福岡の中心より愛を叫ぶ!~DQMSLに愛を込めて~ -12ページ目

福岡の中心より愛を叫ぶ!~DQMSLに愛を込めて~

プロレスLOVE!大河ドラマLOVE!ドラクエLOVE!な生粋の九州男児・ShiningWizardが、プロレス感想記事・大河ドラマ感想記事・DQMSL日記など色々書いてます。

読者の皆さ〜ん・・・愛してま〜〜す!!

プロレスファンの皆さん、こんばんは。

 

 

昨日、

 

プロレスファンにとって悲しいニュースが飛び込んできました。

 

 

 

80年代~90年代にかけて、

 

日米プロレスマット界において、

 

”ザ・ロードウォリアーズ” として活躍した、

 

アニマル・ウォリアーさんが亡くなったとの事です。

 

まだ60歳という若さでした。

 

 

 

 

相棒の、

 

ホーク・ウォリアーさんが亡くなられて17年、

 

(もうそんなに経つのかというのも驚きですが)

 

アニマルさんも亡くなられて、

 

まさかこんなに早くロード・ウォリアーズの二人がこの世を去るとは、

 

いまだに信じられません。

 

だって、

 

ロード・ウォリアーズといえば、

 

リング上では敵なしを思わせるほどの暴れっぷりでしたからね。

 

 

ロード・ウォリアーズが、

 

日本マット初登場した全日本プロレスの試合は、

 

今でも忘れられない。

 

入場曲の『アイアン・マン』が流れるや

 

マネージャーのポール・エラリングを先頭に、

 

疾風怒濤のごとくリングになだれ込み、

 

相手チームをまとめて吹っ飛ばし、

 

相手の攻撃は鋼の肉体で弾き飛ばし、

 

ものの3~4分程度で秒殺してしまう圧倒的強さ。

 

当時小学生だった自分には衝撃的すぎるシーンでした。

 

 

 

反則裁定やリングアウト決着も多かったと記憶してるし、

 

技なんてそんなにたくさん出すわけじゃないけど、

 

ただ殴る蹴る、

 

パンチやタックルひとつがド迫力だったし、

 

相手のチョップを平気で受け流す鋼の肉体と、

 

必殺のダブルインパクトが見られれば、

 

もうそれだけで充分に満足できる強い強いタッグチームでした。

 

 

当時のプロレスを見ていたファンと話す時は、

 

今でも必ずと言っていいほどロード・ウォリアーズの話題が出ます。

 

とにかくカッコよかった、強かった!・・・と。

 

それくらい魅力的なタッグチームでもありました。

 

 

ロード・ウォリアーズと超獣コンビ(ハンセン&ブロディ)が戦ったら、

 

どっちが勝つだろう?

 

・・・なんて妄想は、

 

昭和プロレス者なら必ず議論したテーマですよね。

 

 

スタイナーブラザーズとか、

 

殺人魚雷コンビとか、

 

ベイダー&ビガロとか、

 

ジュラシックパワーズとか・・・

 

戦わせてみたい外国人タッグチームがたくさんありましたよ。

 

もうそれは、

 

今となっては叶わぬ夢ですが。

 

 

 

 

ロード・ウォリアーズの入場曲『アイアン・マン』。

 

この曲のイントロが流れただけで、

 

今でも戦慄が走ります。

 

本当に本当にカッコよかった。

 

 

 

 

アニマルさん、まだ早すぎるよ・・・・

 

 

 

思えば、

 

もうベイダーもビガロもいない。

 

ブロディもアンドレも、

 

ゴディもウィリアムスもオブライトもいない、

 

その上、ロード・ウォリアーズまで・・・

 

自分がプロレスファンとして、

 

青春の1ページを彩ってくれた外国人レスラーたちが、

 

どんどんいなくなっていく寂しさ。

 

たまらないものがあります。

 

 

 

アニマルさん、

 

今頃は天国でホークさんと再会してるかな?

 

酒でも酌み交わしてるかな?

 

またロード・ウォリアーズを再結成して、

 

馬場&鶴田組や、

 

殺人魚雷コンビあたりを相手に、

 

大暴れしてるかもね。

 

思えば天国のプロレス界の方が、

 

現世のプロレス界よりもずっと面白そう(笑)

 

 

アニマルさん、ホークさん、

 

長い間たくさんの感動をありがとうございました。

 

長いプロレス人生、本当にお疲れ様でした。

 

謹んでご冥福をお祈り致します。