五代友厚プロジェクト(関東・九州支部)
春馬の立ち姿
春馬の立ち姿なり、写真は人の哀愁をそそるものがある。死と対置した人間の弱さ、母や春の夢実現の報告ができなかった悲しみ、最後の春馬の涙の中に春馬は今尚、生きている。死中有生である。
その顔なり立ち姿は決して個人的なものではない。自分の悲しさは他者の悲しみを取り入れてのそれであって、それ以外のものではない。自分の姿の中に他者を取り入れている生き方の美しい姿である。
春馬が映画に出る時、決して自分発のものではなく先行世代が継承し、次代に贈るものを覚知してそれを伝える役割ですと考え、謙抑的な生き方が観て取れる、だから美しいのである。単に容姿良いというだけではない。
それは倫語に「述べて作らず」という言葉につながっている。
春馬は
「私は先賢がすでに語ったことを述べてるにすぎず、
そこに私のオリジナルな知見は含まれません」 と思っている。
だから天外者を観るたびに我々は涙するのである。
それこそ春馬の真なる芸術的創造性である。そしてその美的価値を通して多くの人を癒し励ましてくれるものである。よって春馬の写真や立ち姿の複製や頒布に経済的な利益を独占したいという個人的動機から肖像権の制限を加えるということは、それこそ美しいものではない。
春馬は我々に
「人間性とは何か?問い、そして限られた時間の中でしか生きることが出来ないから人間は幸福なのだ」 と人類学的問いかけをしているような気がする。
令和4年11月22日 廣 田 稔
繰り言 -廣田 稔-
ブログを一冊の本に仕上げました。
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取り扱い店
熊本県人吉市上青井町120-5 カフェAO
電話0966-35-6780
*送料のみで送って下さいます
在庫は、まだ現在あるそうです
「繰り言」にも載っています
中村哲先生に会ってほしかった
私は春馬君に会う機会があったのに何もできなかった。何より春馬君の悩みを聴くことはできなかった。
今回の五代友厚の映画上映にあっては春馬君のファンの方々に大層お世話になった。何の恩返しもできていない。何せ春馬君の生きる苦しみを聞くことすら出来なかったのである。
日本は資本主義を導入し自己決定・自己責任の原則を日常生活の隅々まで取り入れ、人と富の多さを特に教育の世界にも競うことでしか自分自分の幸福度を計れなくなった。
民主国家確立の為にも平等という価値を体得することが必須であるのにそれを学べる場所である農村・家族・地域コミュニティをマスコミのリードの基につぶしてきた。
その人たちの中で生きていくのは苦しいし淋しい。
しかし中村哲先生はその中で一人で温暖化と軽視する経済至上主義に立ち向かっていき2019年12月4日に凶弾に倒れるまで。
二人に会ってもらいかった
そして自分の生きる方向の教示を受けたかった。
Brighten the World in Your Corner. 一隅を照らす
令和3年2月7日
五代友厚映画製作委員会会長 廣田 稔
繰り言の中には
Facebookにも記載されていますが
お水配布の皆様からのご協力の
感謝も述べられています<(_ _)>
御報告
今回の五代友厚の映画「天外者」の上映では、三浦春馬くんのファンの方々にお世話になった。いずれにしても、三浦春馬くんの力ひいては彼が演じてくれた五代さんのというより神の力としか思えない。有難い。
その恩に報いようと考え、何かしなくてはと思った。
コロナ禍で春馬くんだったら、五代さんだったら何をするだろうと考えた。恩返しでなく恩送りだと思い立った。そこで、まず大阪でコロナに向かって奮闘している病院のスタッフへ、私の故郷である熊本県球磨郡山江村の、一般社団法人水都の「ありがとうの水」を送ろうと考えた。
そうして令和3年3月から下記の病院へ毎月100本の水を送付することにした。それを聞いた春馬くんのファンの有志の方々から、送料を負担してもらった。
この度、以下の御礼が届いたので報告したい。
今度、春馬くん、五代さんを慕う気持ちを、自己顕示的でなく私利私欲でなく、人間として昇華させる道を皆で探ることに努力していく必要がある。
それには人間としての生きるべき姿、世界の進むべき道を希求し、歴史を通じてあるいは神を尋ねることにして学び続ける必要がある。それこそが春馬くんの恩に報いる唯一の道であると確信している。
春馬くんのファンの皆様、ありがとう!
令和3年11月30日 廣 田 稔