F1勝つための条件はそろった」皇帝カムバックの舞台ウラ
なぜM・シューマッハーが復帰したのかを解くカギは、なぜ彼が2006年にF1から引退したかを考えるとよいだろう。シューマッハーの引退の引き金となったのは、ライコネンのフェラーリ入りだった。
それまで、自分中心のチームづくりをしていたフェラーリ(モンテゼモロ社長)のこの判断に、絶対的なナンバーワンだったシューマッハーは失望。引退を決意した。つまり、彼の引退は肉体的な理由ではなく、政治的な理由だったと言ってもよかった。
今年8月、マッサの代役を務めるべくF2007をテストドライブしたときも、彼の復帰が実現しなかったのは、表向きには、「二輪で負った首の怪我が完治していない」というのが理由だった。
しかし、引退後も毎日のようにトレーニングを積んでいたシューマッハーの身体の準備はできていたと言われている。問題は単なる代役での出場に興味がなかったのである。フェラーリの台所事情のために、勝てないマシンに乗って自分の評価を下げるようなレースはしたくなかったとも推測できる。
シューマッハーにとってレースとは、王者になるためのゲームを行う舞台。だから、その舞台が整わなければ、06年限りで引退したように、さらに09年にマッサの代役としては復帰しなかったように、レースをするつもりはない。
しかし、今回は復帰した。それは、その舞台を用意したのが、他ならぬバーニー・エクレストンだったからではないだろうか。最終戦アブダビGPが始まる時点で、じつはバトンとライコネンにシートを提供するチームはなかったという。
メルセデス・ベンツがすでにブラウンGP買収を計画しており、そこにはバトンの名前はなく、シューマッハーの名前があったからだ。BMWの撤退がすでに決定しており、F1人気に陰りが見え始めたドイツ市場を盛り上げるためにも、シューマッハーの復帰はバーニーにとって悪い話ではなかった。ただし、ふたりの王者が一度に姿を消すのを避けたかったバーニーは、マクラーレンにバトンを起用するよう説得し、そしてうまく収まった。
06年に孤立無援となって引退を迫られたシューマッハーにとって、今度の復帰は「打倒、古巣フェラーリ」を叶える絶好のチャンス。さらにチーム代表はフェラーリで黄金時代をともに築いたロス・ブラウン。
しかも、新しいFIA会長には元ボスだったジャン・トッドが就任している。そして、何よりバーニーの後ろ盾もある。肉体的にも、政治的にも、舞台は整った。シューマッハーが復帰しない理由はなく、それはすなわち「勝てないはずはない」という結論に彼が達したこととなる。
ちなみにシューマッハーが2010年の第4戦中国GP以降に優勝すると、最年長優勝記録で、94年にナイジェル・マンセルがオーストラリアGPで優勝して樹立した41歳97日を破って単独7位となる。80年代以降の近代F1に限れば、最年長記録を更新することとなる。
なぜM・シューマッハーが復帰したのかを解くカギは、なぜ彼が2006年にF1から引退したかを考えるとよいだろう。シューマッハーの引退の引き金となったのは、ライコネンのフェラーリ入りだった。
それまで、自分中心のチームづくりをしていたフェラーリ(モンテゼモロ社長)のこの判断に、絶対的なナンバーワンだったシューマッハーは失望。引退を決意した。つまり、彼の引退は肉体的な理由ではなく、政治的な理由だったと言ってもよかった。
今年8月、マッサの代役を務めるべくF2007をテストドライブしたときも、彼の復帰が実現しなかったのは、表向きには、「二輪で負った首の怪我が完治していない」というのが理由だった。
しかし、引退後も毎日のようにトレーニングを積んでいたシューマッハーの身体の準備はできていたと言われている。問題は単なる代役での出場に興味がなかったのである。フェラーリの台所事情のために、勝てないマシンに乗って自分の評価を下げるようなレースはしたくなかったとも推測できる。
シューマッハーにとってレースとは、王者になるためのゲームを行う舞台。だから、その舞台が整わなければ、06年限りで引退したように、さらに09年にマッサの代役としては復帰しなかったように、レースをするつもりはない。
しかし、今回は復帰した。それは、その舞台を用意したのが、他ならぬバーニー・エクレストンだったからではないだろうか。最終戦アブダビGPが始まる時点で、じつはバトンとライコネンにシートを提供するチームはなかったという。
メルセデス・ベンツがすでにブラウンGP買収を計画しており、そこにはバトンの名前はなく、シューマッハーの名前があったからだ。BMWの撤退がすでに決定しており、F1人気に陰りが見え始めたドイツ市場を盛り上げるためにも、シューマッハーの復帰はバーニーにとって悪い話ではなかった。ただし、ふたりの王者が一度に姿を消すのを避けたかったバーニーは、マクラーレンにバトンを起用するよう説得し、そしてうまく収まった。
06年に孤立無援となって引退を迫られたシューマッハーにとって、今度の復帰は「打倒、古巣フェラーリ」を叶える絶好のチャンス。さらにチーム代表はフェラーリで黄金時代をともに築いたロス・ブラウン。
しかも、新しいFIA会長には元ボスだったジャン・トッドが就任している。そして、何よりバーニーの後ろ盾もある。肉体的にも、政治的にも、舞台は整った。シューマッハーが復帰しない理由はなく、それはすなわち「勝てないはずはない」という結論に彼が達したこととなる。
ちなみにシューマッハーが2010年の第4戦中国GP以降に優勝すると、最年長優勝記録で、94年にナイジェル・マンセルがオーストラリアGPで優勝して樹立した41歳97日を破って単独7位となる。80年代以降の近代F1に限れば、最年長記録を更新することとなる。