ヘンナ」という植物を使った髪の美容を広めている

美容師の相澤さん


ヘンナとは?

なぜヘンナに出会ったのか?

いろんなことを聞いてみました。



まずはヘンナについて。

日本では「指甲花」と呼ばれる植物。

たんぱく質と結びつきやすい性質があるため

昔から髪の染料や手足のボディペイントなどに使われています。


また着色すると同時にトリートメント効果もあるので

シャンプー・リンスとしても利用されています。

ちなみにわたしはヘンナのシャンプーを使っていたら

髪の毛が強くきれいになった気がします!


市販のシャンプーにはシリコンが含まれていて、

一見すると髪をきれいしてくれているけれど

頭皮や毛穴につまったりしやすくあまり髪にはよくないらしい・・・。


でも日本では「ヘンナ」はあまり知られていませんよね。


相澤さんはなぜ知ったのでしょうか?



美容師を志したのは高校生のとき。

しかしホームステイをして、自分は世界を知らない、

このまま美容師になったら新しい価値感を得られないまま

世間が狭いままになってしまう!という思いから

まずは大学に行くことを決める。


そして卒業論文でヘンナについて書くことに。

資料として、今働いている美容院のオーナーでもある塩田さんの本を

参考文献に貸してもらえないか、と問い合わせたことから

塩田さんとのお付き合いが始まったという。


※塩田さんの本:『美髪再生 髪にやさしいヘンナをはじめましょう
La Vie Boheme


卒業後は今の価値観を知るためにイケイケの美容室に入ったが、

やっぱり合わない・・と塩田さんにぼやいたら

「じゃあうちにおいで」と誘っていただいたそう。

ご縁ですなぁ~

○相澤さんがヘンナを通じて伝えたいこと


「タバコに害があるのをみんなが知っているのと同じくらい

カラー剤も有害だと広めたい。」


「わざわざ茶色や金に染めなくても

自分の素材を好きになれるように、

「そのままでいいじゃん」と認められるようになってほしい。」



健康や美容だけではなく

現代の価値観にも通じる大きな想いが伝わりました。



相澤さんは毎月土日に開かれるファーマーズマーケット@国連大学で

ヘンナのシャンプー販売などをしています。

興味がある方はぜひ!

エイズによって親を亡くしたエイズ孤児


差別や教育を受けられなかったり働かされたり・・・

たくさんの問題を抱えているものの

取り組みはまだ少ない。


そんなエイズ孤児を支援するNGOを

大学院生のときに立ち上げ、

現在は代表として活躍している門田さん


なぜエイズ孤児の問題に取り組むようになったのか、

その経緯を聞いた。



大学では、心理カウンセラーになりたくて心理学を学んでいた。

転機は2年生のときにたまたま受けた平和学の授業。


テキストだった『バナナと日本人』という本を読み

日本人が食べるものはほとんど輸入品で、

わたしたちの生活は世界と直接つながっている!と、

初めて世界と自分がつながっていることを意識した。


タイトルであるバナナは日本では高級品だったが

今では低賃金でつくられているために安く手に入る。

そんなバナナの産地・フィリピンに関心を持ち、

授業のあとすぐに「フィリピン ボランティア」でネット検索した。


そのとき心にあったのは

自分に無関係なものは、なにもない。

私の生活を支えてくれている誰かのために、私も何かしなきゃ。

という想いだった。


そして大学3年の春休みに、

ネット検索で見つけたACTIONというNPOを通して

フィリピンで孤児院支援ワークキャンプに参加。


スモーキーマウンテンに訪問したり

フィリピン家庭にホームステイしたりと

何かしたいという思いとは裏腹にとても楽しい思い出ができた。


と同時に、2つの大きなショックが生まれた。


今まで暗いイメージを持っていたフィリピンの人たちが

強く、豊かに生きていること。

一方で貧困やストリートチルドレンなどの現実があること。


帰国後はもっと私にできることをしたい!と思いから

国際協力に携わる仕事を志すように。

でもその前に、

そもそもどうしてこんな社会になってしまったのか

社会の構造を知るため大学院へ進学する。



本当に必要な支援は何だろう?



この難しい問いに対して、動きながら考えることにした。


まず当事者の視点から見るために

地元・熊本県で過疎化が進む波野村で地域おこしボランティアに参加した。

外国人と一緒にワークキャンプすることで支援される側の立場を経験し、

外部者の存在の大切さを知る。


「外国人が新しい風をもたらしてくれる。

私も外国で何かをすることに、きっと意味がある。」


以降、私たちが必要なものを決めて支援するのではなく

当事者がどうしたいのか、当事者の視点で考えるようになった。



そして大学院1年の春、一生に一度は行きたいと思っていたアフリカへついに渡る。

1ヶ月間、水道も電気もないケニアの田舎町で地元のNGOのボランティアをした。


病院の修復作業などをしながら毎日楽しい生活を送り、

アフリカの人々に魅せられて同年の夏に再びケニアへ。


まったくのノープランで行ったものの

現地の友人に孤児院やエイズ関連施設に連れていってもらい、

エイズ孤児の多さに衝撃を受けた。

その村にHIV患者が多いことは知っていたが、

前回は患者に一人も会わなかったからだ。

HIVには差別がつきまとうため、

名乗りでることができずに病院に行けない人が多いことを実感した。


帰国後、2つの決意をした。

一つは世話になったケニアの友人に感謝し、

ケニアの社会へ恩を遠くから返すこと。


二つ目は親を亡くさない環境をつくること。

失ってもいきいきと生きていける社会をつくること。


2005年12月、PLASが設立された。

それは一通のメールからだった。

11月に以前参加したワークキャンプの主催団体から

「エイズとエイズ孤児について語る会」の募集を知り、

まさに私が話したかったことだ!と参加。


そこで出会った6人の仲間と翌月の12月に

エイズ孤児を現地で支援する団体を設立した。



最初の活動はウガンダでの小学校建設。

プレハブのような校舎で雨が降ると勉強ができない状況だったため

安全に教育できる環境つくりを目指した。

日本人ボランティアを募集し、小学校が休みの3ヶ月の間に

校舎を壊して建て直すことに。


門田さんは初ウガンダにして事業コーディネーターを任され、

地元の市役所から多額のわいろを請求さるなど

日本では考えられないことばかり起きて対処に追われた。


自分がやりたかった国際協力とちがう!

こんなんでやっていけるのか?

誰のための支援なのか?


帰国後は現地でのつらかった日々に苦しんだ。


しかし報告会で初めて現地で活動している自分の写真を見ると、

どれも笑顔で写っていた。

つらかったけど、これがやりたい仕事なんだ。

そう確信した。


当時、PLASでの仕事は無償だったため

アルバイトをしながら寝る間を惜しんで働く生活が2年くらい続いた。


2008年からは有給スタッフとして、

そして今では代表として海外事業の骨子づくりなどに取り組んでいる。


「これからもずっとPLASに専念したい。

今後は他国でも事業を展開していって

将来的にはPLASや日本人がいなくても現地の人たちが自立できるようにしたい。

でもそれは私が生きている間は難しいから、そうなるように団体を大きくしたい」


目をキラキラさせながら話していた門田さんは

4つのメッセージを残してくれた。


考えると同時に動くこと。


仲間を見つけること。


多様な文化・考え方にふれること。


足りないものを補いながら、今の自分にできることを実践すること。

(いつかやろうではなく、今やれることをする!)



まだ28歳という若さで前に前に突き進んで生きている門田さんは

とてもかっこよく見えました。



※NGO PLAS : http://plas-aids.org

日曜日にFamer's Market@国連大学

に行ってきました~キラキラ


農家のとれたて野菜や果物とかがたくさん売っていて、

スーパーできれいに包装されているものよりおいしそうに見えた*´∀`*


スーパーだと買ったところから食のストーリーがはじまるけど、

作った人と話すと物語が深く感じる。


最近オーガニックとかスローフードとかが流行っているのも

みんなの食に対する考えが強まっているからなのかな。



人間の価値観には、親の食育が大きく影響するのでは。


マーケットに一緒に行ったクリスが言ってた。


クリスは来年から農業の雑誌を出版している会社に就職して

農家のひとの話を聞いてまわる予定。


もともとは母が有機などの食材に気を使っていたことが

根っこにあるみたい。


さらに大学の授業で水俣に行ったとき、

過疎化する地域、そして農業をなんとかしたい!と思ったことが

農業に関わる大きな動機となった。


 農家は命に近くて、

 生き物や土地の知恵を肌で感じながら生きている。

 そんな生き方に魅力を感じた。


地方をもっと面白くしたいと意気込むクリス。

農業を通して日本を持続可能な社会にしたいと目を輝かせている。


都市にいるし農業まではできない・・・というひとでも、

いま食べているものはどこから来たのか

ちょっと考えてみるだけでも大切なことだと思う。