はじめに
妊活中の方の中には、「体外受精で双子が生まれやすくなるのでは?」と心配される方もいるかもしれません。通常、双子には一卵性双生児(1つの受精卵が2つに分かれて生じる、いわゆるそっくりな双子)と二卵性双生児(2つの卵子が別々に受精して生じる双子)の2種類があります。一卵性双生児は自然妊娠では滅多に起こらない珍しい現象ですが、不妊治療ではその頻度がやや高まることが知られています。
2025年に発表されたオーストラリア・ニュージーランドの大規模研究では、154,671例の単一胚移植(1回の移植で1個の胚のみを子宮に戻す)の結果を分析し、不妊治療における一卵性双生児の発生率やリスク要因を詳しく調査しました。本記事では、この最新研究をもとに、自然妊娠と不妊治療での一卵性双生児発生率の違いや、胚の移植時期・状態によるリスクの差、そして医療者から患者さんへのアドバイスについて、専門的な内容をわかりやすく解説します。
自然妊娠 vs 不妊治療における一卵性双生児の発生率
一卵性双生児(一卵性双子)は、自然妊娠では全妊娠の約0.4%程度(約250件に1件)とされる非常にまれな現象です。ところが、体外受精(IVF)などの生殖補助医療(ART)では、この一卵性双子の発生率が自然妊娠より高いことが報告されています。複数の研究やメタ分析によれば、ARTによる一卵性双生児の発生率は約0.97%~2.35%とされ、自然妊娠時より明らかに高い数値です。これは単一胚移植(Single Embryo Transfer: SET)のケースを含めた数字であり、つまり「1個の胚しか戻していないのに双子になる」ケースが通常より多いことを意味します。
実際、2025年の上述の大規模研究でも、SET後に出生した赤ちゃんの1.5%が一卵性双生児(双子)であったと報告されています。単一胚移植を徹底すれば本来双子は生まれないはずですが、胚が一つに分かれてしまうことによって双子妊娠が起こり得るのです。この1.5%という数値は自然妊娠の場合と比べて約3~4倍にもなります。言い換えれば、自然妊娠では一卵性双子はまれですが、IVFでは100回に1~2回程度は起こり得る現象といえます。双子の妊娠は母体・胎児ともにリスクが高くなるため、本来は避けたい事象ですが、最新の研究から「単一胚移植であっても完全には双胎妊娠を防ぎきれない」ことが改めて明らかになりました。
胚盤胞移植と初期胚移植の違い
胚盤胞移植とは、受精卵を5~6日ほど培養して胚盤胞という発達段階まで育ててから子宮に移植する方法です。一方、初期胚移植とは、受精後2~3日目の分割が始まった初期胚(4細胞期や8細胞期など)を移植する方法です。胚盤胞まで育てることで着床率が高まりやすいため、近年は多くのクリニックで胚盤胞移植が主流となっています。しかし、この胚盤胞移植は一卵性双生児の発生リスクを高めることが国内外の研究で指摘されています。
前述の2025年の大規模研究でも、胚盤胞移植では初期胚移植に比べて一卵性双生児の頻度がおよそ2倍近くに上昇することが確認されました。例えば、初期胚移植後の一卵性双子の発生率が仮に1%程度だとすると、胚盤胞移植では2%前後に高まるイメージです。これは統計学的にも有意な差であり、複数のメタ分析でも同様の傾向が報告されています。つまり、胚を長く培養してから移植するほど、1つの胚が2つに分裂してしまう確率が上がるということです。
では、なぜ胚盤胞移植で一卵性双子が増えるのでしょうか? 明確な理由はまだ完全には解明されていませんが、いくつかの仮説があります。ひとつは、胚を長期間培養する過程で胚に物理的・化学的ストレスがかかり、胚を包む殻である透明帯が変化して胚が分割しやすくなる可能性です。胚盤胞になる頃には胚が透明帯から孵化しようと膨らんでおり、この際に内部細胞塊(将来赤ちゃんになる部分)が何らかの理由で二つに分離してしまうことが考えられます。また培養液の組成や培養環境(酸素濃度やpHなど)も影響しうるという指摘があり、実際に培養条件の改良によって一卵性双生児の発生率が下がったとの報告もあります。胚盤胞移植は妊娠率向上のメリットがある一方で、こうした双胎リスクがわずかに高まる点にも留意が必要です。
凍結胚(融解胚)移植と新鮮胚移植による違い
IVFで受精した胚は、その場で子宮に戻さず一旦凍結保存し、後日改めて移植することができます。これを凍結胚移植と呼びます。凍結には高速冷凍するガラス化保存という技術が普及しており、胚を高い生存率で保存できるようになりました。一方、採卵した同じ周期内で新鮮な胚をそのまま移植するのが新鮮胚移植です。どちらの方法を選ぶかは患者さんの状態や医師の判断によりますが、近年は子宮内膜の状態を整えるために全胚凍結して後日移植するケースも増えています。
注目すべきは、一卵性双生児の発生リスクが新鮮胚移植と凍結胚移植で異なる点です。先の研究によれば、新鮮胚を移植した場合の方が凍結胚移植よりも一卵性双子の発生率が高いことが示されています。統計的には、凍結胚移植のほうが新鮮胚移植より一卵性双生児リスクが約13%低下すると報告され、この差は有意でした。言い換えれば、新鮮胚移植のほうが若干双子になりやすい傾向があるということです。最先端のガラス化凍結技術による胚移植が広まったことで、一卵性双生児のリスク低減にもつながっている可能性があり興味深いところです。
この違いが生じる理由も明確には分かっていませんが、いくつか考えられる要因があります。新鮮胚移植を行う採卵周期では、排卵誘発剤の使用により女性の体内ホルモン値が通常より高くなっています。ホルモン刺激された子宮内環境が着床後の胚に影響を与え、結果的に胚の分割(双生児化)を促してしまう可能性があります。一方、胚を一旦凍結して次周期以降に移植する場合、子宮内膜をより自然に近いホルモンバランスの中で準備できるため、胚が安定して着床・発育し、分割が起こりにくいのではないかと考えられます。このように、新鮮胚か凍結胚かという移植タイミングの違いも、一卵性双生児のリスクに影響を及ぼす要因として無視できません。
なぜ不妊治療で一卵性双生児が増えるのか?
以上のように、不妊治療(特に体外受精)では胚の培養方法や移植タイミングの違いによって一卵性双生児の発生率に差が出ることがわかっています。しかし、根本的に「なぜARTで一卵性双子が増えるのか」については、まだ完全には解明されていません。研究者たちは以下のような要因が複合的に関与している可能性を指摘しています。
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培養環境の影響: 体外受精では胚を子宮の外で培養しますが、その培養液の成分や培養中の環境(温度・pH・酸素濃度など)が胚にストレスを与えることで、胚が通常とは違う分裂パターンを取る可能性があります。例えば、高濃度の酸素下での培養や培養液中の成分の影響で透明帯が硬く・薄くなるといった変化が起これば、胚が分割しやすくなるかもしれません。実際、培養技術の進歩によって、一卵性双生児の発生率が年々低下する傾向も報告されています。最新の研究でも、2009年~2012年に比べ最近の方が一卵性双胎の発生割合が減少しており、培養技術の改良が寄与した可能性が示唆されました。
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胚操作による物理的要因: IVFでは受精や着床率向上のために様々な胚操作が行われます。その代表例が顕微授精(ICSI)やアシストハッチング(胚の殻に切れ目を入れて孵化を助ける操作)、着床前遺伝学的検査(PGT)です。これらの操作は胚の透明帯や細胞に直接手を加えるため、胚に微細な損傷を与えたり、力学的な刺激を与えたりする可能性があります。その結果、胚が二分割しやすくなるのではないかと以前から指摘されています。例えば、ICSIでは細い針で透明帯を貫通させて精子を注入するため、その穴が原因で胚が割れる可能性や、アシストハッチングで開けた穴から胚が2つに分離してしまうケースが考えられます。ただし最新の大規模研究では、これらの技術(ICSIやPGT、アシストハッチングなど)それ自体が一卵性双生児増加に独立して有意な影響を与えるという証拠は見出されなかったと報告されています。つまり、胚盤胞培養や新鮮胚移植といった要因のほうが影響が大きく、ICSIやPGTの影響はあったとしても比較的小さいか、他の要因に隠れてしまっている可能性があります。
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子宮内環境や母体要因: 胚が子宮に着床してから分割が起こる可能性も考えると、母体側の環境も無視できません。不妊治療ではホルモン剤による子宮内膜調整や刺激を行うため、着床時の子宮環境が自然妊娠とは異なります。例えば新鮮周期の高エストロゲン環境や、免疫学的な反応の違いなど、母体側の要因が胚の分割に影響している可能性があります。ただし、この点についてはデータが限られており、現時点では明確な結論は出ていません。加えて、母体の年齢も以前は一卵性双生児発生に関係するとの報告がありましたが、最新研究では年齢による有意な差は認められていません。このように、培養条件・胚操作・子宮内環境・母体因子など様々な要因が絡み合った結果として、不妊治療では一卵性双子がやや増えるのではないかと考えられています。今後、さらに詳しく原因を突き止めるための研究が続けられるでしょう。
一卵性双生児の発生は頻度こそ低いものの、母体にとっても胎児にとっても負担が大きく、注意すべき事象です。特に不妊治療を受ける患者さんに対しては、治療前に以下のポイントを医療者が説明し、リスクと選択肢について十分に相談することが重要です。
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単一胚移植(SET)を徹底する: 双胎妊娠のリスクを下げるため、可能な限り1回の移植で戻す胚を1個に限定します(単一胚移植の原則)。日本でも近年は原則としてSETが推奨されており、2個以上の胚を同時に移植するのは特別な場合を除き避ける方針です。胚を複数戻せば二卵性双生児を含む多胎妊娠の確率が大きく上がってしまうためです。
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単一胚移植でも双子は起こり得ることを説明: 患者さんには、「胚を1つだけ戻しても、その胚が二分割して双子になる可能性がある」ことを事前に伝えておきます。その確率は高くありませんが、自然妊娠よりは高めである(約1~2%程度)ことも知らせます。特に「1個しか戻さないから絶対に一人っ子です」と誤解されないよう注意が必要です。万一双子を妊娠した場合の母体の負担やリスクについても簡単に触れておくと良いでしょう。
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胚移植の方法によるリスク差を共有: 胚を培養する段階や移植のタイミングによって一卵性双生児のリスクが変わることも説明します。具体的には、胚盤胞移植では初期胚移植よりも一卵性双生児が生じやすいこと、また新鮮胚移植では凍結胚移植よりもやや双胎リスクが高いことが最新の研究で示唆されています。それぞれ妊娠率とのトレードオフがありますが、患者さんにメリット・デメリットを理解してもらいながら移植方法を選択できるよう支援します。
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リスク軽減策の提案: 双子妊娠のリスクを極力下げたいという患者さんには、凍結胚移植の活用などリスク軽減策も提案します。例えば刺激周期に新鮮胚を移植するのではなく、胚をいったん凍結保存してから移植する方法は、一卵性双胎のリスクを下げる効果が期待できます。実際、比較的大きなリスク因子とされる「胚盤胞移植」自体は避けがたい場合が多いですが、移植のタイミングを工夫することは選択肢となり得ます。
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双胎妊娠への備え: 治療の結果双子を妊娠する可能性もゼロではないため、その場合に備えたフォロー体制についても説明します。双胎妊娠では妊娠高血圧症候群や早産、胎盤合併症のリスクが高まることがあります。したがって双子を妊娠した際には産科で通常以上に慎重な経過観察が必要になる旨を伝え、必要に応じて周産期管理の充実した医療施設とも連携する計画を立てます。医療者側も、そのリスクを念頭に置いて妊娠判明後は早期の超音波検査で胎嚢数を確認し、双胎であれば専門的管理に速やかに移行するなどの対応が求められます。
おわりに
体外受精をはじめとする不妊治療は、妊娠の可能性を高めてくれる一方で、一卵性双生児のリスク増加という思わぬ側面も持ち合わせています。幸い一卵性双子の発生頻度自体は高くありませんが、最新研究からそのリスク因子や発生メカニズムの一端が明らかになってきました。妊活中の皆さんが安心して治療に臨めるよう、医療者と十分に情報を共有し、リスクと利益を踏まえた上で最適な選択をしていくことが大切です。最新の知見を活かしつつ、一人ひとりに合った安全な不妊治療で、望まれる妊娠・出産に近づけることを願っています。

