夜中の3時半頃頭の痛みで目が覚めた。いつも感じる頭痛とは違うその頭痛は、頭の中を水が流れるような感覚とともに襲ってきた。
痛みと同時に吐き気にも襲われた。体は動かず痛みで意識が飛びそうだった。
枕元に携帯があり、夫に助けを求めることが出来た。夜中の電話に気がつき夫が救急車を呼んでくれた。次女がまだ1歳のため1階の和室で寝ていた。
これは、死んでしまうかもしれないと感じた。
次女の寝顔を見てもう会えなくなるかもしれない恐怖に涙が出てきた。頬にキスをしてから救急車へ乗り込んだ。
子供たちがいるため救急車に夫は乗ることが出来なかった。夫から離れることにものすごくさみしい気持ちが湧いてきた。
もしも、助からなかったら、ご飯や家事をやってくれる女性をみつけるんだよ!と夫へ伝えた。
頭の中を私が幼児だった頃の両親の記憶から39年間生きてきた幸せなエピソードが走馬灯のようにかけぬけた。39年間とは短くなくこのまま死んでも幸せな人生でしたねと言われているようだった。
病院へ運ばれて夫が『死なないで!生きて!一緒に子育てしよう。』っと声をかけてくれた。
その言葉に、死んではいけないと強く思えた。
手術が終わり命がある事に感謝した。
言葉も話せ、手足に麻痺もなく自分の力で動かすことが出来た。
手術後は、キズの痛みと頭の中の痛みに襲われた。
麻酔で意識を飛ばしてほしいと思うほどの頭痛が2週間続いた。
痛み止めが効いている時だけが眠れる時間だった。
点滴が指しづらい私の腕は30箇所以上針を指し直した。腕はアザだらけになり。顔は目が開かないほど腫れてしまった。
早く退院して我が子に会いたい。昨日よりも今日が少し回復していることで会える日が近づいていると思えた。10日に痙攣を朝方起こしてしまった。
気がつくと体はベッドに固定されていた。酸素マスクをつけていてとても眠かった。ベッドの横には夫がいた。
術後は良好だったため、痙攣を起こして心配をかけてしまった。
職場の方がたにも沢山の応援メッセージを頂いた。
脳を痛めた為復職出来るのか分からない私にみんな色々な病気を抱えながら働いている職員がいるんですよ。ゆっくり休養したら戻ってきてくださいと温かい言葉は、これから先の不安をやわらげてくれるメッセージでした。
リハビリも始まり立ったり、座ったり、歩いたりの動作も体が弱っている私には大変な動作となっていた。18年間勤めている通所リハビリでは、利用者さんが黙々と頑張っている事だ。
利用者さんの顔を思い浮かべてリハビリすると一人りじゃない気がして心強かった。
目の前の課題を頑張ることでまたあの場所へ戻れると信じて今は頑張るしかない。
当たり前のお母さん業をこどもたちが巣立つまでするのが私の目標だ。健康的な生活を意識して生きていこうと思う。