早いもので8月も今日で終わり。
そういえば、今年は海水浴もせずに終わってしまった。
そんな寂しい夏の最後に、中津渓谷に行ってきた。
自宅から車で40分ほど、愛媛県境に近い渓谷である。
手軽に行けることから、遠足などで何度も行ったことのある渓谷だったのだが、実は遊歩道を奥まで歩いたことがなかった。
渓谷入口でお弁当を食べたり泳いだり、そんなことで今まではお茶を濁していた。
そのため今回が、初めての散策と言える。
下界はまだまだ残暑が厳しいが、この渓谷は非常に涼しい。
水着で行ったので、歩いて暑くなったら川に入って涼を取る。
これが、川遊びの醍醐味だ。
水は非常に澄み切っている。
歩くこと20分。雨龍の滝に出た。
前日の雨のせいか、流量が多くダイナミックな滝だ。
こんな滝があることさえ、今日まで知らなかった(汗;)
地元のことを意外と知らないものだなあ。
展望台に続く橋とのコントラストも、美しい。
さらに吊り橋を渡って歩いて行くと、水の浸食で柱のように削り取られた「石柱」に出た。
高さ15mくらいだろうか、なかなかの迫力だ。
約2時間ほどの散策、なかなか楽しめた。
いいところが高知にはたくさんあるな、本当に。
そういえば、今年は海水浴もせずに終わってしまった。
そんな寂しい夏の最後に、中津渓谷に行ってきた。
| 送信者 2010-08-31 |
自宅から車で40分ほど、愛媛県境に近い渓谷である。
手軽に行けることから、遠足などで何度も行ったことのある渓谷だったのだが、実は遊歩道を奥まで歩いたことがなかった。
渓谷入口でお弁当を食べたり泳いだり、そんなことで今まではお茶を濁していた。
そのため今回が、初めての散策と言える。
下界はまだまだ残暑が厳しいが、この渓谷は非常に涼しい。
水着で行ったので、歩いて暑くなったら川に入って涼を取る。
これが、川遊びの醍醐味だ。
| 送信者 2010-08-31 |
水は非常に澄み切っている。
歩くこと20分。雨龍の滝に出た。
前日の雨のせいか、流量が多くダイナミックな滝だ。
| 送信者 2010-08-31 |
こんな滝があることさえ、今日まで知らなかった(汗;)
地元のことを意外と知らないものだなあ。
展望台に続く橋とのコントラストも、美しい。
| 送信者 2010-08-31 |
さらに吊り橋を渡って歩いて行くと、水の浸食で柱のように削り取られた「石柱」に出た。
高さ15mくらいだろうか、なかなかの迫力だ。
| 送信者 2010-08-31 |
約2時間ほどの散策、なかなか楽しめた。
いいところが高知にはたくさんあるな、本当に。
| 送信者 2010-08-31 |
NHKの大河ドラマ「龍馬伝」では武市半平太は切腹させられ、第二部が終了した。
土佐勤王党は、志は高かったが結果的に鎖国主義を打破できず崩壊した。
そんななか意外と知られていないのが、野根山事件である。
土佐勤王党の若手二十三名が改革の嘆願書を出したものの逆に藩に逆らうものとして討伐兵を送られ、逃亡途中の野根山街道で捕らえられ、処刑されたという史実である。
野根山街道は高知県の南端である室戸岬を回避し、阿波の国へ通づる険しい山道である。
現在でも人里離れた寂しい道であり、国道にもかかわらず通行時にすれ違った車は一台だけというひとけの無さだった。
捉えられた二十三士は、奈半利川の河口で処刑され、近くの福田寺に埋葬された。
若くして無念のうちに命を散らした彼らの思いは、いかばかりのものであっただろうか。
「龍馬伝」では全く無視された史実ではあるが、尊皇攘夷、土佐勤王党を語る上では忘れてはいけない事実である。
寺には土佐勤王党の首領であった、武市半平太の像が飾られている。
土佐勤王党は、志は高かったが結果的に鎖国主義を打破できず崩壊した。
そんななか意外と知られていないのが、野根山事件である。
土佐勤王党の若手二十三名が改革の嘆願書を出したものの逆に藩に逆らうものとして討伐兵を送られ、逃亡途中の野根山街道で捕らえられ、処刑されたという史実である。
野根山街道は高知県の南端である室戸岬を回避し、阿波の国へ通づる険しい山道である。
| 送信者 2010-07-17 |
現在でも人里離れた寂しい道であり、国道にもかかわらず通行時にすれ違った車は一台だけというひとけの無さだった。
| 送信者 2010-07-17 |
捉えられた二十三士は、奈半利川の河口で処刑され、近くの福田寺に埋葬された。
| 送信者 2010-06-28 |
若くして無念のうちに命を散らした彼らの思いは、いかばかりのものであっただろうか。
| 送信者 2010-06-28 |
「龍馬伝」では全く無視された史実ではあるが、尊皇攘夷、土佐勤王党を語る上では忘れてはいけない事実である。
| 送信者 2010-06-28 |
寺には土佐勤王党の首領であった、武市半平太の像が飾られている。
| 送信者 2010-06-28 |
| 送信者 2010-06-28 |
「龍馬伝」で人気沸騰の武市半平太。
投獄され妻とも面会できず、牢番の同情により手紙を妻の富に送ることくらいしかできない。
その手紙が現存している。
高知県立歴史民俗資料館で、現在その手紙が一般公開されていたので、見に行ってきた。
この資料館は、岡豊城跡に建てられている。岡豊城といえば、言わずと知れた長宗我部元親の居城であったところ。そちらの意味でも、実に興味深い。
歴史とは全く似つかわしくない近代的建築が少し残念ではある。
で、肝心の武市半平太の手紙だが、なんと26巻も残っていた。
かなりの筆まめだったんだね、半平太って。
会場の解説では、土佐勤王党の記録を残す意味で書かれたのではないか?との推測もなされていた。
それにしても自筆の絵も残っていたが上手いものだ。
投獄され妻とも面会できず、牢番の同情により手紙を妻の富に送ることくらいしかできない。
その手紙が現存している。
高知県立歴史民俗資料館で、現在その手紙が一般公開されていたので、見に行ってきた。
| 送信者 2010-06-17 |
この資料館は、岡豊城跡に建てられている。岡豊城といえば、言わずと知れた長宗我部元親の居城であったところ。そちらの意味でも、実に興味深い。
| 送信者 2010-06-17 |
歴史とは全く似つかわしくない近代的建築が少し残念ではある。
で、肝心の武市半平太の手紙だが、なんと26巻も残っていた。
かなりの筆まめだったんだね、半平太って。
| 送信者 2010-06-17 |
会場の解説では、土佐勤王党の記録を残す意味で書かれたのではないか?との推測もなされていた。
それにしても自筆の絵も残っていたが上手いものだ。
龍馬伝で盛り上がる高知だが、そもそも坂本龍馬が脱藩するのは「下士」という身分差別ゆえ。
土佐藩は関ヶ原以後、掛川から山内一豊が入国したため、掛川から連れてきた武士は「上士」、以前から四国を支配していた長宗我部家の武士を「下士」として身分差別をしたことが元になっている。
その長宗我部家だが、四国統一を目指し活躍したのが長宗我部元親。その銅像が長浜に建っている。
非常に凛々しく、立派な銅像である。
最近は戦国時代ゲームの影響か、ここを訪れる観光客も増えてきたようだ。
ここは若宮八幡宮の参道であり、駐車場なども整備されて快適に散策することが可能だ。
桂浜からも程近いので、もっと多くの人に来てもらいたい場所である。
土佐藩は関ヶ原以後、掛川から山内一豊が入国したため、掛川から連れてきた武士は「上士」、以前から四国を支配していた長宗我部家の武士を「下士」として身分差別をしたことが元になっている。
その長宗我部家だが、四国統一を目指し活躍したのが長宗我部元親。その銅像が長浜に建っている。
| 送信者 2010-05-27 |
非常に凛々しく、立派な銅像である。
| 送信者 2010-05-27 |
最近は戦国時代ゲームの影響か、ここを訪れる観光客も増えてきたようだ。
ここは若宮八幡宮の参道であり、駐車場なども整備されて快適に散策することが可能だ。
| 送信者 2010-05-27 |
桂浜からも程近いので、もっと多くの人に来てもらいたい場所である。
人気沸騰の「龍馬伝」
その敵役とも言える武市半平太だが、土佐勤王党で尊皇攘夷を掲げ活動した結果斬首にあうという悲劇故に高知でも意外と冷たい扱いを受けてきた。
それだけに今回のドラマで人間性や葛藤が描かれることで、見直されてきたのは間違いがない。
昨日5/11は、その武市半平太の命日であって、彼を慕う人々がその死をいたみ墓参に馳せ参じたとのニュースを見たので、行ってみた。
場所は高知市の中心部から車で約20分。田園地帯にひっそりと生家と共に墓があった。
彼の生家は現在は民家として使用されており、土塀も崩れ落ちるなど損傷が激しい。
やはり死罪になった罪人として、坂本龍馬や岩崎弥太郎のような華やかさは感じられない。
それでも維新の志士として、記念碑が建てられていた。
彼の記念館は荒廃していたが、非常にもったいない。
今回のドラマにより、彼の夢が破れて無念のうちに散っていった悲哀が丁寧に描かれたことで、さらに人気が高まることだろう。
ぜひ観光客に恥ずかしくない状態で、保存していきたいものだ。
彼の墓の隣には、妻の墓もあった。
何を思って、二人は眠っているのだろうか。
その敵役とも言える武市半平太だが、土佐勤王党で尊皇攘夷を掲げ活動した結果斬首にあうという悲劇故に高知でも意外と冷たい扱いを受けてきた。
それだけに今回のドラマで人間性や葛藤が描かれることで、見直されてきたのは間違いがない。
昨日5/11は、その武市半平太の命日であって、彼を慕う人々がその死をいたみ墓参に馳せ参じたとのニュースを見たので、行ってみた。
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| 送信者 2010-05-12 |
場所は高知市の中心部から車で約20分。田園地帯にひっそりと生家と共に墓があった。
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| 送信者 2010-05-12 |
彼の生家は現在は民家として使用されており、土塀も崩れ落ちるなど損傷が激しい。
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| 送信者 2010-05-12 |
やはり死罪になった罪人として、坂本龍馬や岩崎弥太郎のような華やかさは感じられない。
それでも維新の志士として、記念碑が建てられていた。
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| 送信者 2010-05-12 |
彼の記念館は荒廃していたが、非常にもったいない。
今回のドラマにより、彼の夢が破れて無念のうちに散っていった悲哀が丁寧に描かれたことで、さらに人気が高まることだろう。
ぜひ観光客に恥ずかしくない状態で、保存していきたいものだ。
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| 送信者 2010-05-12 |
彼の墓の隣には、妻の墓もあった。
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| 送信者 2010-05-12 |
何を思って、二人は眠っているのだろうか。









