6日目
今日 連絡がとれなかったら…
本当に不安な毎日でした。
被災地にご家族が居る方、勿論皆さんそうだと思います。
矢本町(東矢本駅前)に住んで居る 2番目のお母さんから 電話が初めて来ました。
妹の高校が津波の被害で生徒が取り残されてるとの ニュースをテレビで見ていたので、無事会えたか不安でしたが 5日目の昨日やっと会えたと聞きました。
そして、姉 兄が心配して2番目のお母さんの家に訪問したと聞き、安心。
最後にお父さんだけの安否が分からないと、涙声で伝えられ…
生まれて初めての絶望感が体の中を走りました。
声にならない声で2番目のお母さんに「これからも、がんばろうね」と言い電話を切りました。
それからは、本当に頭の中が真っ白で何も覚えてないくらい。
時間が経ち 兄から連絡が来ました。
連絡のとれる石巻市の方まで車で来て 電話してくれました。
現地に居て 6日間 父を探し続けている 兄に心配をかけないように 涙を堪えながら話しました。
兄も私に心配をかけないように平然そうに力強い声で
「今、お父さんだけ見つからなくてみんなで探してるから、大丈夫だから」と伝えてくれました。
私は信じて待つしかありませんでした。
テレビを見れば石巻の死者の話が出て来ました。
不安 不安で仕方なかった。
知り合いの方には、絶対諦めたらダメだよ。博子ちゃんが元気で居なくちゃね。と沢山励ましてもらいました。
半分諦めかけて、半分信じて待ちました。
だけど 時間だけが過ぎました。
お父さんの携帯に掛けるとずっと留守電だったので 生きてるか分からないけど、伝えたい事を伝えようと思い、携帯に掛けました。
「トゥルル、トゥルル…」と初めて鳴ったのです。
そして 携帯の向こうから お父さんの声が奇跡的に聞こえて来ました。
こらえてた涙が一気に溢れ出して「生きてて良かった」と泣きながら伝えました(涙)(涙)(涙)
最初はお化けだとおもってしまいましたが ちゃんとお父さんでした。
家の中で孤立して 生きててくれたのです。
ちょうど 知り合いの方に携帯が充電出来る場所があるからしてあげると、の事でしてきて貰って 電源を入れた時に、私が電話をしたそうです。
親子は離れてても繋がってると改めて思いました。
兄達や他の親戚はお父さんだけ連絡がとれなくて心配してたとも伝えました。
だけど、兄の携帯は繋がらない。
本当に連絡手段は大事だと思いました。
お父さんは車を捨てて家の1階は津波の災害でダメだけど、2階があるから
これからだから!と強い声で言ってました。
時間がたってから兄からも連絡来て、「おっと生きてたよ」と伝えてもらいました。
もし 家族の安否がとれなくて不安で不安で仕方ない方 希望を捨てないでください。
そして実家の家族は 電気も水道もガスもないそうです。
兄は、2時間 スーパーに並んでお菓子が少し買えただけだそうです。
餓死の方も居るそうです。
東京の方 焦らず食べ物は必要なだけにして下さい。
そして被災地に物資を送って下さい。
まだ 親戚全員と連絡がとれた分けじゃないので 安心は出来ませんが、信じて待ちます。
石巻市 東松島市は明日あたりから 連絡がとれると思います。
皆さん信じて待ちましょう。
被災地の皆さんもがんばってます。私達も頑張りましょう。

