忘れられる権利 概略
「忘れられる権利」とは、プライバシー保護のための新しい権利の概念である。インターネットの発達と社会への普及により、スマートフォンなどの全地球測位システム(GPS)や検索エンジンの検索結果など、インターネット上に残った各種の個人情報が永久に残るようになった。あらゆる事柄がホームページ上に記録され、その情報は消え去ることなく、永年にわたって衆目にさらされ続けるようになってきたのだ。これを削除したり消滅させたりできる権能があってしかるべきだとする考え方
に基づくものが、「忘れられる権利」である。
「忘れられる権利」を明確に認めたのは、2011年11月、フランス
の女性がグーグル
に対し「過去
のヌード写真
の消去
」を請求して勝訴するという判決が出されたことに始まる。その後2012年1月、欧州委員会
は、EUデータ保護指令に代わる立法として、「EUデータ保護規則案」を提案し、この規則案の第17条で「忘れられる権利」を明文化した。この規則案は2014年3月に、欧州議会の第一読会で修正された。この修正により、「忘れられる権利」という文言は条文から削られ、代わりに「消去権(right to erase)」という文言が用いられようになった。2014年5月13日、EU司法裁判所は、検索主体(data subject)は、一定の場合に、検索事業者に対して、検索リストから自己に関する過去の情報の削除を求めることができるとして、「忘れられる権利」を認める先行判決を下した。
しかしこの「忘れられる権利」には課題もあり、表現の自由とのバランスや、スマホのGPSから取得した位置情報を犯罪捜査に使われるなど、その権利を主張することで自らの首を絞めることもあるのだ。
参考文献
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%98%E3%82%8C%E3%82%89%E3%82%8C%E3%82%8B%E6%A8%A9%E5%88%A9
私はこの「忘れられる権利」を知り、この権利はなくてはならないものであり、これを主張することは間違いではないと思った。そもそもの大前提として、人は人間
が人間として生まれながらに社会的権利を持っている。権利を持っているのだから、忘れられる権利を主張することは正しい。その主張を反対するのであればそれは人権そのものの考え方を否定することと同じである。この大前提があることをまず伝えておきたい。
では「忘れられる権利」を主張している人たちはどういった人なのか。私の推測する限り、過去にインターネット上に自ら投稿してしまったもの、他人に投稿されてしまったもの。この二つであると思う。そう考えると、前者は自己責任のなか行った行動であり、やってしまったことを後になって消してくれというのは、会社側からすると迷惑な行為ではないかと思った。後者は被害者であるので、権利を主張する資格は大いにあるし、インターネット上に投稿されてしまった情報は消去されるべきである。
ではなぜ自分から個人情報を載せてしまうのか。それはインターネットの普及により、ブログやSNSといった新しい娯楽が生まれたからである。新しいテクノロジーが誕生してすぐには、ルールはあいまいになってしまう。どんなことが起こるのかすべてを予測し、防衛することはできないのだ。なので、個人情報を自らインターネット上に投稿してしまったものは確かに自己責任ではあるが、価値観やルールがまだ新しく、何もわかっていなかったといえば、確かに被害者なのかもしれない。
私はテクノロジーの進歩に、法律はいつも間に合っていないと思う。それによって批判が生まれるのは当然のことであり、批判が生まれればそれを議論し、その先を多くの人を巻き込みながらしっかり考えることが重要だ。
この「忘れられる権利」も、犯罪捜査に使うメリットや、戦争のための兵器になる可能性など、民衆が不安に思っていることの情報を開示し、議論を続けていくことが最も大切だと思う。なのでプライバシーを守るべきだという意見と、知る権利が侵されるという意見両方を聞く必要がある。忘れられる権利と既存の権利のバランスを保ちながら、議論を続けていくことが重要であると考える。
