舐めるはジャッジ!

 

 

今回は人に舐められるについて、スピリチュアル的に考察してみたいと思います爆  笑

 

 

 

なぜ、このことが大事なのかといいますと、せっかく5次元世界、ジャッジのない愛の世界に向かって統合を進めていたのに、

 

 

 

やっぱり、人に舐められてはいけない、このことはさすがに怒らないといけないんじゃないか、

 

 

 

という思考にとらわれ、再び3次元世界に舞い戻ってしまう人がとても多いためです

 

 

 

 

実際、舐められるのはいけない、だとか、舐められないようにしなくちゃいけない、というのはとても効果があるように感じます

 

 

 

 

しか~~~し、

 

 

 

 

舐めるというのはジャッジです

 

 

 

 

 

とある状態や性質を、それだと良くないとジャッジをしています

 

 

 

 

同様に舐められないようにしなくてはいけないもジャッジです

 

 

 

 

そうです、手放さないといけないんです

 

 

 

 

高次の完全無欠の愛の世界にはジャッジは存在しません

 

 

 

 

ということは、舐められるも舐められないようにするもどちらも存在しません(当然、そうですよね・・・)

 

 

 

 

 

そもそも私はよく問題が発生したときにそれは、「私の側」の問題なのか、「相手側」の問題なのか、という考えをとても大事にしています

 

 

 

 

そうすることで、問題の原因が明確になるからですニコ

 

 

 

 

舐めるという行為は、勝手に舐める側が完全ノージャッジの愛の世界で「○○という性質・状態はそのままでは良くない、舐められるべきだ」とジャッジをつくり、他人の愛の世界に侵入してきている状態です

 

 

 

 

そうです、舐める・舐められないようにするってのは、舐める側にそもそも問題の原因があるんですポーン

 

 

 

 

 

ジャッジの手放しを行っていたのに、舐められないようにするで、もとの3次元世界に戻ってしまった方も多くいられるではないでしょうか?

 

 

 

 

 

よく、このブログの記事について考察してみてください

 

 

 

 

高次元の愛の世界には、舐めるも舐められないようにするも存在しません

 

 

 

 

 

引き続き、ジャッジの手放し、統合を進めてまいりましょう!ニコニコニコニコニコニコニコニコ