騙された?


騙されてない?


駅で婆さんに金貸してって言われて貸した。


つーかキミ、記憶に間違いなければ何ヶ月か前に同じ場所で、同じ理由で金貸したよな?


騙されてるってわかってても、目の前に困ってる人がいたら助けるべきでしょうに。


どんな理由があろうが困ってるのは事実、だから貸すけどさ、

もう次はないからな

頼むからどんな思いで貸してるか、それだけは汲んでくれへんかな、

ほんまは殺したいくらいむかついててんけど


先週、家で焼き肉やってんけどさ、

焼き肉用のレバーを生で食ったらあかん!

いくらレバ刺し食べたくても、これだけはやったらあかん。


腹痛いわ、吐き気するわ、

レバ刺し食った二人共同じ症状って、完全にあたったやん…

気持ち悪い。



色々なものごとのなかで一番悲しいのは、

個人のことなんかおかまいなしに、世界が動いてることなんかも。

ゆっくり休む時間があっても寝れへんし、

しょうもないことばっかり考えてるな、

やっぱアホなんやろな

この間、プラネタリウム見に行ってんけど、

めっちゃきれいやったなー。

そこで「はやぶさ」の話を上映しててんけど、よかった。


地球は生命を育むゆりかご、

でも人はそのゆりかごから飛び出し、宇宙を目指す。

何故かって?

その答は宇宙にしかない…って。


もう、感動物の名作やね、あれは。




科学は知性の所産であり、知性はより高等な脳の機能であり、脳の高等な機能は人間の脳の発達の所産であり、脳の発達は遺伝子により決定されるプログラムであり、それらは全て進化と自然淘汰の所産である。


科学はつまり、理解したいという本能的な衝動を含む人間の本性が直接的に現われたものであり、これこそ進化における人間の成功をもたらした源泉である。


望むと望まざるとにかかわらず、私たちには、自分たちの遺産をいますぐ手放し、世界に探求の目を向けたり疑問を持つことをやめ、創意工夫を凝らして問題を解決することを放棄することなど、おそらく不可能だ。



それが可能になるのは、人という種が終わりを迎えたときである。


万が一、科学が基で私たちが破滅することになったとしたら、それは人という種に欠陥があったからであり、致命的な突然変異の犠牲になったにすぎない。


この一節、おもしろかくない?

今日、読んだ「生命の塵」より