健一のNo Music,No Life -3ページ目

カフカ『変身』『判決』『火夫』

カフカの『変身』と言えば、読んだことのない人でも学校や何かで必ず目にしていると思うので今更あらすじを言うまでもないだろう。

しつこいけども(笑)
『ナボコフの文学講義』でも取り上げられている。
要約すれば「主人公グレゴールが甲虫に変身したのは何の象徴・比喩でもない。作者の性格や思想を作品に含めるべきではない。お伽話の世界なのだから」
となる。
僕もそうしようと単純にこの本の世界を楽しもうと手にとった。
「細部を愛でよ」で。

正直な感想は、主人公のグレゴール(グレーゴル)があまりにも気の毒すぎるのと、変身した後の家族の冷酷さに後味の悪さが残った。

最初の変身直後はコメディ的なところもある。
甲虫に変身したにも関わらず仕事に行かなくちゃ!と奮闘する姿がグロテスクだが滑稽にも見える。
営業サラリーマンとして一家を支えている事を長々と愚痴ってみたり。

しかし徐々にグレゴールから人間の感情・言葉・感覚が失われていき本物の虫となる。そして妹も両親も扱いが兄・息子から虫に変わる。
今まで散々グレゴールの稼ぎに世話になっておきながら。

そしてラストは一見、家族のハッピーエンドに思えるが、よくよく考えれば余りにも冷酷・残酷な終わりなのだ。

そこでナボコフの指摘を思い出す。
「グレゴールは甲虫になったって事は羽があったはずだ。彼はその気になれば飛んで出ていく事も出来た。なのにそこには全く考えがいっていない。出てこない」

そう。グレゴールは窓から飛んで逃げなかった。それは妹が感情を甲虫になった兄にぶつける時に初めて出てくる。
グレゴールにとって家族が大事だったからなのもあるだろうが、グレゴールも何か「抜けてる」奴なのだ。

ここまでで自分なりに色々解釈は出来ないかと考えてみた。

これはある日突然、ブクブクに太ったor 痩せ過ぎたアイドルが家に引きこもって事務所と険悪になる話じゃないか?
しかも何か天然なのはアイドルらしいキノコ←(このキノコはとあるアイドルの暗喩なのだが意味は日頃Twitter見てくれてないとわからないだろう)とか…。

くだらないので話を進めるガーン

その後に解説があり、カフカ自身の証言に
「『変身』と『判決』『火夫』は同じ事を書いている。本当は1つにまとめたかった。」とあったので試しにその2つを読んでみた。
ギュンター・グラスの『ブリキの太鼓』の訳(河出書房新社)でお馴染みの池内紀先生の訳なので余計に楽しみだ。

確かに直接繋がっているわけではなく、別々の話なのだが、何か1つの大きなテーマで繋がっているような気がした。

家族との別離、父と息子の衝突。

カフカ自身に何かあったのかはナボコフの言うように野暮な推測になるのでしなかった。
しかしこれをまとめて読むことで『変身』の後味の悪さが中和されたように思える。
『判決』も後味悪いっちゃ悪い話なんだけども…。

カフカ本人は『変身』を身近な人や子供に身振り手振りで芝居して面白おかしく話してやっていたそうだ。
みんなが笑い過ぎて最後までいかなかったらしいが(笑)

でも大人が読むと結構笑えないのがカフカの面白いところかもしれないなぁ。

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欲張りすぎだけど

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図書カード10万円分かTポイント10万円分かな(笑)
それだけあれば欲しい本が好きなだけ買えるから。
たくさんあり過ぎて困る。ホントに困る。

中森明夫『午前32時の能年玲奈』

中森明夫とは非凡な小説家である。

この本はアイドル評論家、文芸評論家、思想評論家、「おたく」「チャイドル」の名付け親等など多彩な肩書きの中森明夫さんの様々な分野への評論集。
中森さんクラスの知の巨人ならば内容が面白い・勉強になるのは当然の事なのだが、僕は読み進めていくうちにある事を思った。

特に桜井亜美の『ガール』への書評を読んだ後にだが
これってある種の短篇小説やなと。
それはその後の山田悠介『親指さがし』
ジム・トンプソン『失われた男』
と読み進めた事で確信する。

これは『午前32時の能年玲奈』というタイトルの『中森明夫短篇集』なのだ。
中森明夫さんの評論の凄まじさは単なる批評ではなく、文学として読んでも非常に楽しいのだ。
ある時は少年少女に、ある時は荒くれ者に、またある時は神の視点から。

何も前提がなく読む人にとっては「何これ」と思ってしまうだろうものも、様々な文学に触れた後で読むことで初めて
なるほど!と腿を叩くことになる。
当然、日頃から沢山の中森さんの著作を読まれているファンの方々は
そんなのとっくに解ってるよ(笑)
な話だろうけども。

そう思えたのは『ナボコフの文学講義』上下巻(河出文庫)を読み終えたからか。
ナボコフが言う『良き読者とは?』『小説とは?』『文学とは?』を学んで、小説や文学に対する自分の中の固定観念を破壊して新たに組み換えられた。
だからこそ中森明夫さんご自身も
『小説家を目指す人はまずナボコフの文学講義を読まないと』
とTwitterで発言していたのかも知れない。

ひょっとしたらこれを読むまではこの本は読んではいけなかったのかも、とも思っている。
読むタイミングに今、やっと来たのだ。
だからこそ、この解釈が出来たのだろう。
と言うと少々ノイローゼか精神病のように思われるだろうが…
その気はあるのかもだが…?!

特に圧巻なのは『論壇アイドルの肖像

宮台真司、東浩紀、石原慎太郎各氏について自らの交流エピソードも交えて書かれたもの(文庫版へのあとがき)だが
もうこれは「小説」としか言いようがない。
現実と幻想のあいだを行き来している感覚になってしまう。
中森さんの本格的小説『アナーキー・イン・ザ・JP』とは全く違う文体でこちらを剛力(彩芽ではない)でねじ伏せてくる。
あの小説はひょっとしたら
無意識の「ワザ、ワザ」(太宰治『人間失格』より)
だったのかとも。

他の人の解説や評論とは全く色が違う。
もう何色なのか言い表す事の出来ない幻想的な色。そして他の追随を許さない、威嚇の色。威厳の色にも。
もちろん文字は黒のままだが…。

で、ここまできて「能年玲奈」が出てこない事に気がついた。
最初にドラマ「あまちゃん」への評論から始まるのだが、途中からの幻想のせいでほったらかしだ(笑)
でも最後に再び能年ちゃんが出てきて結びとなるのでアイドル好き、あまちゃんファンの方はご安心を。

いつか何かの時に
「中森明夫さんてAKBの何かで語ってた人ですよね。結局何をした人だったんですか?」
とカワイイ女の子(アイドルでもいい)にでも聞かれたとしよう。
その時は迷う事なく断言する。

違うよ!中森明夫さんは小説家だよ。

そこから語り始めていろんな所をボディタッチをするのも知れないが、それは許してほしい。
中森明夫さんの幻想にヤられてしまったからだ(笑、人のせいにしてはいけないな)

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