昨日の夜 私がいる場所は6弱の地震がありました。


皆さんはどうでしたか?大丈夫でしたか?



死ぬかと思った…




が、私の感想です。





2階で寝てたのですがドカーンと揺れた後に、横にグラグラ建物が揺れ初めて 横に居た妹を抱きしめて、守る事に必死でした。


私が泊まっている お母さんちは山側なので津波の心配はないので、次々と親戚が避難しに来ました。

地震が終わった瞬間に電気がバチンッ!と切れて、停電になってしまったので ろうそく一つとラジオが流れる、部屋にみんなで集まり、雑魚寝しました。

余震が凄くて全然眠れませんでした。



縦揺れだったので本当に怖かったです。


ただ子供は凄いです!
小6の弟は 地震に気付かず寝てて私の声で起きました。

正直 余震があり過ぎて地震慣れしてしまってるみたいです。


電気 ガス 水道がすぐに停まりました!

電気は夕方にやっとついたけど。

ガス 水道はまだです。

いつになるか分かりません(>_<)

お風呂だって 入れないし 茶碗だって洗えない トイレだって流せない。

全て 当たり前の事が出来ない…


やっぱり大変な事が沢山です。


地震からもうすぐ1ヶ月経つんだなぁ…なんか、あっという間。

一日でも早く、多くの人が幸せな日々が過ごせるようになるといいなぁキラキラ


ヘドロが乾燥して 空気が汚れてる為。

喉を痛めて

生まれて初めて 声がカスカスになった汗


咳が止まらなくて おネェ系の声で 自分で聞いても気持ち悪い�


どんだけ~




今日は、被害がひどかった。
 
石巻市渡波に行って来ました。
 
 
 
港町です。
 
 
 
私が生まれた町なんですが。 
 
 
 
3週間たっているのに、ぐちゃぐちゃでまだ水溜まりが合ったり…
日本製紙の大きな工場は
博子の『ササシニキにひとめぼれ』-110403_1059~01_0001.jpg紙がゴロゴロ転がっていたり理解出来ない光景でした
 
博子の『ササシニキにひとめぼれ』-110403_1114~02.jpg
缶詰めみたいに見えますが、大きなタンクです。 どこから来たんだろう?
 
 
瓦礫で、道はほぼなくて 唯一残っている家があるところには、行けるように道をつくっている状況でした。
 
 
おじいさんちは
博子の『ササシニキにひとめぼれ』-110403_1242~01.jpg
半分なくなってました。
前にあるはずのおじさんちは跡形もなくなってました。
 
 
頑張ろう!なんて、なんか言えなくなってしまいました。
 
頑張るしかないけど、どうしたらいいのか 分からないよ。
 
出来る事をするしかないです。少しづつ前に進むしかないです。
 
 
 
今日は 避難所に服など物資を届けに行ってきました



テレビで見るのとは やはり 違いますね。


学校だったせいか、殺伐とした 空気でした。


日にちが過ぎてるのもあって、担当の方に 服をお渡しし、帰ってくるだけで、とくに皆さんに声をお掛けする事など出来ず…


避難所のリーダーみたいなおじさんが明るく、ありがとうね。ありがとうね。と何度も言ってくれました


廊下はやはり 冷たく て 少し歩いただけで足が冷えました。

中学校などの避難所は学校が再開する事もあり、いつまでも居れる分けじゃなく 期限が限られてます。
仮説住宅も まだ出来てないので、知り合いの家や知らない親戚の家や会社の取り引き先の顔みしりの家や 知らない人同士で暮らしている方も多いみたいです。


自分ならと考えると 本当に辛いです。

本当に皆さん、たくましいです。



昔から 良く遊んでいた場所などに行って来ました。

海なんて 全然遠い場所なのに、瓦礫やヘドロで、田んぼに車や冷蔵庫などが合って理解しがたい光景でした。
違う世界に来たみたいでした。

私が行った場所は まだまだ 海から遠い 45号線沿いです。


今日は 色々ありましたが 寝ます。
おやすみなさい。
 
東京の友達からと私が送った 衣服が今日 宮城に届きました。
 
 
 
クロネコヤマトは家まで届けてくれました。
 
ありがたい。
 
博子の『ササシニキにひとめぼれ』-110401_1518~01.jpg
 
全部で100着以上あります、本当にみんな協力的で、メールで相談すると、次の日には、送りたいと言って下さり
本当に人の暖かさに触れました。
 
私自身がとっても心があたたくなりました。
 
その気持ちも勿論 洋服と共に避難所に届けたいと思います。
 
 
協力してくれた皆さん本当にありがとうございます。
 
まだまだ 届く予定です。
沢山の人に 元気になって貰えるように 笑顔になって貰えるように 頑張ります博子の『ササシニキにひとめぼれ』-はいはーい.gif
 
おやすみなさい。