まるで『人身売買』
もともと「書く」ことを生業としている私は、とにかく今のこんな状況の中で思い浮かんだこと、感じたことをつらつらつらつらと、爪先が痛くとも書き綴るしか選択肢がありません。書くことで、気持ちが少しだけ紛れます。昨日は今現在、唯一「元夫が再婚してた」という事実を伝えた、月一カウンセリングをお願いしている友人とコンサートに。これ、元々決まっていた予定ではなくて私が「元夫が再婚していました…」と彼女にそう伝えたら「良かったら、気分転換に行かない?」と誘ってくれたんです。それはそれは素晴らしいタイミングで、別の方と行こうとチケットを取ったものの別の方の都合が悪くなり、彼女1人で行く予定だったんだそうです。人気イベントで、発売したら即完売するとても貴重なチケットでした。イベント前に彼女と一緒に食事をしたのですが、2時間ほど、とにかくいろいろな話をしました。「元夫の再婚」を中心に。そんな2時間の中で「何もしていない自分にも、価値がある」という話が出て…どういうことかというと、必死に仕事して成果をあげて家では完璧に家事をこなして子どものこともすべてやって求められればSEXに応じ…そうやって、何かを差し出さないと自分が認めてもらえない何かを差し出さないと自分の価値を感じてもらえないと、無意識に頑張ってきたけれど世の中には…「貴方がただ呼吸をしてそこに居てくれればいい」「ただそこに居るだけで、それだけで、ちゃんと価値がある」と思ってくれる人がいるというお話し。数年前に大病をした彼女は紆余曲折あり「何もしていない自分にも、価値がある」そのことに、はっと気づいたそうです。そういう考え方を知っていたけれど、きちんと理解して腹落ちした。そういうことです。本当の意味での理解。例えば、子どももそうですよね。もっと息子が○○だったら…もう少し娘が○○してくれたら…そんな風に思うことはあれど、だからといって私たち親は、どんな状態でも子どもを見ていたいしそのまま丸ごと愛していますよね。それと、近いんだと。必死に、まるで『人身売買』のように何かを差し出さなければいけないと勝手に思っていたのは私たちのほう。立てなくなる程、息ができなくなる程、追い立てられるように『人身売買』しないと、自分に価値を見出してもらえないんじゃないかってそう思い込んでいたのは自分だけ。もしかしたら、私の元夫だって私が別に仕事をしなくとも家事も育児もそこそこであってもそのままの私を愛してくれていたのかもしれません。それなのに、勝手に私が「ちゃんとしないと認めてもらえない」「頑張っていないと愛してもらえない」と、自分で自分を洗脳してで、息が詰まって、疲れて、嫌になってなにをしているんでしょうねぇ。ちなみに彼女は、彼女を丸ごと愛しててただ近くにいて欲しいと願う男性と少し前に再婚をしました。このタイミングで私の彼の話を出すのもなんだか不謹慎ですけど、彼も私がただここにいるだけで良くて仕事をしようがしまいが、家事をしようがしまいが、着飾ろうがボロを着ていようが関係なく隣にいてくれたら良い。そういう人。なんだか書き殴った感じになってあまりちゃんと見直しもせずに投稿してしまいますが、そんな昨日の雑談でした。