米津玄師の歌ばかり歌う日々です![]()
(全然終わらない。
底が深いし名曲多すぎ~
)
こちらに「ピースサイン」の事を書きましたが
先日あった事に絡めて
この歌を歌って感じた事を。
2023年9月23日は秋分の日でした。
私の夫は古代ドルメンの研究者です。
韓国にあるい巨石ドルメンをコインドルと言います。
あまり活発に研究の進んでない分野ですが、
うちの旦那さんは、
このコインドルをこよなく愛し
研究を深めてる人です。
一年の四分期である
春分・夏至・秋分・冬至の日に
日の出と日没が石と大地の間に
すっぽり収まるコインドルがありまして。
(夫が見つけた)
さきの秋分の日、二人で日没を見に行きました。
ところがその日の雲の様子などから
ロケーションがいまいち
どうも今日はこのコインドルじゃない所がいい。
急遽「もひとつ別の所に行こう!」となり、
車を走らせました、すんごい速度で。
車でお日様を追いかけます。
どんどん日は暮れていきます。
太陽が沈む前にどうしてもそこにつきたい!
いまだかつて、
おひさまを追いかけた事があっただろうか![]()
車中で可笑しくなりました。
まるで地平線に向かって馬で駆けてるみたいでした。
舗装された四車線の国道だったけど。
追い駆けて
追い駆けても~
掴めないものばかりさ
「太陽と埃の中で」チャゲ&飛鳥
到着してみたらおひさまが、
ばちこーんと入るタイミングは過ぎていたので
フォトジェニックな写真は
撮れなかったのですが
日没自体は見られたし
沈む濃いオレンジの夕日に身体を包まれて満足。
米津玄師「ピースサイン」にこんな歌詞が。
僕たちはきっといつか
遠く離れた太陽にさえ手が届いて
夜明け前を手に入れて笑おう
太陽を完全に手に入れる事は出来ない。
人の永遠の憧れ。
すっぽりとお日様がコインドルに入っても
時間は5分かそこら、すぐ過ぎ去る。
太陽を手に入れる事が目的じゃなくて、
太陽に手を伸ばす。
ただ心を陽に向ける事を自分に許す。
お日様に手をかざすと血管が透けて見えるように
明るい陽の下では色んなものが透けて明らかになる。
恥ずかしい、見られたくない、、
の思いが強いと
お日様から身体が遠ざかる。
米津玄師さんのインタビューで知った事です。
彼がボカロ製作者「ハチ」時代の視点。
(ボカロ時代からスーパースターでした)
少なくとも俺がいた当時のボーカロイドシーンは
小中学生が多くて
「子どものために曲を作っている」
という認識しかなかった。
↑彼は子供たちを想定して曲を作ってきた人だった。
私は子供の頃、雲の合間から差し込む日が好きで
空ばっかりみてた。
風ですぐ動く空を見飽きる事は無かった。
夕陽も大好きだった。
台風で学校が休みの日は、
ゴウゴウと雨戸を叩く雨と風の音に心が躍った。
台風一過の朝の空の色は格別美しかった。
小さい頃はもっともっと
自然を身体で感じていた。
そうやって青く燃える色に染まり
おぼろげな街の向こうへ
手を繋いで走っていけるはずだ
うんっ![]()
手を繋いで生きていけたら嬉しい。
パートナーとも周りの人とも。
1人も好きだけど人と手を繋げるのもいい。
残酷な運命が定まってるとして
それがいつの日にか僕の前に現れるとして
キョワイ!↑でも!
ただ一瞬ただ一瞬
息が出来るなら
どうでもいいと思えたその心を
感じて生きてたい~!![]()
と思った秋分の日没でした![]()
ありがとうございました。

