新しくブログを立ち上げてもよかったが

過去の投稿も含めて、自分だよなと思ったから

このまま投稿を続ける。

 

 

このブログは

誰かの役に立つためな情報でも

誰かに勇気を届けるためでもない。

 

私が、「わたしを生きてきた」という証と

そのプロセスを綴っていくものだ。

  

 

私の生き様を『作品』として残していく。

 

 

もし、それがたったひとりの

誰かの勇気に繋がったら嬉しい。

 

 

 

 

今日という日まで、

私は自分という存在を証明したくて

仕方がなった。

 

 

「私はこんなもんじゃない」と

ふつふつ湧き上がるものは

ときには自分を前に進ませるものとなり、

ときには自分を傷つけるものとなった。

 

 

 

その先に待ち構えている世界は

比較・競争の世界

 

 

 

 

 

負けないために生きてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、いま、私は人生で「負けている」。

  

 

 

 

「負けている」

これを認める2ヶ月間だった。

 

 

 

 

相当、プライドが高い私にとっては

とてもえげつない向き合いとなった。

 

 

 

 

「負け負け、って。一体何に負けたの?」

そう思ってくれたひともいるかもしれない。

 

 

 

そのことについては、また改めて触れていく。

 

  

 

 

「負け」と認めるのは本当に怖かった。

 

人生終わったな、生きる意味がなくなったな、

存在する意味も価値もないな、と。

 

 

私のなかのエゴが暴走して

 

 

あー、カッコ悪いね

同じこと繰り返してダサい

それでよく人前に立てるね

そんなんで幸せとか成功とか

望むんじゃねーよ

喜んでんじゃねーよ

 

 

と四面楚歌状態だった。

 

 

 

 

だけど、私はこの声と向き合った。

この声を聴いた。

 

 

 

聴いた。

 

 

聴いた。

 

 

そして

 

 

何度も抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

その先に出てきた声は

 

 

 

わたしで在ることを

諦めたくない

わたしを生きたい

 

 

 

 

いつも、私が最後に辿り着く

本当の音(ホンネ)だ。

 

 

 

 

 

 

私にとっての「わたしで在る」とは

①外からの評価に自分を明け渡さない

②自分のダサさや弱さから逃げない

③自分を更新し続けることを止めない

 

 

 

 

 

ここ数年の私は①がどんどん強くなって

②と③を避けていたと思う。

 

 

いよいよ①を手放すときが来たと

現実と体感レベルで起こっている。

 

 

 

そのためのブログという

ツールを使った実験でもある。

 

 

内側からあふれる言葉を

 

現実で起こっている事実を

 

偽りなく綴っていく。

 

 

なぜなら、

私の生き様こそ、作品だからだ。