あれを書いてからもう暫く経つが、ちょっとここで振り返ってみようと思う。
説明が足りない所、ツッコミどころを反省しよう。
第一回「学校」について。
コメニウスに全責任を押し付けているのは、まあネタだ。
実際にはそのような思想に、当時の国家が乗っかっていったというところである。国家の要請する「一般教養」を身につけた国民形成のため、学校教育という制度がもてはやされたのだ。そして、いつしかそれが世の常識となってしまった。
それというのは、学校で勉強をすることである。あまつさえ、それを権利、義務というように規定されてしまったのが現代だ。
第二回「試験」について。
この記事を書いた翌日に、バイト先の塾で某有名私立中学に通うトップクラスの生徒から「最近何のために勉強するのか分からない」と言われた。だから「試験のため」と冗談で返した。その子はその後「雪山で遭難した時の対処とか、もっと生きるために必要なことを学びたい」と言っていた。全く正しい意見だと思う。俺は「本当に必要なことは、自分で勉強しろ。本でも何でも自分で探してやるしかないんだから」とアドバイスしておいた。
彼は大物になりそうである。
第三回「幻想」について。
個人的に一番重要だと思う回。分かる人はわかったと思うが、ここは吉本隆明の共同幻想論が頭に浮かぶところであろう。記事を書きながら、最初「パラダイム」か何かにしようと思っていたタイトルを変えた。バッチリ合ったと思う。
おわかりと思うが、俺は「平等」、「正義」などといった人間臭い概念が嫌いである。「自由」という概念を考えられる生物とは思えないほどバカっぽいと思う。
第四回「未来」について。
一番批判とツッコミがあるのはこの最終回だろう。勉強ができることと、頭がいいことは違う。この事実を受け入れられない人は多い。そういう方々は、まさに「幻想」に支配されているのだ。勉強=頭の良さ、という式が成り立つのは、きっと「頭の良さ」とは何かを考えたことがないからだろう。あらゆる状況で変化するものだから、ここで一概なことを適当には言えないが、一つは「個性」だと言えよう。他人に埋没せず、自己を発揮して独自に動け思考する。そんなところだろうか。
未来の制度だが、3・3・6制は無理があるだろう。現実的に言えば4・4・4制だ。
まあどうのこうの言ったって、エネルギーが枯渇して現在の半分の人口の世界になったり、核戦争が起きたり、超巨大地震と津波で世界が水没したりしたらこんなこと無意味だけどな。多分最初のは現実になる。石油がなくなったら「現代」は終わる。人類の文明的な死が訪れるだろうな。きっと「人類」は人間に戻り、やがて「人」に戻る。そのときに必要なのは教育ではなく、学習だろう。
久々に読み直して、自分のやつだがけっこう面白かった。
だんだん真面目になっていくあたりとか。高まってるー。
大学も始まったし、今度は日本語学系のことを書いていくかな。
国民の虚は良い国、実は税の無い国。
政治家の虚は良い政治、実は選挙当選。
企業の虚は良い企業、実は金儲け。
虚を前面に実を取るのが企業。
虚を声高に実を取るのが政治家。
虚も実も得られないのが国民。
資本主義、民主主義、最高!
最高だからくたばれ
政治家の虚は良い政治、実は選挙当選。
企業の虚は良い企業、実は金儲け。
虚を前面に実を取るのが企業。
虚を声高に実を取るのが政治家。
虚も実も得られないのが国民。
資本主義、民主主義、最高!
最高だからくたばれ
どうでもいい日には、どうでもいいことを考えている。
この前クソ真面目なことを長ったらしく書いたから、しばらくはダラダラしたい。
もし俺が今の状況に生まれていなかったら、今の俺のようになっていただろうか?
遺伝的形質や人間の能力の成長はそのままに、全く違う環境で今の俺が存在するのか。確かめようにも、俺は一人しか居ないからなあ。
馬鹿なことばかりやり、突如意味不明な価値観に目覚め、自称常識人共に喧嘩を売り、狂人を扇動し、ヘヴィーメタルを掲げ、ついにヴィンラディックに到る。そんな馬鹿野郎になっていただろうか。
こうして考えると、俺の今までの人生って訳わからんな。一口では説明できん。まるでまともじゃない。正常、平凡とされる生き方をことごとく否定しているかのようだ。ヴィンラディックすぎるかな。自分としては死ぬまでこのノリでいきたいんだが。
なんか、もうあれだろ、そういう何か"異常"なものならんとする遺伝子か何かが有るんじゃねえのか?絶対違う生まれだったとしてもこういうことになっていた気がする。俺は存在がヴィンラディックだ。たぶんそういう、うん、狂気。
この前クソ真面目なことを長ったらしく書いたから、しばらくはダラダラしたい。
もし俺が今の状況に生まれていなかったら、今の俺のようになっていただろうか?
遺伝的形質や人間の能力の成長はそのままに、全く違う環境で今の俺が存在するのか。確かめようにも、俺は一人しか居ないからなあ。
馬鹿なことばかりやり、突如意味不明な価値観に目覚め、自称常識人共に喧嘩を売り、狂人を扇動し、ヘヴィーメタルを掲げ、ついにヴィンラディックに到る。そんな馬鹿野郎になっていただろうか。
こうして考えると、俺の今までの人生って訳わからんな。一口では説明できん。まるでまともじゃない。正常、平凡とされる生き方をことごとく否定しているかのようだ。ヴィンラディックすぎるかな。自分としては死ぬまでこのノリでいきたいんだが。
なんか、もうあれだろ、そういう何か"異常"なものならんとする遺伝子か何かが有るんじゃねえのか?絶対違う生まれだったとしてもこういうことになっていた気がする。俺は存在がヴィンラディックだ。たぶんそういう、うん、狂気。
