから買い出しに行きたい。」

「あらそう、行ってらっしゃい。私店番してるから。なんならもう帰って来なくていいですよ」

女の子に恥をかかせた罪は重い。
私は思いっきり不機嫌に嫌みたらしく捨てゼリフを吐いた。

すると貴弘は私の手を取り、無理やり引っ張るように店のドアまで連れて行った。

「お前も一緒にくるんだよ」

「え?だってお店空になっちゃうじゃない。お客さん来たらどうするの?」

「いいから!鍵閉めとけばいいだろう!」

強引に店の外へ私を連れ出すと、貴弘はドアに『臨時休業』の札をかけた。

「…ちょっと!こんなことして…ママに怒られるよ?」

貴弘は無言で私の手を引っ張り階段を駆け上がると賑やかな大通りを早足で歩き始めた。

「あ、貴弘。スーパーはあっちだよ?」

「…………」

「ねぇ!どこ行くのよ?」

「警察だよ」

「……は?」

それからは大変だった。
S町署に駆け込んだ貴弘と私。
貴弘が警官に話した内容は、

店にある本棚の、あの数十センチの隙間、デカ文字本が先週まで確かに置かれていた隙間に、見知らぬ男が立っていたらしい。
その男のギョロリとした目が貴弘の目と合ったという。

私を怖がらせないように、騒いだりしてその男を挑発し、刃物でも翳して襲って来られたりしないようにと、買い出しに行く振りをして外へ連れ出し、警察へ来たというわけだ。

その後、警官数名が店内の操作に当たったが男の姿は既になく、デカ文字本も行方不明のまま。

本当に本棚の隙間に男が潜んでいたのだろうか?
貴弘は確かにはっきりと見たと言う。

皆さんの行きつけのお店にはデカ文字歌詞本はちゃんとありますか?

もしなくなっていたら、本があった場所に目をやってみてください。

そこに誰かが潜んでいるかもしれませんよ。

ほんの、数十センチの隙間に…

隙間男さんは老眼が進んでいるんでしょうか?

出来れば歌詞本、返してくれませんかねぇ……?


=田中エミリ音符=