じぃちゃんとばぁちゃんの話を
思い出しながら書いたら
胸の奥のあたたかいところと
ちょっと切ないところが、じんわり反応してた
大切な人の記憶って
いつも心のどこかにあって
ふとした瞬間に
香りとか、声とか、しぐさとかで蘇る
きっと誰にでも、そういう人がいるんだと思う
だけど、病院では
“今ここにある身体”だけが見えていて
その人の「人生」が見えないことも多い
わたしは看護師として
終末期の病棟やICUでたくさんの最期を見てきた
命が終わるときって
いろんなかたちがあるけど
どれも「突然」ではなくて
その人が生きてきた時間の延長線上にあるものなんだと
感じるようになった
だけどね、
現場では、亡くなる直前になってから
「延命しますか?」って聞かれたり
家族が答えに迷って苦しんだりすることが本当に多い
本当は、もっと元気なうちに
本人が「自分はこうしたい」と話しておけたら
周りも迷わずにいられたのかもしれない
そう思う場面が、何度もあった
決して重たい話がしたいんじゃなくて、
むしろ、“どう生きたいか”に向き合うきっかけになってほしいから
医療は日々進歩していて
何かを「しない」という選択をするには
勇気がいる時代になってる
でも、“長く生きること”と“その人らしく生きること”が
必ずしも同じじゃないって、わたしは思う
「死に方を決めることは、生き方を選ぶこと」
それは、
命の終わりを“自分ごと”として考えることでもあって
残される家族の心を守ることにもつながるんじゃないかなって思ってる