美瑛の決断「シラカバ並木」伐採は転機になるか 「人口300倍の観光客」対策費用に8億円 「宿泊税」200円のジレンマ

美しい農業景観で知られる北海道・美瑛町には、人口の約300倍もの観光客が訪れる。町税収約11億円に対し、観光客対応にかかる行政経費は約8億円――。観光客に対応する農家は疲弊し、町はジレンマに揺れている。
■観光スポット「伐採やむなし」  北海道・美瑛の自然は美しい。朝日が昇ると、なだらかな丘陵地を覆っていた霧が薄くなり、麦畑が浮かび上がった。雄大な十勝岳連峰を背景に朝露にぬれた畑が輝いていた光景は、今も忘れられない。  そんな美瑛町で人気の観光スポットだったシラカバ並木が伐採されたのは、今年1月中旬のことだ。苦渋の末の決断だった。美瑛町観光協会の理事を務める写真家の中西敏貴さんはこう話す。 「所有者の農家は、数年前から、『シラカバ並木を切りたい』と悩んでいました」  毎日、20~30台の観光バスがやってきて、農作業に集中できない。畑わきの道路に観光客があふれ、トラクターの安全な通行に支障をきたす。道路に寝そべって記念写真を撮る人もいる。何回注意しても畑にずかずかと足を踏み入れる人が絶えない。 「シラカバ並木が観光資源であることは、町民も理解していた。農家は地域で話し合った。町も審議会を開いた。そのうえで、『伐採やむなし』という結論にいたったのです」(中西さん、以下同)  農家あってこその観光――。美瑛町の観光資源は、四季折々の農業景観だ。 ■景観を求めて人口300倍の観光客  美瑛町は、人口減少に悩む地方自治体だ。人口のピークは昭和35(1960)年ごろの約2万2000人で、現在は半数以下の約9200人だ。  そこへ、インバウンド(訪日外国人客)を中心に年間約269万人もの観光客が訪れる(2024年度)。  美瑛町の景観が全国的に知られるようになったのは1980年代。風景写真家・前田真三氏が美瑛を拠点に作品を発表し、企業広告やCM、映画などで使われた。  当時、美瑛を訪れる人は風景写真愛好家が多く、畑に入って撮影するケースはあったものの、「まだ観光客の数が少なく、ギリギリ許容できた」。「こんな田舎に来てくれてありがとう」という地元の人の気持ちもあったという。「比較的、観光客に優しくなれた時代」だった。  ところが、ここ十数年で様相が変わってきた。

■過去には「哲学の木」も伐採  海外のドラマやアーティストのロケ地になり、インバウンドが爆発的に増えた。「中国、韓国、台湾などの東アジアと、雪が降らない東南アジアからの観光客が目立つ」  同町では以前にもシラカバ並木伐採と同様の出来事があった。2016年、観光名所であるポプラの木「哲学の木」が、観光客の迷惑行為に悩んだ農家によって、重機で押し倒された。その農家は、「ぼくがアクションを起こさなければ、何も変わらない。木を倒したことを機に、観光客対策が進むのではないか」と、語っていたという。 ■観光客の対策費用が約8億円  実際、哲学の木がなくなってから、観光客をどうコントロールしていくか、話し合いと対策が進んだという。畑の周辺に日本語、中国語、英語で、農地への「進入禁止」の看板が立てられ、観光パトロールの巡回も強化された。町は23年、「クリスマスツリーの木」など4カ所に監視カメラを設置。農地に侵入すると、自動音声が中国語や日本語など4カ国語で警告する。  最大の課題は、対策にかかる費用だ。昨年、町が公開した観光客(239万人)にかかる行政経費は年間約7億8870万円と、約8億円にものぼる。町の24年度の一般会計・歳入予算113億6000万円のうち、町税は10億9624万円(9.7%)に過ぎず、大半を地方交付税の50億2000万円(44.2%)に頼っている。 ■負担のしわ寄せは住民に  地方交付税の配分額は、基本的に人口と面積で決まり、観光客数は考慮されない。人口の少ない地方自治体で観光客が増えれば、住民に負担のしわ寄せがいきやすい。 「農家の人は、毎日、仕事の手を止めて畑に立ち入る観光客を10回も20回も注意することになる。挙げ句の果てに逆ギレされては、気持ちもめいるというものです」  美瑛町観光協会は農家の負担を軽減するため、観光スポットに警備員を配置しているが、予算が限られており、中国の旧正月・春節などを中心に、人員や場所を限定してきた。 ■500円の駐車料理用税と1泊200円の宿泊税  町税収が約11億円しかないのに、観光客に約8億円もの経費がかかるアンバランスをどう解消するか。  ここ数年、同町は観光客対策の費用を受益者に負担してもらうことを「侃々諤々、議論してきた」。そして今年6月、町議会は観光名所の「青い池」の駐車場利用税(普通車500円など)と、宿泊税(1人1泊200円)を徴収する条例を可決した。二つの税で年間4億数千万円を充当できる見込みだ。  だが、これは観光客にかかる行政経費の約半分にすぎず、依然として財源は不足している。観光客の大半は旭川などに泊まる日帰り客で、宿泊税を上げないと十分な税収は得られない。  宿泊税を200円に抑えたのは、「宿泊業者が、隣接する富良野市に宿泊客が流れることを懸念したため」だという。

富良野市は最近「第二のニセコ」として注目されている。アルペンスキーのワールドカップが開催された西武・プリンスホテルズワールドワイド社の大規模なスキー場周辺に、大型ホテルが複数ある。一方、美瑛町には町営スキー場があるのみで、宿泊施設は家族経営の小規模な民宿やペンションが多い。 「美瑛と富良野、どちらに泊まるとしても移動時間に大差はない。宿泊税で宿泊費が高くなれば、美瑛に泊まるメリットが少なくなってしまうのです」 ■「入域税」を導入する道は?  中西さんは「入域税」の導入をこれまで提案してきた。 「たとえば、ニュージーランドなどで国立公園を訪れる際は、入国時に入域税を支払わなければならない。事前申告で人数を把握し、必要なら制限をかけて観光客をコントロールしている。同様の仕組みができないか」  美瑛町観光振興の財源検討委員会も入域税は「来訪者を最も網羅的に把捉でき、公平性をもって課税できる」としたが、現状では域内への出入りの把握が難しく、導入を見送った。 「今は無理でも、あと10年もすれば、スマホのGPS情報をもとに課税が可能になるはずです」 ■住民と観光業者、行政は両方を見て  インバウンドが増えれば、市民の暮らしに影響が出るのは間違いない。過疎が進む地域ならなおさらだ。  ただし、観光客が増えて観光業者が潤えば、町の税収は増える。豊かなまちづくりを行うためには、ある程度の観光客を受け入れ、基盤をつくる必要がある、と中西さんは考える。 「住民と観光業者、どちらの視点に立つかで、インバウンドの印象は異なる。行政はその両方を踏まえて、舵取りをすべきだと思います」  シラカバ並木の伐採を受け、観光事業に携わる人たちの意識が変わりつつあるという。観光バス会社は「農地に立ち入らないように」乗客に呼び掛け、啓発活動に力を入れている。  中西さんは「状況は改善に向かっている」と感じている。  インバウンド向けの宿泊施設などを起業する移住者も増えている。今後、美瑛町の取り組みは人口減少に悩む地方自治体のモデルケースになるかもしれない。美瑛の決断「シラカバ並木」伐採は転機になるか 「人口300倍の観光客」対策費用に8億円 「宿泊税」200円のジレンマ(AERA DIGITAL) - Yahoo!ニュース