雅な烏のひとり言
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いとおしい

大好きな人の身体が愛しくて、触れて、撫でて、口づけしたい感覚に襲われるように・・・
50年余り、なんの手当てもせずに生きてきて、(リッカーさんに叱られそうですね…笑)とても人前では晒せないコンプレックスの塊の身体ですが、この頃とても愛しく思えるのです。
不思議な感覚です。

この身体は、神様からこの世に生まれるときに、自分自身が選んで借りてきたような気がします。
借りている時間が長くなって、お返しするまでの時間が大分短くなってしまいました。
気づいたからこそ、「ありがとうございます。大切にしていますよ。愛していますよ。」と、大事に大事に使いたいと思います。
雑に使うと、雑な人格になってしまいそうです。
今、自分を振り返って、気になる性格や品格は、自分の中にある「宝」の使い方に問題があったのではないかと思うようになりました。

自分を愛してくれる周りの人のためにも、「しなやかに、優雅に、高貴に、知的になりたい」と、欲が出てきました。
だから、残りのが少なくなってきた時間を大切にしながら、生きたいと思っています。
まいみくさんたち!力を貸してくださいね。
高みを目指して生きていきますので、よろしくお願いします。

可及其智  不可及其愚

可及其智  そのちにはおよぶべきも
不可及其愚 そのぐにはおよぶべからず (禅林句集)

わかりやすく言うと、「利口にはなれても、おろか(馬鹿)になるのはむずかしい」という意味のようです。
また、「その馬鹿にあなたはなれますか?」と問われているようにも思います。

僕の周りに、とっても賢い人がいます。
知識があるために、その知識に頼ることを止めません。
知識が深いだけに、その知識を捨てることができません。
判断の基準は、常に論理的思考であり、科学的認識です。
融通が利きません。堅いのです。
そして、賢さを前面に出してきます。
一緒に居て、窮屈です。

僕の傍に、大馬鹿者がいます。
今日も会ってきたのですが、自分の喜びよりも、人の喜びを何よりも大切にする人です。
「自分は愚かだから、いろいろ知りたい。そして、知り得たことで良いことはみんなに知ってほしい・・・」
「自分はお馬鹿だから、一生懸命に尽くさなければ誰も認めてくれない・・」
そう言いながら、人に尽くすことを苦にしません。
自分が何かしたくても、そこに困っている人がいれば、そちらに手を差し伸べることを先にする人です。
「大馬鹿やね。そげん人にしてやったって、相手はありがたくも思っとらんよ。儲けたくらいにしかね…」
といっても、笑って「好きだから・・・」とニコニコしています。

馬鹿を超えて、馬鹿のにおいすらしません。
そうなると「純粋な愚か者」の域に達しています。
お利口にはない「尊さ」を見ることができます。
そんな馬鹿ちんの友が大好きで、時々会っては、心の垢を落とさせてもらっています。

この日記を見ることも無い友人ですが、この場を借りて、感謝、感謝です。
こんな友に、少しでも追いつきたいと思い、慢心のにおいのしない「愚」を目指します。

呼吸

一昨日から、全日空ホテルで会議がありました。
九州の各県から集まった会議で、全体会ガ終わり、分科会に移りました。
同じ立場にいるもの同士が、それぞれの持つ課題を出し合い、3時間ノンストップで協議していきました。
当然、同じような悩みを抱えていますから、共有するものも多く、共有者がいるというだけでホッとするものです。
その後、レセプション、二次会があり、なお一層の交友を図ったのですが、部屋に戻ると、どっと疲れが出てきて、入浴を済ませてマッサージをお願いしたほどでした。
おかしいな・・・みんな気の合った中間同士なのに、この疲れはどうして?
気を許しているようで、気を使っていたのでしょうね。

今朝、朝食を済ませ、会が終了して、今度は違う方とお話の場を持ちました。
仕事も環境もまったく違う方で、ほんとうは、こちらの方が疲れるはずなのでしょうが、話のテーマも考えもしないのに、会話は続き、あっという間に時間が過ぎ去っていきます。
何も考えなくても話が続く。絶え間なく話しているのに話が尽きない。何時間も話しているのに疲れない。・・・
とても穏やかで、温かくて、優しい時間が過ぎ去っていきます。

この違いは何なんでしょうか?。

人は空気を吸って生きています。
空気を意識して生きているわけではありません。
でも、空気がなければ人は生きていられません。
今日のこの方は、僕にとって、空気のような人のような気がします。
空気を吸って生きているように、ごく自然に過ごしていました。
素敵な時間でした。
話している間中、この方自身を呼吸して生きていたのです。

この方から頂いた心地よい時間を、どなたかに差し上げることができるといいな・・・