昨日は、私の人生の中で最も幸せな日々のひとつだった。愛する日本のバンド ONE OK ROCK のコンサートに行ってきたのだ。初めて体験するスケールの大きなショーに圧倒された。巨大なスタジアム、数万人の観客、まるで映画のように映し出される巨大スクリーン、一息に聴き入ってしまう楽曲たち、そして完璧な楽器の演奏。
だが、最も強烈な印象を受けたのは、涙があふれた瞬間だった。
光と音に包まれた会場で、Taka がピアノ伴奏に合わせて Renegades を歌っていた。彼の声は切なく、生々しく、空間を引き裂くかのようだった。私は思った。「これは本当に現実? 私はいま確かに聴いているの?」
Taka、ONE OK ROCK のボーカリスト
現実感が薄れ、まるで世界が剥がれ落ちていくような感覚。心が処理しきれないほどの衝撃で、これが自分の目の前で起きていることだと信じるのが難しかった。
心理学において「声」とは、単なる生理的な道具ではない。自分を表現し、空間を支配し、自分の「存在」を聴かせる手段でもある。その瞬間、私ははっきりと感じた。自由とは、大きな声を出す勇気、挑む勇気、本当の自分をさらけ出す勇気なのだと。そして、私たち聴き手もまた、その勇気に感染していく。
なぜ Taka の歌声は涙を誘うのか? それは単なる技術ではなく、「自由」として響くからだ。彼の声は音ではなく、解き放たれたエネルギーそのもの。叫び、爆発し、観客を掌に握る。とくに Renegades の演奏では、ピアノの柔らかさと歌声の張り詰めた力とのコントラストが際立っていた。外側は静けさ、内側は叫び。その瞬間は音楽を超えて、完全な自己解放の行為だった。
そして、私の内側でも何かが震えた。それは痛みであり、同時に至福でもあった。私は感じた。「私もこうなりたい」。彼のように歌うのではなく、私自身として響きたい。
誰かの自己表現がこれほどまでに心を揺さぶるのは、私たちの中にもまた、外に出たがっている何かが存在するからだ。
自己表現の自由とは、誰にでも開かれた力。Taka は「ロックと力強さ」という道を示してくれた。しかし、私たち一人ひとりの中にも、それぞれの声があり、それは必ず響くことができるのだ。
Taka、あなたは知っていますか?
あなたの音楽が、誰かの心の奥に眠っていた声を呼び覚ますことを。


