最近さ。

 

世界のいたるところで多様性とかいう概念が叫ばれてるよね。

 

私が思うに、それは生来的・先天的な個性における多様性の尊重のことを言っているだけで

 

社会にとっては不利益だけれども、自分のわがままを遂行したいという人間のどすぐらい欲求をなんとか正当化するための手段では

 

ないような気がする。多様性とかいう概念に絶大な信頼を置いている人たちが他人とは異なるということに対して優越感を感じて

 

人間的に堕落していくのは見ていてとても残念である。

 

 

私はもともと、辱めを受けるのが極めて苦痛で、恥ずかしい思いをするだろうと勝手に頭の中で無駄な想像をしてしまって

 

身近なあらゆることから逃出してしまう。恥を受けなくてよかったと安堵する一方で、私の心の奥底には他人と触れ合いたいという   

 

欲望が眠っている。この相反する二つの感情に悩まされている。恥を避けたはいいものの、また少しの踏ん張りや粘りもなしに一

 

目散で逃げ出し、人間的に全く進歩しないことに、今度はより一層の恥を感じるのである。この負の連鎖からはなかなか抜け出せな

 

いようだ。