こんばんは!各地で大雨が続いて、心配な夜を過ごされている方も多いんでしょうね。
ニュースをみていると、地球の終わりのような気さえします。怖いですね…。
さて、そんなさなか、京都は暑い一日で、私は人生で始めて、パーティを3つハシゴしました。
誕生日パーティが2つと、お仕事系のパーティ。
こういう変わった一日を過ごすと、自分の新たな一面に気付きますね。
2つほどきづいたことがありました。
一つ目は、得意そうと思われることが多いのですが、私、パーティ苦手なんだなと、昨日それを改めて実感。
人見知りではないのですが、知らない人がたくさんいる空間では居心地が悪くて、楽しいのですが、疲れるんです。
なんでかなぁとおもうと、
コミュニケーションのくせとして、私はパーティなどの場で、話す相手のバックグラウンドをある程度把握できないと、落ち着いて話ができないんだなぁと気付きました。
「なんか地雷踏んだら嫌だなぁ」とか、共通の話の探し方に困ったりするのもありますが、他愛のない会話を楽しむだけでも、なんとなく「その人の全体像を掴んでる」感覚が必要なんでしょうね。
本当に掴んでるかは置いておいて、掴んでる感覚が必要。
どこに住んでて、年齢はいくつくらいで、今までだいたいどんな仕事や暮らしをしてて、今何をしてて、どうしてここにいるか、くらいは知っておきたい。
そういうのを知らないままで積み上げるコミュニケーションが、苦手なんでしょう。
しかしパーティって、ひとりひとりとゆっくり話す時間がすくないものが多く、その場のココイマを楽しむという所作が求められると思います。
私はそれが苦手なんだと知りました。
あと一つは、自分の立ち位置というか、処し方のチューニングについてです。
3つもパーティ行くと、私を知っている人が多かったり少なかったり、比率がバラバラです。
「私」ってのにしても、仕事の顔・プライベートの顔、年上・年下としての私や、しっかり者・いい加減な私など、いろんな面があって、自分でも把握できないほどですよね。
昔の自分と今の自分も違うし、数年付き合ってる人と昨日あった人とは私のイメージも当然ちがうわけです。
そんな中、1日に3つの場で40人近い人と会うと、すごくたくさんの「私」像がその場で生まれたり、作らなきゃいけなかったり、どの自分(キャラ)で行くのか、選ぶ必要があります。
私のこと知ってる人も知らない人もいるし、知っている人の「私」像にある程度合わせながら、知らない人とも関係を作ってかなきゃいけない。
また、その場のコミュニケーションの暗黙化された習慣やルールもあるし、どれくだいの親しさや勢いで行くのがベストなのかも、瞬時に感覚で掴みながらその場にいてるわけです。
それらを無意識にチューニングするのに疲れたんだと思いました。
その上でかんがえてみると、自分の知ってる人だけを招くパーティをする時って、無意識的に打ち出したい「私」像が決まってて、それを知ってくれている人や、そんな自分を見せたい人を誘ってるんだなぁと知りました。
多分そんなことを考えずに、いつも自分のままでいるという所作を身につけている人がいて、そういう人はパーティが得意なんだと思います。
外国みたいに普段から頻繁にパーティが行われるところだと、そういうコミュニケーションスキルが上がってくるんでしょうね。
パーティピープルへの道は遠いですね~(*´∀`*)
ニュースをみていると、地球の終わりのような気さえします。怖いですね…。
さて、そんなさなか、京都は暑い一日で、私は人生で始めて、パーティを3つハシゴしました。
誕生日パーティが2つと、お仕事系のパーティ。
こういう変わった一日を過ごすと、自分の新たな一面に気付きますね。
2つほどきづいたことがありました。
一つ目は、得意そうと思われることが多いのですが、私、パーティ苦手なんだなと、昨日それを改めて実感。
人見知りではないのですが、知らない人がたくさんいる空間では居心地が悪くて、楽しいのですが、疲れるんです。
なんでかなぁとおもうと、
コミュニケーションのくせとして、私はパーティなどの場で、話す相手のバックグラウンドをある程度把握できないと、落ち着いて話ができないんだなぁと気付きました。
「なんか地雷踏んだら嫌だなぁ」とか、共通の話の探し方に困ったりするのもありますが、他愛のない会話を楽しむだけでも、なんとなく「その人の全体像を掴んでる」感覚が必要なんでしょうね。
本当に掴んでるかは置いておいて、掴んでる感覚が必要。
どこに住んでて、年齢はいくつくらいで、今までだいたいどんな仕事や暮らしをしてて、今何をしてて、どうしてここにいるか、くらいは知っておきたい。
そういうのを知らないままで積み上げるコミュニケーションが、苦手なんでしょう。
しかしパーティって、ひとりひとりとゆっくり話す時間がすくないものが多く、その場のココイマを楽しむという所作が求められると思います。
私はそれが苦手なんだと知りました。
あと一つは、自分の立ち位置というか、処し方のチューニングについてです。
3つもパーティ行くと、私を知っている人が多かったり少なかったり、比率がバラバラです。
「私」ってのにしても、仕事の顔・プライベートの顔、年上・年下としての私や、しっかり者・いい加減な私など、いろんな面があって、自分でも把握できないほどですよね。
昔の自分と今の自分も違うし、数年付き合ってる人と昨日あった人とは私のイメージも当然ちがうわけです。
そんな中、1日に3つの場で40人近い人と会うと、すごくたくさんの「私」像がその場で生まれたり、作らなきゃいけなかったり、どの自分(キャラ)で行くのか、選ぶ必要があります。
私のこと知ってる人も知らない人もいるし、知っている人の「私」像にある程度合わせながら、知らない人とも関係を作ってかなきゃいけない。
また、その場のコミュニケーションの暗黙化された習慣やルールもあるし、どれくだいの親しさや勢いで行くのがベストなのかも、瞬時に感覚で掴みながらその場にいてるわけです。
それらを無意識にチューニングするのに疲れたんだと思いました。
その上でかんがえてみると、自分の知ってる人だけを招くパーティをする時って、無意識的に打ち出したい「私」像が決まってて、それを知ってくれている人や、そんな自分を見せたい人を誘ってるんだなぁと知りました。
多分そんなことを考えずに、いつも自分のままでいるという所作を身につけている人がいて、そういう人はパーティが得意なんだと思います。
外国みたいに普段から頻繁にパーティが行われるところだと、そういうコミュニケーションスキルが上がってくるんでしょうね。
パーティピープルへの道は遠いですね~(*´∀`*)