ASKAが覚せい剤所持で逮捕されましたね。
私、ずっとチャゲアスファンでライブを心待ちにしていたので、ショックでした。
しかし、一連の報道を見ていると、ファンのひいき目もあるでしょうが、何だか、騒ぎすぎというか、やりすぎな気がします。
特にCDの販売中止とか。過去の作品まで回収って、そこまでするかと。
あと、「復帰は不可能」なんて記事も目にしますが、それもどうなんだろうと思います。
いや、そりゃいけませんよ、ドラッグ。
自分の身体もボロボロになるし、周りや家族に迷惑もかけるし、暴力団の資金源にもなるし。
国家として、しっかりと法律で取り締まるべきだと思います。そうじゃないと社会が成り立たなくなっちゃうでしょう。
ただ、ここまで蜂の巣つついたみたいな大騒ぎする必要あるのかは疑問です。
覚せい剤の使用って、だいたい知り合いから薦められることが多いみたいです。
10代のたばこと同じですね。
覚せい剤と知らないで使ったり、酔っぱらってるときや、自暴自棄になってるときに勧められたりと、まぁ手練手管で薦められるんでしょう。少なくとも、頭がシャープで判断力が優れてるときに手を出すもんじゃないでしょうね。女性では「やせ薬」と思って始める人もいると聞きます。
そしてその後はご存じ、その中毒性の高さによる禁断症状にやられていきます。
でも、その時はまだ「自分はいつでもやめられる」と思うみたいですね。
たばこやお酒にどっぷりつかっている人と同じで、「コントロール可能」だと思うそうです。
しかし、そう思って続けるうちに、いつしか自分が薬物によってコントロールされていき、楽しい気分になるための薬物が、薬物がないと苦痛になって、最後には薬物を使っても楽しめなくなっていきます。
そうなると、もう苦痛ですし、自分ひとりの力で薬物を断つことは極めて困難になります。
(もちろん「家族の愛」でも難しいでしょう。必要なのは治療と専門家のサポートです)
つまり、ちょっとしたきっかけや罠によってスタートして、いつしか足を洗うことができなくなる、それが薬物なわけです。
そして、そのちょっとしたきっかけや罠なんてのは、薬物がインターネットで買える昨今、どこにでも転がってるわけです。本当に「たまたま」です。
そうするとね、もう、始めてしまったものの、やめたくても止められない人が沢山いるわけですよ。隠しても隠しきれず、周りにも疑われる。
そんな時にこの報道。
「復帰は不可能」
どうなんだろうと思います。
日本にはDARC(ドラッグアディクションリハビリテーションセンター)という、薬物依存から立ち直るための自助グループがあります。
以前、そのスタッフの方からお話を聞いたことがありました。
その方は、幼少のころから厳しい両親に「いい子」として育てられ、テストの点数やスポーツなど、常に上位を求められ、かなわないと存在を認めてもらえないと感じる環境で育ったそうです。「典型的なアダルトチルドレンだった」と自身を振り返っておっしゃってました。
小学生高学年になったある日のこと、ふとしたきっかけで記憶が飛び、学校の先生の顔を刃物で傷つけてしまいます。そこから、「悪い仲間」と付き合うようになり、シンナーを始め、成人すると覚せい剤にも手を染めます。
何度か有罪判決も受けて、入所と出所を繰り返し、ある日「本当にこのままじゃだめだ」という考えにいたり、DARCに出会い、薬物をストップすることができました。
その方はとても素敵な方でした。前にはいろいろ悪いことしてきたんでしょうが、まっすぐなお人柄で、正直に、自身の心をみつめながら、お話をしてくれました。
中でも、「俺はドラッグに命を助けられた」という一言が強く心に残っています。
そうじゃなくては生きていけないシチュエーションもあるんだって、初めて知りました。衝撃でした。
その後しばらくしてから、私もほんの少しだけDARCのお手伝いをしていて、その時にスタッフの人たちとお話をして、印象に残っているのが、「ダメ、ゼッタイ」のポスターの功罪についてのお話です。
あれは、麻薬を始める前の人には効果的かもしれないけど、やってしまった人には絶望的に映ると。
難しい問題だと思います。
「ドラッグから立ち直れます」とドドンと出してしまって、「それなら気軽にやってみようかな~」となる人が出てきたらどうしようって思いますもんね。(いるかわかんないけど)
でも、これだけ薬物に手を染める人が多い昨今、「ダメ、ゼッタイ」じゃカバーしきれないと思うんです。
昔、AIDSの啓発ボランティアをしている時に、日本の厚労省が作るポスターって、「愛があればAIDSは防げます」とか「不特定多数との性交渉は控えましょう」的なぼんやりしたキャッチコピーばっかりで、実際の予防に全く役に立たないどころか、逆効果です。
それより「コンドームの正しい使用は感染を防ぎます」とか、「AIDSは治療できます。早期受診を」のほうが絶対役に立つと思うけど、作らない。
薬物に関しても、これだけ問題になってるのに、いまだに「ダメ、ゼッタイ」で、うっかり陥ってしまった人へのメッセージは皆無に等しい。
コケちゃったけど、それでも、「やり直したい」と思う人は沢山いると思います。
そこからの立ち直りを支援できる社会でないと、安心して生きていけない。
自分がコケないために相手を突き飛ばしたり、誰かコケた人がいたら、再起不能になるくらい叩きまくる。
こういう社会って、本当に生きずらい。
「コケた人」だけじゃなく、「まだコケてない人」も安心して生きられないですよね。。
失敗してもいいじゃん。コケても良いじゃん。人間だもの。
やり直す道を示して、応援しようよ。
と思うハルヲでありました。
日本DARC本部公式ホームページ
私、ずっとチャゲアスファンでライブを心待ちにしていたので、ショックでした。
しかし、一連の報道を見ていると、ファンのひいき目もあるでしょうが、何だか、騒ぎすぎというか、やりすぎな気がします。
特にCDの販売中止とか。過去の作品まで回収って、そこまでするかと。
あと、「復帰は不可能」なんて記事も目にしますが、それもどうなんだろうと思います。
いや、そりゃいけませんよ、ドラッグ。
自分の身体もボロボロになるし、周りや家族に迷惑もかけるし、暴力団の資金源にもなるし。
国家として、しっかりと法律で取り締まるべきだと思います。そうじゃないと社会が成り立たなくなっちゃうでしょう。
ただ、ここまで蜂の巣つついたみたいな大騒ぎする必要あるのかは疑問です。
覚せい剤の使用って、だいたい知り合いから薦められることが多いみたいです。
10代のたばこと同じですね。
覚せい剤と知らないで使ったり、酔っぱらってるときや、自暴自棄になってるときに勧められたりと、まぁ手練手管で薦められるんでしょう。少なくとも、頭がシャープで判断力が優れてるときに手を出すもんじゃないでしょうね。女性では「やせ薬」と思って始める人もいると聞きます。
そしてその後はご存じ、その中毒性の高さによる禁断症状にやられていきます。
でも、その時はまだ「自分はいつでもやめられる」と思うみたいですね。
たばこやお酒にどっぷりつかっている人と同じで、「コントロール可能」だと思うそうです。
しかし、そう思って続けるうちに、いつしか自分が薬物によってコントロールされていき、楽しい気分になるための薬物が、薬物がないと苦痛になって、最後には薬物を使っても楽しめなくなっていきます。
そうなると、もう苦痛ですし、自分ひとりの力で薬物を断つことは極めて困難になります。
(もちろん「家族の愛」でも難しいでしょう。必要なのは治療と専門家のサポートです)
つまり、ちょっとしたきっかけや罠によってスタートして、いつしか足を洗うことができなくなる、それが薬物なわけです。
そして、そのちょっとしたきっかけや罠なんてのは、薬物がインターネットで買える昨今、どこにでも転がってるわけです。本当に「たまたま」です。
そうするとね、もう、始めてしまったものの、やめたくても止められない人が沢山いるわけですよ。隠しても隠しきれず、周りにも疑われる。
そんな時にこの報道。
「復帰は不可能」
どうなんだろうと思います。
日本にはDARC(ドラッグアディクションリハビリテーションセンター)という、薬物依存から立ち直るための自助グループがあります。
以前、そのスタッフの方からお話を聞いたことがありました。
その方は、幼少のころから厳しい両親に「いい子」として育てられ、テストの点数やスポーツなど、常に上位を求められ、かなわないと存在を認めてもらえないと感じる環境で育ったそうです。「典型的なアダルトチルドレンだった」と自身を振り返っておっしゃってました。
小学生高学年になったある日のこと、ふとしたきっかけで記憶が飛び、学校の先生の顔を刃物で傷つけてしまいます。そこから、「悪い仲間」と付き合うようになり、シンナーを始め、成人すると覚せい剤にも手を染めます。
何度か有罪判決も受けて、入所と出所を繰り返し、ある日「本当にこのままじゃだめだ」という考えにいたり、DARCに出会い、薬物をストップすることができました。
その方はとても素敵な方でした。前にはいろいろ悪いことしてきたんでしょうが、まっすぐなお人柄で、正直に、自身の心をみつめながら、お話をしてくれました。
中でも、「俺はドラッグに命を助けられた」という一言が強く心に残っています。
そうじゃなくては生きていけないシチュエーションもあるんだって、初めて知りました。衝撃でした。
その後しばらくしてから、私もほんの少しだけDARCのお手伝いをしていて、その時にスタッフの人たちとお話をして、印象に残っているのが、「ダメ、ゼッタイ」のポスターの功罪についてのお話です。
あれは、麻薬を始める前の人には効果的かもしれないけど、やってしまった人には絶望的に映ると。
難しい問題だと思います。
「ドラッグから立ち直れます」とドドンと出してしまって、「それなら気軽にやってみようかな~」となる人が出てきたらどうしようって思いますもんね。(いるかわかんないけど)
でも、これだけ薬物に手を染める人が多い昨今、「ダメ、ゼッタイ」じゃカバーしきれないと思うんです。
昔、AIDSの啓発ボランティアをしている時に、日本の厚労省が作るポスターって、「愛があればAIDSは防げます」とか「不特定多数との性交渉は控えましょう」的なぼんやりしたキャッチコピーばっかりで、実際の予防に全く役に立たないどころか、逆効果です。
それより「コンドームの正しい使用は感染を防ぎます」とか、「AIDSは治療できます。早期受診を」のほうが絶対役に立つと思うけど、作らない。
薬物に関しても、これだけ問題になってるのに、いまだに「ダメ、ゼッタイ」で、うっかり陥ってしまった人へのメッセージは皆無に等しい。
コケちゃったけど、それでも、「やり直したい」と思う人は沢山いると思います。
そこからの立ち直りを支援できる社会でないと、安心して生きていけない。
自分がコケないために相手を突き飛ばしたり、誰かコケた人がいたら、再起不能になるくらい叩きまくる。
こういう社会って、本当に生きずらい。
「コケた人」だけじゃなく、「まだコケてない人」も安心して生きられないですよね。。
失敗してもいいじゃん。コケても良いじゃん。人間だもの。
やり直す道を示して、応援しようよ。
と思うハルヲでありました。
日本DARC本部公式ホームページ