この世で一番好きなものは服なのかもしれない。
最近無性に服が好きだ
好きで好きでたまらない
見てるだけでもいい。
ハイブランドも、古着も好きだ。
アートなものは全部好きだ。
セカンドスキン。それが洋服である。
季節やトレンドに合わせて次々と展開されていく常に更新される。
素敵だなと思う
まるで生きたバケモノだ。そう思う。
人によって服を選ぶ視点とゆうのは異なっていて
モテたい。とか、こう見られたいとか。楽しみたいとか、変身願望だったりもするわけで
全くもって終点の見えないもので。
おばあちゃんになってもおしゃれな人は本当におしゃれだし、年とか関係なくおしゃれって存在出来るもので
最近では犬もおしゃれしちゃうわけで。
それって飼い主のエゴだけど、もうそうなってしまえば、つまりおしゃれって自己満足100%の世界だと思う。
自らを世界に向けて主張出来る素敵なアイコンである。
きゅんとする。
ハッとする。
考える。
その物体を超越した、生きる服を作りたくなる。
具現化、とゆうより、擬人化にほど近い。
一生連れ添いたいものだからこそ、妥協はしない。
好きなものを妥協するってカッコ悪い事だ。
クールじゃないし、スマートじゃない。
批判とか、賛同とか、様々なものに揉まれて出来たアートはそれなりの歴史を背負ってそこで初めて何よりもすごい存在感や光を放つのではなかろうか。
それって凄いかっこよすぎる。
何にしてもそうだ。
可能性が1%だったとしても100%だったとしても、それはその物事を達成するまでの仮説にしか過ぎないし。
可能性は自らで120%まで引き延ばせるものだと思う。
諦めの早い現代人が多い。
どうか、埋もれないでほしい。
自分の中の理想ってゆう種に毎日水をあげる
種類によって芽が出て花が咲く時期は違うけど、当たり前の事をしていれば必ず出来る事だと思う。
その花は、何にも負けないほどに美しいと思う。
そこで、あたしは沢山の種を蒔いてみた。
沢山の鉢植えに毎日水をあげている。
芽が出る時期は見当もつかない。
でも、信じて水を与えるしかないのだ。
花が咲かなかったとしても、それは自分のステータスとして死ぬまで誇りに思う事になるだろうと、そう考えているから
無駄な事って何も無いんだなって思う
物事には、必ず意味があるんだ。
後で気づかされる事が圧倒的に多いけど、気づければいいのだ。
それもまた自己満足。
自己満足で人間って成長するんじゃないのかな?
磨くべきところは結局そこなのかも
追求とか、ね。
だから好きだね。服は。
一番の自己満足のステージだから。
自分とイコールで結べる一つだと思うから。
そんなこと考えてたらまたハラハラしてきた
なので、水をあげてきます。