心のじゅんびができるまで・・・。(37)
・・・数年後・・・
西村は、eikoとスティーブの家の台所で
緑の芝生で覆われた、見渡す限りの広い庭を見つめていた。
柔らかい日差しの午後。
お腹の大きなeikoをいたわるように寄添い、2匹の犬達とはしゃぎまわる可愛らしい双子の女の子を暖かく見守っているスティーブがいる。
eikoも 心から幸せそうに微笑んでいる。
二人は信頼し合い、そして愛しあっている・・・世界中の誰が見ても、そう感じるだろう。
「よかったなぁ、eiko。」
西村は、いつの間にかそうつぶやいていた。
「なにぶつぶつ言ってんの?冷蔵庫の中のお肉、全部持ってきてね。」
今や西村のワイフとなったウネが、バーべキューの準備に忙しそうに声をかけた。
「わかったよ。他にないか?」
そう言いながら、冷蔵庫からお皿いっぱいに盛り付けられたお肉を取り出し、庭にしつらえたテーブルに持っていく。
「西村先輩」eikoが声をかけてきた。
「eiko、しあわせそうで安心したよ。それで、いつ生まれるんだ?」
eikoの大きくなったお腹に目線を移しながら聞く。
「(笑)来月の予定ですよ。」少しだけ恥ずかしそうに微笑みながら答える。
「西村先輩、本当に心配のかけっぱなしでしたね。」
eikoは話を続ける。
「考えてみると、西村先輩だけが・・・私の全てを知っている西村先輩がけが・・・本当の意味で、私の事を見守っていて下さったんだ・・・ってやっと解りました。本当にありがとうございました。」
西村は、eikoの頭を優しく撫でた。
「本当によかったよ。これからは心配かけるなよな!」
eikoは笑顔いっぱいでうなづいて答える。
「それより、おまえ・・・あの事はスティーブに言ったのか?」
eikoはしばらく考えていたが、うつむいて、小さく首を横に振った。
「・・・そうか・・・それでいいのかもな・・・」
「じゃあ、そろそろみんなで乾杯しようか?」
スティーブが大きめの声で、手に持ったグラスを高く上げて見せた。
そこにいたみんなもスティーブを真似て、自分の持ったグラスを高く掲げた。
「それじゃあ、ここにいるみんなの幸せと健康を祈って、乾杯!」
そこにいる誰もが明るい表情で、和やかな雰囲気だ。
スティーブも、そしてeikoも 以前のような暗い雰囲気はみじんも感じられない。
西村は、やっと肩の荷が軽くなるのを感じた。
eikoとスティーブ。
今のまま、いつまでも幸せに暮らして欲しい・・・と心から願っていた。
いったんおしまいです。
こころのじゅんびができるまで・・・。(36)
翌日の新聞紙面は、殆どが「スティーブ結婚」で占められていた。
一人の日本人女性と結婚。
一般人なので相手の事については、今も、そして今後も名前すら公表するつもりは全くない事。
そして、この結婚についての記者会見は開かない。
などと言った内容だ。
朝のコーヒーを飲みながら新聞を広げたeikoは、びっくりした。
一面がスティーブの顔だった。
ハングル文字の読めないeikoは、早朝にもかかわらず西村先輩に電話をしていた。
「西村先輩!新聞見ました?」
少し抑えた感じで話し始める。
「ああ。ハデに出てるなぁ。」
西村は苦笑いを隠しながらそう答える。
「西村先輩、まじめにお願いします。何て書いてあるんですか?」
「大丈夫だよ。スティーブが結婚したって記事だよ。心配するな!お前の事は公表するつもりはない・・・って書いてあるぞ。」
eikoは、ほっとしたが、心境は少しだけ複雑だった。
「そう・・ですか・・。ありがとうございます。朝早く電話してすみません。」
「それから、記者会見は開くつもりはない・・とも書いてある。お前の事気遣ってくれてるんじゃないか?」
電話を切り、両手で覆ったマグカップの中のコーヒーを、見るともなく見つめていた。
「スティーブ・・・ありがとう・・・。」
無意識にそうつぶやいた。
「eiko。おはよう。」
満面の笑顔だ。
「おはよう、スティーブ。」
eikoも負けじと笑顔で返事をした。
「朝食これから作るわ。コーヒー飲んで待っててね。」
「急がなくてもいいよ。」
優しいスティーブの言葉に、幸せを感じながら朝食の準備にとりかかる。
「今日の仕事は午後からなんだ。」
eikoは料理をしながらスティーブに向かい笑顔でうなづいた。
ゆったりとした和やかな朝食を楽しんだあと、芝生の広がる広い庭で二人手をつなぎシャドウとロリィーのはしゃぐ姿を微笑ましく眺めた。
eikoが簡単にこしらえたサンドイッチで昼食を楽しみ、スティーブは名残惜しそうに仕事に出掛けて行った。
ドラマ撮影の為のスタジオに到着するや否や、スティーブの乗った車は 結婚したスティーブのコメントと真相を聞きだそうとする大勢のマスコミに取り囲まれていた。
意を決して車から降りると、色々な質問を浴びせるレポーター達から警備員達に守られるようにスタジオに入る。
すぐに、ポケットから携帯電話を取出し電話をかけた。
午後のテレビ番組で生中継されていたその様子をeikoはなんとなしに眺めていると、電話が鳴り響いた。
びっくりして受話器を取ると、スティーブからだったのでまた改めてびっくりしてしまった。
「eiko。今日は少し帰りが遅くなるから先に寝てていいからね。」
「わかったわ。。頑張ってね。」
ついさっきテレビでの大騒ぎを見たばかりで、心なしか不安を感じていたのだが、思いやりのこもった優しいスティーブの言葉を聴き少し安心した。
eikoは居間のソファーでシャドウ&ロリィーと一緒に本を読みながらスティーブの帰りを待っていた。
しかし いつの間にか、そのまま眠り込んでしまっていた。
心のじゅんびができるまで・・・。(35)
eikoとスティーブ、二人の結婚披露パーティーは、和やかに始まっていた。
二階の窓から覗くと、芝生の広がる二人のお庭はかなりの人でいっぱいだった。
eikoの知らない人ばかりだが、eikoの唯一の招待者である西村先輩は かなりの人と親しげに話を交わしている。
長い付き合いのスティーブとは共通の友人も多いのだろうか・・・・。
そんな事を考えていると、スティーブが部屋に入ってきた。
「eiko」
と呼ばれて我に返り、振り向くと スティーブが正装姿で立ってeikoを見つめていた。
「スティーブ・・・素敵よ。とっても似合ってるわ。」
恥ずかしさもあり、少し口ごもりながらそう言うと、スティーブも答える。
「eiko・・・とっても素敵だ。とっても綺麗だよ。」
そう言うと、ポケットから小さな箱を取り出し、eikoに向けてふたを開けた。
「遅くなってごめん。受取ってくれるだろ。」
その小さな箱の中には、小さなダイヤモンドが全体を覆う豪華だがとても上品なペアリングだった。
eikoが感激で胸をつまらせていると、スティーブが一つを手に取りeikoの左手の薬指に優しくはめこんだ。
「僕のは君にお願いできるかな?」
eikoはスティーブの瞳を見つめながら指輪を手に取り彼の指にゆっくりとはめた。
二人は見つめあったままだ。
そして優しく、甘いくちづけを交わすと、やっとの思いでスティーブが話し始める。
「しばらくこうしていたいけど、そろそろみんなの所に行こうか?早くしないと皆怒って帰っちゃうよ。」
二人手をつなぎ皆のいる庭にゆっくりと出て行くと、大声援と拍手と共に迎えられた。
皆、口々に祝福の言葉をと叫んでいる。
とても和やかなパーティーだった。
スティーブは、招待した自分の友人達一人ひとりにeikoを紹介して回った。
みんな暖かく迎えてくれた。
パーティーも終わり、すっかり片付け終わった頃、eikoはスティーブの母親と話をしていた。
「eikoさん、スティーブの事、宜しくね。」
eikoに否定的だった義母が、優しい言葉で祝福してくれた事にeikoは素直に感動した。
「お義母さん、ありがとうございます。」
そして、eikoはもう一言付け加えた。
「これからも 宜しくお願いします。」
その言葉を嬉しそうに聴いていた義母は、スティーブが引き止めるのも聞かず帰って行った。
最後に帰って行った義母をスティーブと二人で見送り、やっと二人きりで向かい合う。
二人とも静かで、少し長いため息をついた。
「eiko、お疲れさま。」
「緊張したけど・・・楽しかったし・・・」
eikoは微笑みながら少しおどけた感じで答えた。
微笑みあい、どちらからともなく唇を重ねていた。
そして、スティーブはeikoを抱きかかえ、二人のベッドルームへ向かった。
心のじゅんびができるまで・・・。(34)
翌日の夜遅く帰ってきたスティーブは、少し酔っていた。
玄関に入るなり、迎えたeikoをいきなり強く抱締めた。
「eiko・・・」
「お帰りなさいスティーブ。」
eikoは優しく迎えたが、スティーブの表情に何かを感じた。
スティーブに抱締められながら話しかける。
「スティーブ、お疲れさま。お腹すいてるならお風呂に入ってる間に何かつくるわ。」
スティーブは、eikoを抱締めたまま答える。
「いいんだ。しばらくこうしてていいかな。」
そう言って、更にeikoをきつく抱締めた。
シャワーを浴び、少し酔いの醒めたスティーブにeikoが淹れたてのコーヒーを差し出す。
「ビールの方がよかったかしら?」
「(笑)いや、これが最高だ。ありがとう。」
しばらくの沈黙のあと、何気なく問いかけてみる。
「スティーブ、何かあったの?」
スティーブは何も言わず、ただeikoを見つめていたが、しばらくして話し始める。
「今日の夕方ジョン・スーに会って来たんだ。」
eikoはスティーブを見つめながら優しくうなづいた。
「共演したドラマの撮影中に何度か食事しただけなんだ。誓ってそれだけなんだ。それなのに・・・・」
そこまで言って頭を抱え、考え込んでしまった。
いつもの彼らしくない。
「スティーブ・・・愛してるわ。信じてる。」
eikoのその言葉を聴いて、スティーブはeikoを見つめる。
「その事でそんなに悩まないで。いつか解ってもらえるわ。」
「eiko・・・。」
そう言いながらスティーブはeikoをやさしくだきしめた。
「ごめんな。」
その夜、二人は愛し合った。
いつもより優しく、お互いをいたわりあいながら・・・・・。
翌日は朝から忙しかった。
eikoも、そしてスティーブも・・・。
そう、ごく親しい人だけを招いた二人の結婚パーティーをこの家で催すのだ。
朝一番に訪れたのは、西村先輩とその彼女ウネちゃんだった。
eikoとスティーブにひとしきりいやみを言った後、パーティーの準備を手伝ってくれた。
この国でeikoの知り合いは彼らだけだ。
来てくれただけで胸が一杯になる。
パーティーの準備も終わりかけた頃、サンウとその母、そして妹のジュニが駆けつけた。
ジュニは来るなり、eikoをひっぱり部屋へ連れて行った。
苦笑いしながらeikoがついて行くと、持って来たバッグの中から豪華なウェディングドレスを取り出し、広げてみせた。
「eikoさん、これ、私達からのプレゼントよ。着てみて!」
eikoがあっけにとられて見つめていた。
「サンウお兄さんと、お母さんと私の3人で選んだのよ。気に入ってくれるといいんだけど・・・」
「・・・こんな素敵なウェディングドレス、私に似合うかしら・・・・・。」
感激で泣きそうになりながら、やっとそう答えた。
「早く着てみて!ね!」
ジュニに急かされ、ゆっくりと袖を通す。
「わぁ~!素敵!! すっごく素敵!」
「ジュニ、ありがとう。ほんとうに・・・ありがとう。」
二人は抱擁をかわし、祝福しあった。
こころのじゅんびができるまで・・・。(33)
eikoとスティーブ、二人eikoのコテージに戻り、見つめあっていた。
「スティーブ・・・」
意外な事に話し始めたのはeikoの方だった。
それを遮るようにスティーブが話し始めた。
「eiko・・・俺の話を聞いてくれないか?」
その言葉を遮るようにeikoが静かに話し始める。
「あなたの事信じてる。」
eikoのその言葉を聴いて、スティーブはeikoを見つめる。
「eiko・・・・」
「約束どおり明日引っ越すつもりだけど いいかしら?」
二人はみつめあい、優しく微笑をかわした。
翌日・・・自分の荷物を運び終えたeikoは、広い庭でシャドウとロリィーのはしゃぎまわる姿を微笑ましく見つめながら、ゆっくりと荷物を片付けていた。
穏やかな日差しに、ゆったりとした時間・・・心の奥に潜む不安も、どこかに忘れてしまいそうだ。
「eiko!」
突然の声に、はっと我に返り、振り向くと スティーブがサンウと一緒に入ってきた。
「サンウさん。お久しぶりです。」
「eikoさん、おめでとう。」
「ありがとうございます。」
eikoは少し照れくさそうに答える。
「ジョンの様子はどうですか? あれから問題ありませんか?」
しばらく様子を見に行ってないので、前々から気になっていた。。
「あれから何の問題もありませんよ。eikoさんに来ていただいた日から全く別の犬のようですよ。感謝してます。」
「よかった・・・。」ほっとした。
「二人とも、挨拶は終わったかな?」
スティーブが少しふざけた調子で話しはかける。
eikoはスティーブを見つめ笑顔を返した。
「今日はどうしたのスティーブ?明日来るって言ってたでしょ。」
「そのつもりだったんだけど、今日サンウと仕事が一緒だったんだ。僕達の事を話したら、是非君に逢いたいって言うもんでね・・・(笑)すぐに戻らなきゃいけないんだけど・・・」
「そうなんだ。eikoさんに会ってお祝いを言いたくて。」
「ありがとうございます。」
その心遣いが、素直に嬉しかった。
「でも、お茶するくらいの時間はあるでしょ?すぐに淹れますから。」
30分ほどの和やかなティータイムを過ごし、スティーブとサンウは仕事に戻って行った。
仕事への車中、運転するスティーブにサンウが話しかける。
「ジョン・スーの事、大丈夫だったのか?あいつ、あちこちでお前との事言いふらしてるらしいぞ。」
「一度会って話したんだが、解ってもらえたとは思えない感じだったよ。」
頭を抱えながら答える。
「いちおう聞くけど、ジョン・スーとは何もなかったんだろ。」
「あたりまえだよ。ドラマで共演した時、撮影中に一緒に食事に行った事があるだけだよ。それだけだ。」
「そうか・・・。でも、きちんと納得してもらわないとまたeikoさんが辛い思いをする事になる。」
スティーブは何も言わず、運転しながら 何度もうなづいていた。
「それから・・・余計な事かもしれないが、eikoさん・・・日本での失恋以外に何かあるのかも・・って言ってたの覚えてるか?」
スティーブはまた無言でうなづく。
「何だか解ったのか?」
「いや・・・まだ解らないんだ。何かあるのは確かだし、西村さんは知ってるみたいなんだが、絶対に教えてくれない。eikoもだ。」
沈黙がしばらく続いた。
「でも、eikoにとって思い出すのも辛い事なら、ぼくは知らないままでもいいと思ってる。」
「そうか・・・。」
車中はそのあともやはり沈黙が続いた。
こころのじゅんびができるまで・・・。(32)
ジョン・スーを追出した西村は、eikoに話しかける。
「eiko、気にするな。」
eikoは小さく頷く。
「おまえは知らないかもしれないが、彼女は韓国では有名な女優なんだ。スティーブとも何度か競演した事がある。」
その言葉にもeikoは小さく頷くだけだった。
「たしかeikoがここに来る少し前だったかなぁ・・・競演したドラマの放映中に、スティーブとの仲を噂された事がある。テレビでも新聞でも大騒ぎだったんだ。」
小さく頷くeikoの様子を伺いながら西村は話を続ける。
「マスコミのインタビューに彼女は思わせぶりな返答に終始した。だが、スティーブは最初から否定し通した。」
またeikoの様子を伺う。
「当事スティーブにあった時に聞いた事があるんだが、スティーブは笑って否定してたよ。ただドラマで競演しただけだとね。」
eikoはまた小さく頷く。
「だから、気にするなeiko!わかったな。」
eikoは小さく頷くだけたっだ。
西村がeikoのコテージを出ようとした時、突然eikoが話し始めた。
どこか遠くを見つめながら・・・。
「わたし・・・自信がないんですよ。・・・ずっと愛してもらえる自身が無いんです。」
西村は、eikoのその言葉に潜む感情を理解していたが、実際eikoが あつしから被った心の傷は自分の計り知れないものであると、この時初めて感じた。
自分の家に戻った西村は、しばらく考え込んでいたが結局スティーブに電話をしていた。
「おい!話がある・・・」
「急になんですか?」スティーブは半分笑いながらそう答える。
事の一部始終を聞き終えたスティーブは、受話器を置くと即座にeikoに電話を入れた。
・・・・案の定、eikoは電話に出てくれない。
すぐにでもeikoのところへ向かいたいスティーブだが、2時間後に撮影が控えていて身動きが取れない。
そして、撮影の合間合間に一晩中eikoに電話を入れ続けたが、返事は無かった。
明け方撮影を終えると、一睡もせずeikoのところへ車を走らせた。
どう説明するべきなのか・・・考えがまとまらない
しかし・・・とにかく逢いたかった。
逢って、抱締めたかった。
その一念だった。
eikoのコテージには誰もいなかった。
シャドウとロリィーもいない。
もしかして・・・・と 思い、「彼女の丘」へ走った。
丘の上、馬に跨ったまま・・・遠くを見つめるeikoがいた。
シャドウとロリィーも一緒だ。
安堵のため息をつき、静かに近づく。
「え・・」
声をかけようとしたが、よく見ると頬を涙がつたっているのに気づき、一瞬立ち止まる。
スティーブに走り寄るシャドウとロリィーに気づき、馬上のeikoが振り向いた。
「スティーブ・・・・・。」
eikoは下馬し、スティーブに近づくが目を合わせようとはしない。
「eiko・・・」
スティーブは そう言ってeikoを抱締めた。
「eiko・・・昨日から電話に出てくれないけど・・・何かあった?」
何気ない・・・優しい口調で問いかける。
「スティーブ・・・・・」
eikoはそう言ったきり言葉を飲み込んだ。
「ごめん。でも・・・信じてくれ。」
その言葉を聴いたとき、eikoは 初めてスティーブの瞳を見つめた。
二人は見つめ合った。
そして、優しい口付けをかわし スティーブは更に強くeikoを抱締めた。
だが、eikoの心の中には複雑な感情が残ったままだった。
スティーブの為に、そして自分自身の為に、
今、自分がどうするべきなのか・・・・・頭が混乱している。
こころのじゅんびができるまで・・・。(31)
数日後、二人はeikoの家族の墓前に並んで立っていた。
スティーブは跪き話し始めた。
「御義父様、御義母様、はじめまして。僕とeikoさん、結婚する事にしました。」
突然そんな事を話し始めたスティーブに少しびっくりながら聞いていた。
「一生eikoさんの事を愛し続けることを誓います。一生eikoさんと幸せに暮らす事を誓います。どうぞご安心ください。・・・報告が遅くなった事、お許しください。」
eikoも並んで跪いて囁く。
「お父さん、お母さん、それからおにいちゃん達、私、彼を信じて付いていく事に決めました。」
言葉をつまらせながら言葉を続ける。
「今まで私の事随分心配してたでしょ?でも、これからは心配しないで。彼となら何があってもがんばれると思うの。だから・・・安心して下さい。」
そう言って、スティーブに向き直り、一言つぶやいた。
「スティーブ。本当にありがとう。」
スティーブは、笑顔で頷いた。
eikoは西村の乗馬クラブに戻り、身辺の整理を始めた。
日本からこの国に来てから、ここが私の安らぎの場所だった。
少し寂しいという感情は否めない。
シャドウとロリィーもここが大好きだった。
・・・そんな事を考えながら荷造りをしていると西村が入ってきた。
「eiko、いつ引っ越すんだ?」
「西村先輩・・・。本当に色々とお世話になりました。本当に色々とありがとうございました。」
少し畏まった言葉になる。
「俺はおまえが元気になってくれて嬉しいよ。ほんとに良かったと思ってる。スティーブはいいヤツだしな。」
「ありがとうございます。」
「あっ!でも、月に2回は来てくれよ!」
「そのつもりですからご心配なく。」
何気なく交わした言葉だったが、暖かい心遣いが感じられた。。
思えば、私の事を何もかも知っているのは西村先輩だけだ。
何もかも知っているにも関らず、ここで私の事を暖かく迎え入れ、見守っていてくれた。
感謝してもしきれない。
「西村先輩、結婚式には絶対に来てくださいね。ウネちゃんとね!」
「(笑)ありがとう。絶対に行かせてもらうよ。」
そこへ突然誰かがeikoのコテージのドアをノックする音が聞こえてきた。
「はぁ~い。あいてますからどうぞ!」
eikoは、いつものようにそう大声を出して答える。
eikoと西村のいる部屋に入ってきたのは、素晴らしく綺麗な洗練された感じの女性だった。
「あの・・・どちら様でしょう?」
当惑しながら問いかける。
「はじめまして。あなたがeikoさん?」
「はい、そうですが・・・。」
「私ジョン・スーです。スティーブの恋人です。」
eikoと西村は、思わぬその言葉に息を呑んだ。
びっくりして身動きできないで入るeikoに、ジョン・ウーが話し始める。
「あなた、スティーブと結婚するって言っているそうだけど・・・彼、私とも結婚の約束をしてるのよ。」
eikoは、傍のソファーにゆっくりと腰かけた。
「あの人、いつもそうなのよ。ちょっと気に入った子がいると、すぐ結婚の約束をしちゃうのよ。悪く思わないでね。」
「ちょっと・・・」
それ以上eikoに変な事を言わないよう、西村が割ってはいる。
「そんなデタラメいい加減にして出て行ってくれ。」
そう言って、ジョン・スーをeikoのコテージから追い出した。
こころのじゅんびができるまで・・・。(30)
西村とスティーブは、eikoの後姿を見つめていた。
「西村さん、ドイツ・・ってどういう事ですか?」
おもむろに尋ねる。
「聞いてなかったのか・・・。」
少しびっくりしたような口ぶりだ。
「実はおまえのおふくろさんがeikoに逢って行った翌日くらいだったかな・・・急にまたドイツに行く事に決めた・・って言ってきたんだ。本当なら昨日出発の予定だった。」
「き、昨日ですか?」
「ああ。でも良かったよ。日本からここに来た時みたいに、またここからドイツへ・・・同じ事を繰り返すのかと思って心配してたんだ。良かったよ、おまえが早く決心してくれて。」
スティーブは押し黙ってしまった。
まさかeikoがそんな事を考えていたなんて思いもしなかった。
「それから・・あいつからは言い出せないだろうから行っておくけど、あいつの両親と二人の兄、それから妹の5人・・・ここへ来る直前くらいに交通事故でいっぺんに亡くしてるんだ。忙しいだろうけど出来れば結婚する前に一緒に日本に行ってお墓参りをしてやってくれないだろうか。」
始めて聞くことだった。
思えば、eikoは何度も話そうとしていたのかもしれない。
何も知らなかった自分が恥ずかしい
「わかりました。そうします。」静かにそう答えた。
eikoのコテージで二人きりになった時、スティーブが話し始めた。
「eiko、マネージャーに確認してから、出来るだけ早く一緒に日本に行ってeikoのご家族のお墓に報告に行こう。」
eikoはびっくりした顔をして答える。
「スティーブ、なんでそれを・・・?」
「さっき西村さんから聞いたんだ。ごめんね。何もしらなくて。」
出来るだけ何気なさをよそおい答えた。
「スティーブ、ごめんなさい。私から言うべきだったのに・・・。でも、あなた忙しいでしょ。報告には私一人で行ってくるわ。心配しないで。」
「大丈夫だよ。一緒にいこう。」
eikoを優しく抱締めながら囁くように答えた。
「ありがとう・・・。でも・・私の事で無理してほしくないの。」
彼には絶対に無理をしてほしくない。でも優しい心遣いが素直に嬉しかった。
「大丈夫だよ。一緒に行こう。」
スティーブは、eikoを抱締めたまま 優しく同じ言葉を繰り返した。
翌朝早く帰っていくスティーブを見送っていた。
彼の心からの深い愛情を感じる。
それと同時に、心にわだかまるそこはかとない不安も消し去れないでいる。
このまま彼を信じて付いて行っても良いのだろうか・・・。
また、あの時みたいに・・・・。
そう・・・あの時の事が脳裏にはりついて離れない。
こころのじゅんびができるまで・・・。(29)
約1時間ほど車を走らせ、緑豊かで静かなある場所でスティーブは車を止めた。
緑に囲まれた、静かなその場所の先を進むと
小さな可愛らしい、素敵な一軒の家が見えてきた。
スティーブは、少し恥らいながら その家にeikoを招きいれた。
「どうぞ。入って!」
eikoは素敵な装飾を施され、素敵な家具や調度品に囲まれたその家の中を見回しながらゆっくりと入って行った。
リビングから開放された大きな窓からは、手入れの行届いた広々とした芝生だけのお庭が広がっている。
その奥の方は森になっているようだ。
「どう? 気に入った?」
「素敵なところね。あなたの別荘なの?」
スティーブを見上げてたずねるeikoを愛おしいと思いながら答える。
「実は、つい2週間前まで仲の良かった僕の友人夫婦が住んでた家なんだ。でも、急に海外に移住する事になって僕が譲り受けたんだ。ここならシャドウとロリィーも喜んでくれるだろうと思ってね。それにここからだと、僕も仕事に行くのに不便は無い。あとは君が気に入ってくれれば言う事ないんだけど?」
「スティーブ、ほんとに素敵なおうちだわ。・・・でも」
スティーブはeikoの言葉を遮るように話しなじめる。
「eiko。一日でも早く君と一緒に暮らしたいと思ってる。」
「スティーブ・・・。」
「ここで二人の結婚パーティーをしようと思ってるんだ。本当に仲のいい有人と身内だけを招いてね。どう?」
eikoは少し考えながら、
「ええ、素敵ね。でも・・・私の友人なんて西村先輩くらいしかいないのよ。それに・・」
「何も心配しないで。」
スティーブは、優しくそう答える。
「わたし、そろそろ帰らなくちゃ。」
eikoは突然話題を変えるように小さく叫んだ。
「そう?じゃあ送っていくよ。」
スティーブが優しく返事をする。
二人、スティーブの運転する車に乗る。
eikoがふと気がつくとバスターミナルを通り過ぎようとしていた。
「スティーブ!そこのバスターミナルでおろしてちょうだい。」
eikoがあわてて声をかける。
「乗馬クラブまで送っていくよ。西村さんにも会っておきたいしね。」
「私の事なら気を使わないで!忙しいんでしょ!無理しないで!」
「大丈夫だよ。明日の仕事は夕方からにしてもらってる。」
西村の乗馬クラブに到着し、eikoとスティーブ二人でeikoのコテージに向かっていた。
すると突然誰かがスティーブに声をかけて来た。
「スティーブ!こんな所で何をしてるんだ?・・・eikoも一緒か?」
スティーブの後を覗き込みながら声をかける男がいた。
「西村さん・・・調度良かった!!!報告する事があるんです。」
「元気だったか?話ってナンだ?」
西村は、いつものように気さくな感じで問いかける。
スティーブはeikoの肩を抱き寄せながら答えた。
「実は、僕たち結婚する事にしたんだ。」
「結婚??eikoおまえ・・・ドイツ行きは辞めたのか?」
eikoは、静かに頷いたが、スティーブはびっくりした感じだ。
スティーブだったか、西村先輩だったか・・・何かを言い出す前にeikoははなし始めた。
「わたし・・・シャドウとロリィーのところに行かなくちゃ!」
そう言って自分のコテージへ走り出した。
こころのじゅんびができるまで・・・。(28)
バスターミナルから出て来るeikoをスティーブは笑顔で迎えた。
「疲れた?時間どうりだったね。」
eikoは、ふっ・・と笑ってしまった。
以前にも同じような事があったのを思い出したからだ。
「大丈夫よ。いそがしいのに迎えに来てくれてありがとう。」
二人は笑顔を交わし、静かに再開を喜んだ。
車に乗り、10分ほどたった頃 大きな橋の麓でスティーブは車を止めた。
どうしたのだろう?と思っていると、スティーブが急にまじめくさった雰囲気で
「eiko、本当はこの前プロポーズした時に渡したかったんだけど・・・」
そう言いながら、胸元のポケットから小さな宝石箱を取り出し、eikoに向けて蓋を開けた。
eikoは息を呑んだ。
それは、豪華なダイヤの指輪だった。
「スティーブ」
小さな声でそうつぶやくeiko。
「受取ってくれるね。」
スティーブは きっぱりとした感じで優しくそう言うと、その指輪をeikoの指に優しくはめる。
「ありがとうスティーブ・・・。」
胸がいっぱいだった。
スティーブも、ほっと胸をなでおろした。
それから20分ほどでスティーブの実家に着いた。
車を降りたeikoは、サンウの家に勝るとも劣らない立派な豪邸に少し足がすくんでしまった。
すこし、もたもたしているeikoの肩をスティーブは優しく抱締め玄関へと向かう。
「おかあさん。来たよ。」
奥からスティーブの母が出てきた。
「いらっしゃい。早かったのね。eikoさん、遠慮しないで上がってちょうだい。」
「こ、こんにちわ。お久しぶりです。」
緊張で声が上ずってしまった・・・。
先日お会いした時とは、全く違う雰囲気だ。
少し緊張が解れたような気がする。
スティーブの母に促され、リビングのソファーに座る。
スティーブは隣でずっと手を握っていてくれている。
向かいのソファーに座ったスティーブの母は、おもむろにしゃべり始めた。
「eikoさん、先日御会いした時は失礼な事ばかり言ってごめんなさいね。」
「あ、、いえ、気になさらないで下さい。」
そこでスティーブが、二人の言葉を遮るように言い始める。
「おかあさん。僕たち結婚する事にしたよ。」
突然のその言葉を聴いたスティーブの母は、さすがにびっくりしたようだ。
少し 動揺しているようにも感じられる。
「そ、そうなの? 突然なのね。」
「祝福してくれるだろ。婚約式はしない。結婚式だけを極親しい身内だけでやろうと思っているんだ。」
「そうなの。二人でもう決めたのね。私が口出しする事じゃないし・・・。」
そう言って、親子で抱き合い、祝福した。
「eikoさん、おめでとう。これからも宜しくね。」
「こ、こちらこそ、宜しくお願いします。」
今日のスティーブの行動に、心のなかで戸惑うeikoだった。
言いようの無い不安がこみ上げる。
でも、彼の何気ない気遣いは素直に嬉しかった。
そんな事を考えていると、突然スティーブが後から話しかけて来た。
「これから一緒に来てほしい所が有るんだ。」
そう言って、eikoを車に乗せた。
