育ててあげられなかった5人の子どもたち

私には、育ててあげられなかった子どもが5人います。


 

現在進行中で3人の子どもを育てていますが、
これまでに子宮外妊娠を1回、初期流産を3回し、4人の赤ちゃんをお腹の中で失いました。
そして、子宮頚管無力症によって妊娠22週で早産となり、生後30日で空へ帰っていった子がひとりいます。


 

どの子も、たしかに「そこに在った小さな小さな命」で、
育ててあげることはできなかったけれど、私にとっては大切な、かけがえのない5人のわが子です。

 

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あの頃の感情と、今の私の中にあるもの

わが子をなくした経験は、すべて10年以上も前のこと。

 


当時は、なぜ自分がこんな経験をしなければいけないのか、と思ったし、
「つらい悲しい苦しいさみしい」、そんな感情に飲み込まれそうになったことも何度もあります。

 


小さな赤ちゃんを連れたパパやママがうらやましくてたまらなかった。

 


でも、時間が経った今、あの出来事を「悲しい過去」としてではなく、
私の一部として静かに抱えて生きているような感覚になっています。


 

悲しさやさみしさが完全に消えることはないけれど、
やるせなさと共に、「これは私にとって避けることのできない経験だったんだ」と思えるようにもなりました。

 

 

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「私が生きる」ということ

それらの経験を経て、心のどこかでずっと思ってきたの
「子ども達が生きられなかった時間を、私が生きる」ということ。

 


嬉しいことも、悲しいことも、楽しいことも、悔しいことも、
無謀過ぎるような挑戦も、うまくいかない失敗も、全部。

 


私が経験して、いつか 空の上にいるあの子たちに、何か伝えられたらいい。

 


人生の終わりに空へ戻ったとき、
「こんなことがあったんだよ」「楽しかったよ」「つらかったけど、乗り越えたよ」と、
私の人生をまるごと手渡せたらいいな、と思っています。


 

だから、私の人生はいつだって6人分。


 

5人の子どもたちの存在を思いながら
今ここにいる3人の子どもたちを育て自分の人生も大切に生きる。
それが私にとって、「親である」ということのひとつの形になっています。

 

 

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「生ききる」ための選択を重ねてきた

私は38歳のとき、公務員を退職しました。
15年間勤めたあと退職を決め、自分の働き方を見つめ直す中で、個人で仕事を始め、
会社を立ち上げて事業を展開し、やがてその事業を売却して、今また個人事業として新たなスタートを踏み出しています。

 


人から見たら、少し自由すぎる生き方に映るかもしれません。
安定を手放して、模索し続けるような人生。

 


でも、私にとっては「生ききる」ための選択の連続でした。
それぞれの経験には理由があって、
その時々の私にとって、ちゃんと意味のあるものだったと思っています。

 


人生って、計画どおりにはいかないことだらけです。

 


それでもなお、たしかに在った命を想って、
今いる大切な人を大切にして
自分にある時間に感謝して
不器用に、自分なりに歩んでいるつもりです。


 

不幸自慢をするつもりはありません。
私のそんな姿に心を重ねてくれる人が、どこかにいるかもしれない。
だから私は、こうして少しずつ言葉にしています。

 


私の人生の中心にいるのは、
空の上にいる5人の子どもたちと、
今、一緒に生きている3人の子どもたちです。
そして、彼らの母としての私を、私自身が大切にしてあげたいと思っています。

 


そんな日々の中で
私は今「私にちょうどいい働き方」を見つけたい女性たちのサポートをしています。

 


それぞれの経験も、感情も、命の時間も、大切にしながら、
無理なく続けられるビジネスや働き方を一緒に育てていく。
そんな関わりを、これからも続けていきます。

 

 

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