1月2日、朝 愛するたまが26歳で亡くなりました。
1日の夜中の1時に、おやすみをして2日の朝9時に見に行った時には
もう冷たく固くなってしまって亡くなってしまっていました。
私の誕生日を迎える12月22日の23時半~23日の0時過ぎまでブラッシングをして
久しぶりに、なでなでして遊んであげられたのが最期の思い出です。
まあさが産まれてからは、人間のスペースと たまのスペースを
分けてしまっていたから、全然遊んであげられなくてかわいそうな思いを
させてごめんね。
最期の一カ月はトイレにも上がれなくなって、おしっこはそこらへんに
しちゃってたけど、うんちだけは頑張ってトイレでしてくれてたね。
元々の、たまの飼い主であるばばの意思を尊重し、延命治療はしないと
ずっと決めてきたことだったけど、24日からご飯も食べられなくなって
酸素室で横になったまま朝、晩の点滴だけで年内はなんとか保たれてたけど
1日になり、もう皮と骨でガリガリになった、たまの体に点滴の針を刺すことが
心苦しく、点滴をやめたらもうだめだと言うことはわかっていたけど、
点滴をすることをやめた。
そして2日の朝に亡くなりました。
そして4日に、ペット火葬車に来てもらい私たち家族と一番下の弟とでお骨を
骨壺におさめ、また私のもとへ帰ってきてくれました。
私のパソコンの横で見守ってくれています。
たまが元気なころから、たまが亡くなったらと考えただけで大泣きしてたけど
実際にたまが亡くなった時には、落ち着いていて泣くこともなく、火葬してた時も
とてもこころが落ち着いていました。
自分でもとても不思議なんだけど、たまが亡くなって火葬されお家に戻ってきた時に
心がすっとした感じがして、とても気持ち楽になったような感じがしています。
ばばに仕事場の車屋さんで野良猫として出会って、ばばがお世話して20年。
ばばが亡くなり私がお世話して6年。
26年、喘息や腎不全、歯もなくいろいろつらかっただろうに、ずっと私のそばに
いてくれて、見守ってくれてありがとう。
まあさが大きくなるまでいてほしかったけど、お空からばばと一緒に見守っていてね。
ちゃーちゃん ありがとう。


