最近調べた。
良妻賢母っていつ頃の言葉?

明治時代だって

自分の中で無意識に結婚した時から
良妻賢母を目指してた。
黙って笑顔で相手のために尽くす。
それが妻として母として理想だと思い込んできた。

でもそうじゃないってことに最近気づいた。
もちろん相手のために尽くせる事は良いことだけど、
自分のことも大事にしないと持たないし、
自分がイライラしながらやってたところで
家族の雰囲気も悪くなるし。
家族の為にもなってなかったなと


今まで、
自分を犠牲にして
自分が頑張って
我慢して
文句も言わずに
やっていれば、それが相手のためになると思ってた。

だけど、どこかでムリがあって。

最近気づいたのは
この自分ががんばってる状況を
家族に分かって欲しかったんだなぁ
ってこと。

自分さえ頑張ればいいっていうのをやめて、
大変だ、嫌だ、っていうのを伝えるようにした。

今までこういうことやってきて、
頑張ってたんだよ。
この時間にこれをするのが大変で、
だから私はここまでならできる。
ここを手伝ってもらえると助かる。
こうしてくれると助かる。
そういうのを家族に伝えられるようになってきた。

そこから、
家族の態度が変わってきたように思う。
弁当箱出せてうるさいなぁって言う態度からごめん出すわって言う態度になった。

この平日5時間誰もいない時間があるけど。
でも、そのうち3〜4時間は家事に消えていく。
実質、ご飯食べてちょっとゆっくりする位の1時間位しか休める時間は取れない。
その3〜4時間ていうのも洗濯を2回回して
洗濯物を畳んで片付けて
食器を洗って
みんなが散らかしたものを片付けて、
ご飯を何にするのか考えて買い出しに行って
その他ちょっとした用事を済ませてたら、
なくなっていく。

だから、部屋が整っているのは
着たい服をすぐ取り出せるのは
快適な布団で寝られるのは
私がそれだけ動いているから。

そういうのをなるべく具体的に伝えるようにした。
今更だけどね。

今まで
黙って尽くすのが
じゃあさ賢母って言うのかな?
美徳だとどこかで持ってきたのかもしれない。

でもそうやって我慢してると、
なんか自分だけ頑張ってってそれが報われてない気がして、
モヤモヤが溜まるばかりだったし、
それがイライラとして態度に出てて、
だから笑顔で痛くてもいられなかった。
そしてイライラしてる自分が嫌になるし。

そんな自分をなんとかしたかったけど、
ずっとどうにもならなかった。

でもここにきてようやく。
伝えられるようになってきたのかもしれない。
お母さんはこういうことをやってるから大変なんだよ。
こういうので疲れちゃって
こういうのやって欲しい。
こういうのやってくれたら嬉しい。

コミュ力高い人って普通にこういうことやってると思うんだけどね。

私はできなかった。

考えてみたら、
こういうの言えるようになったきっかけは
最近始めたパートのおかげなのかもしれない。

この職場は
女性が多いけれど、
相手にこうしてほしい。
こうしてくれたらうれしいのにな
って言う状況があったら、
相手にその場でちゃんと伝える。

この場合こういう風にお願いします。
こうしてもらえると助かります。
こうなるとこうなるので、こうして欲しいです。

書いてて気づいた。
これのおかげだ。

今まで、単発バイトやってきたりもしたから、
いろんな職場見てきてて。
他の職場でも、
自然にこういうのができてるところも多かったけれど。

でもいくつかの職場では、
こうすればいいのに。
なんで空気読めないの?
なんで言わないとわからないの。
普通こうするよね。
なんでこの人はこうするんだろう。
理解できない。
そういうのを陰で言うけれど、
直接その人には言わない。
その陰口で結束力を高めてる。

そういうのがあったなぁと
今書きながら思った。

そういう雰囲気の中でも
何とか受け流しながらやってきたけど。。

今の職場は
その場で相手に伝えられて、
何か問題があればその場で改善策を考え、
全体で共有できている。

なんかそれを考えるとすごいなと思った。

話は逸れたけど、
書いてて気づいたけど、
少し前の私は
家庭の中で前の職場のような雰囲気を醸し出していた。

今は
自分の気持ちを
ちょっと前よりは伝えられるようになったおかげか、
子供たちも
旦那も
私の見えないところで見えなかったところでの
頑張りとか努力とかをわかった上で
何か手伝ってくれる機会も増えたし、
うん、なんかとにかく、
私も休んでても罪悪感も減ってきたし、
助けて欲しい時は前より頼めるようになってきた。
こうしたいからできればこうしてほしいと。

今日も家族に頼まれ事をしたけど、
忙しい中ごめんと言う雰囲気で頼んできた。
なんかそれだけで違うよね。
前は、
暇でしょお願い
なんかそう思われてるんじゃないかって
思ったりしてた。
それだけでイライラしたりして、

で、私が何を言いたかったかって言うと
自分の状況を
わかって欲しかったんだな。
と言うこと。

今までは
なんでやってくれないんだろう
なんで私ばっかりやってるんだろう

そうやってイライラしてばかりいたけど、
だからってただお願いすると、
イライラしながら頼んでるから、
お互いギクシャクするだけで。

だから、
自分の状況
こういうことをやっている。
(これだけ頑張っている。)
と自分の気持ち
大変。しんどい。なんとかしたい。とか

その上でどうして欲しいかを伝える。
どうしてくれたら助かるかを伝える。

そういうところが変わったかもしれない。
今まではイライラや怒りを抑えるので精一杯だった。
相手にどうして欲しいか
いやまず、自分がどうしたいか

そういうのも考えられずにいたもんなぁ。

日々ほんのちょっとずつの成長で
ここまで来てるかもしれない。

そして思い返せば、
不登校だった子供たちが動き出したきっかけも、
私がもうできないと言ったからではなく、
私の状況と私の気持ちを伝えて
それで考えるところがあったからかもしれない。
不登校だった上の子も下の子も
それをきっかけに自分で考えたり、
自分で動いたり。
ちょっとずつするようになった気もする。

あくまで、うちの場合ですが。。

支離滅裂な文を
最後までお読みいただきありがとうございます。