江口さんが車の小傷を目立たなくしてくれた。

江口さん。

会社では1年後輩だけど、私は短大卒であっちは四大卒だから年は私よりひとつ上。

他にも年上の後輩は何人かいるけれど、みんなのことは、「○○くん」って呼んでるのに、江口さんは江口さん。

くんって呼んじゃいけない雰囲気。
クールな?冷たそうな?ドSそうな?
江口さんはそんなふうに見える。

仕事の時に仕事の話し以外何もしたことなかった人が、私の車の小傷を目立たなくしてくれたわけで。

驚いた。

なーんで、そんなことを?
てか、なんで私の車知ってるの?
車から降りるとこ見られた?

うちの会社はよほどの事情がない限り、車通勤は認められてない。
公共交通機関で通勤しないといけない。

その日は車の気分だった。
寒かったせいもあるし、満員電車に乗らずに済むし。

たまに車で通勤する。会社には内緒で。
私だけじゃなくて、そんな社員は何人もいる。
ただ、自腹でコインパーク代を払わないといけないし、事故なんてもってのほかだから細心の注意が必要になるけど。

いつもするように、会社から少し離れたパーキングに停めて出社した。

1日普通に仕事をして、帰り際に江口さんに言われたのだ。
車のドアの傷、目立たなくなってるからな、って。

「はい?」
帰る足を止めて江口さんに聞く。なんのことか最初は分からなかった。
「クルマクルマ。青木さん、フィットでしょ?ネイビーの。」
「はぁ、そうだけど。」
たしかに私の車はネイビーのフィットだ。
「ま、見てみぃ。傷がだいぶ見えないよ。」

かなり不思議そうな顔を私はしてたと思う。
まだいろいろ聞きたかったけど、他の社員が近くにいたからやめた。
極力、車通勤したことは知られたくなかった。
中学生とかじゃあるまいし、知られたからといって、別にどうにかされるわけじゃないけど、なんとなく後ろめたい気持ちがあった。

「ふーん、なんかよく分かんないけど、傷ね。見てみるわ。ありがと。」

さほど感謝の気持ちも持たず、お礼を言って会社を出た。

そもそも意味が分からない。
たしかに私の車のドアには、横にギィィーっと白い傷がある。10円傷というらしい。
ずっと前に、家の駐車場でやられた。他にも周りの何台かが同じようにやられてた。

そんなに深くも太くもないので、直すことなく過ぎていた。

江口さんは、たぶんその傷のことを言っている。
モヤモヤしてたけど、とにかくクルマまで行ってみよう。そしたら分かるはず。