ポンコツ車に花束を -2ページ目

できるまで何度だって

昨日は
ずっと考え込んでいた。

自分に足らないものは何だろうか?

足らないものなんて一々あげたてらキリがない。

育ってきた環境は
今更どう足掻こうと変えられないし、
罹ってしまった病気を嘆いても仕方ない。
マイナスもプラスも、全部ひっくるめて私なんだし。

足らないものは数えきれないくらいあるけど、
そうなった過去や理由を悔やんでも怨んでも仕方ない。

そんなことよりも満足して生きゆくために、
私にとって必要なのものは何だろうかと考えた。

ずっと考えていて
ハッと気づいた。

すごく簡単で単純なことなんだけど、
私にとっては目から鱗の発見。

探し続けて4年目にして見つけた理想の借家。
借り手がついてしまったことを
私は至極あっさり諦めてしまった。

4年前も理想の一軒家を横浜で見つけて、
その時もグズグズ迷っていて他に借り手が付いた。

いつもそうだ。決断するのに時間をかけ過ぎる。
決断してから自分の思いを伝えるときの
情熱が足らない。

諦めることに慣れてしまってるんだ、私。


借家ならまだしも、
全てに関してそんなところがある。
立ち向かう前に、自分の意志を貫く前に、
諦めてしまう、何かしらの理由をつけて。

なんだろ?
こういうのが負け犬癖だ。

負けることに慣れてるんだ。
しかも最悪なのは、戦わずして降りる癖。


私は今年中にやり抜こうと決めたことがあって、
それを成功させるには数年前の理想体重に戻す必要がある。
自信を取り戻す第一歩に必要なのがダイエットだなんて、
馬鹿らしいと思われるかも知れないけれど
卑屈な気分になる要因を出来ることから取り除いていかなくちゃ
身動きが取れない。

だから今日から午前中に『やるべきこと』を全て片付けて、
それからアメブロにログインすることに決めました。

いつも『一寸ペタしてからにしよう』で始まって、
夫が起きるまでグズグズ過ごして。。

こんなんじゃイカン!


フルタイムで仕事して
私生活も楽しんで
出版もして
趣味もあって
ブログの更新も毎日して
ペタも確りできちゃう。

スゴイなぁ~って感心してばかりいて
どうする?

まだ降りるのは早い。
人生80年の時代だもの。

今朝は起きてから顔面マッサージをして、
掃除洗濯を済ませ、
1時間半スイミングして、
図書館に借りていた本を返し新しく三冊だけ借りて、
野菜中心の買い物をして帰ってから
ログインしました。

そんなんで今後、ペタやコメント、返信等
少し時間がかかります☆






やれることは
したいことは
全部残さずやる!

ぽわわんと成功を夢見る前に
やれること
したいことを
一つ一つ片付ける。


憧れの先人たちは
私から自信を奪うために作品を残したのか?
そうじゃない、私に興奮と感動と夢を与えるために
それらを残したんじゃないか!



大丈夫、きっと。

大切なのは
失敗を恐れる前に
行動すること。

まずは一歩
踏み出すこと。

何度失敗しても
何度でも立ち上がって
一からやり直す勇気。














生還

定かではないんだけど、午前中にUPした記事。
あれって何処かで読んだような気がします。

夫との昼食の時間にふとそんな気がしてきて、
17時出勤の夫を見送る頃に
あっと気づいたのですけど、

あれって
らっこさんのとこで?

『いいアイデアが浮かんでるんだけど、
用事があって今書けないから
時間が経ったらもう書けない』

みたいな記事を読んだような。。。

もしそうなら、
らっこさん、すみませぬぅ汗

自覚なく影響されてるみたいんで、
もしそうなら勘弁して下さいませあせる



さて今日は唐突にダークネス気分なので、
そんなダークを好まない方はこれ以上読まずにいて下さい。

何故ダークかと言うと、とくに理由はありません。
ここのところ続いた脳天気に陰りが差して、曇り空となった模様。
まぁこんなのはお天気の変化みたいなもんで、
こういうのは周期的にやってくるのですから何の心配もございません。




さぁ暗い上に、意味不明ですぞ~


ここから先に進むのは、
貴殿の判断にお任せします。





















『明るい』とか『元気』とか、
『ひまわりみたい』とか『太陽だ』とか、
知人たちからの私の印象は口を揃えたようにそれで表される。

更に親しくなると、我が侭だとか、いい加減だとか、考えすぎだとか、
そんな評価も出始める。

いい人とかイヤな人とか
愉快だとか不愉快だとか
優しいとか冷たいとか
安心するとか怖いとか
好きとか嫌いとか
...............


誰もが感じるままに評価を下して、
ペタペタとレッテルを貼ってゆく。


その中で私は見つけるのだ、
私と同質の闇を持つ誰かを。

本当に心を許した誰かだけが、
私の心の闇を垣間見る。

それは恐らく、
共鳴する何らかの闇を持っている誰かだけに開く扉のようなもので、
決して誰にでも開かれるものではない。

私が私として成立しているとき、常に光と闇を感じる。
光の中に在るときも闇の存在を知っているし、
またその逆も在る。

常にその状態が続くのならば、何の問題も生じないのだ。

私から闇を取り上げてしまったら、
それは私ではなくなるだろう。

溢れる情報に迷うことがあっても、
最終的に私は自身の持つ闇を受け入れるしかない。

光だけの中を生きるゆくなんて、私には考えられない。



あの時が私には懐かしくもある。
それは大きな闇に飲み込まれて、
全ての光が消えてしまったあの一時だ。

周期的に訪れた、あの完璧な暗闇。

最近ではこの周期が乱れたようで、
ここ暫くその完全なる闇とは無縁となってしまった。
そこに少しだけでも寂しさを感じるのは、異常なことなのだろうか。


闇に飲み込まれるとき、それは徐々に私を浸してゆく。
時間をかけてじっくりと闇が私に浸透する。

それは何処からくるのか?
その闇は私の中に常にある、
幼い頃から親しんだあの闇とは少しだけ性質が異なるようだ。


それはまさに温度を伴う。
闇の中はどこまでも冷たく、底のない暗闇の中、
手足どころか体中が氷の中に浸されたような凍り付いた感覚。

そしていつしか光が射すとき、
太陽の暖かさに包まれて温もりを体中が吸収する、あの暖かさの実在。



やがてやってくる完全な闇。
飲み込まれる刹那。
少しの恐怖も私にはない。

闇の中、全くの音のない世界で唯、
差し込む光を待つ、何の感傷もなく。

いつしか、その闇を永遠と感じる瞬間がくる。
そのとき、私は死を感じるのだ。
死が私の現実となる。

独ぼっちの闇の世界。
その孤独を、闇を私はすんなりと受け入れる。
その中で静かに横たわり、これから永遠に続くであろう独りを思う。
心に穏やかな安らぎを感じ、私はもう生きなくてもよいことに
胸をなでおろすのだ。

ゆっくりと時が流れてゆく。

いやもう時という概念もなく.....

闇の中を永遠に揺蕩う。



ふと私は夫を思い出す。
母や、妹や甥たちを思う。

どうしているだろうか。
元気でいるだろうか。

そして、
私がいなくとも不自由を感じる人など
何処にも存在しないことを思い出す。

少し寂しくて、
少しだけ哀しい。


消えていた感情が蘇る。

だから始まりはいつも、
哀しいという感情から生まれるのだ。

やがて完璧な無音から、
微かな音が戻り始める。


意味のない音が形をなして、
意味をなさない声へと変わってゆく。

遠くから声が聞こえてくる、
徐々に強く鮮明に。

助けを求める声?
それは妹の長男の声だ。

助けて、おばちゃん
助けて.....

甥は私に似ている。
あの子は私と同質の闇を持っている。

闇の中で、閉じた瞼から涙が溢れ出す。

涙は暖かく、凍り付いた頬を少しずつ溶かしてゆく。

戻ろう、と思う。
あそこへ戻らなくちゃ.....


温かな光が私を包み込んで、冷えきった体に熱を与える。

目を開けて、
横たわった体を起こす。


光の中へ私は、
再び足を踏み出す。











あーっ残念っ

今、皆様のページにお邪魔してマイページに戻り、
さーて私も今日のブログでもUPするかと思った矢先に。。。。

我が亭主殿、もっそり起きてまいりました。

チッ

あ、舌打ちじゃないですから。


今日のブログは会心作だったはずなのになぁ.....
残念っ。

あー時間が経ったらもう書けないなぁ。。
今しかなかったのにぃーo(TωT )


本当ですったらぁー