こんにちは。
今ね、涼しい部屋で美味しいコーヒーをいただきながら、これを書いています。目の前には自然栽培の菜園があって、まわりの木々では小鳥たちがさえずり、なんとも平和。
ここは、都会の喧騒からは少し離れた閑静で上品な住宅街。
広々としたまっすぐな道路にはすらっと伸びた街路樹が開放的に葉を揺らし、道沿いの花壇には一年中きれいな花が咲いている。
ゆったりと並ぶ一軒家エリアの隣には、特注デザインの大きく豪華な家群が広がり、ちょいとセレブな別荘リゾートの佇まいを見せている。
そのいずれのエリアでも、行き交う人は健全な雰囲気で礼儀正しく、子供も大人も笑顔で挨拶を交わすのは当たり前。
まあ、そんな処で、やりたいことだけやって、のんびりと楽しい時を過ごしている。時には、幸せすぎて顔が緩んでいる自分に気づいて驚く。
こんな大安心があるなんて、夢にもおもっていなかった。
物質的に豊かになったから大安心になった、といっているわけじゃない、そういうことではなかったんだ。
一人であろうが大勢であろうが、持っていようがいなくても、そのすべてが一点に集約されたその向こうにそれはある。
ここまでの人生は、それに気づいて使い始める、準備運動のようなものだった。
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数年前、順風満帆に行っていた生活のすべてが、ある事件を契機に、ドミノ倒しのように、あっけなく崩壊した。そこから数年、生き地獄ってこういうものなのかと味わう日々は、そりゃまあ壮絶。
地震や津波や台風といった自然災害ではないし、とるに足らないほんの一人のことだから、誰も知らないし、もちろんニュースにもならない。でも当人からすると世界滅亡と同義といっていい事件だった。
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ことの始まりは好きな仕事で開業して10年ほど経ち、仕事もプライベートも順調に進んでいた40代後半、住み慣れた土地や環境も、一生の仕事と決めていたお気に入りの仕事も、家庭も、パートナーも友人たちも、なにもかも、いっさいがっさいが、なすすべもなく自分の手元から消えていくしかなくって、残されたのは怒りと悲嘆と非難の嵐と重い負債や課題だけ。
それをたったひとりで背負い、見知らぬ土地へ行って、崩壊し続ける問題をなんとかしなくちゃならない、自分にとってはあり得ない、そんなばかな、ってことが実際に起きたんだ。
どこを向いても、絶望しか見えなかった。
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そこから数年、少しずつ本領が目覚め始めた。黙って根気よくていねいに自分の闇へ光を通していくと、奇跡のような大転換が次々と起きて、今となってはこれまでのすべてに感謝するまでに事態がひっくり返った。
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この変化は精神世界や霊性に詳しい人達はの間では、魂の課題とか通過儀礼・魂の闇夜と呼ばれているもので、このプロセスで起きる大転換を覚醒と呼ぶ人もいる。
そこからみると、決して悪いことがおきているのではない、というか千載一遇の大チャンス。
他の誰にも助けられないのだ、と知ってはいても、渦中になると、とても受け入れられないほどの苦しさだ。始まったら待ったなし、さらにひとりぼっちであることが余計に恐しさに拍車をかける。
一年に3回は本気で死を覚悟したし、生まれてきたことを呪い天に唾して、二度と生まれないよう自らの魂の末梢まで願ったから。
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でもいまとなっては笑い話。からくりが見えてしまったからね。
最初から足の着く海で、溺れると必死にもがいていたようなものだった。
日に日に変化が速い。過去はどんどん忘れていて、あとひと月もしたら、もう思い出せないかもしれない。
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自分はこれから何かを語ろうとしている。
何が出てくるのかは全く不明。
ただその行為は、活きることに参加するという意志の表現として貫かれる。
気が向いたら、ぽつりぽつり、書いてみよう。



