el cielito 空

el cielito 空

cielito -空-


幸せなときも、苦しいときも、空を見上げてみよう。 どこにいても、みんな空の下でつながってる。 スペイン語の「cielito」は、空という意味のほかに 一番愛する人を意味します。

Amebaでブログを始めよう!
復職してから、カラダも財布も、無理をした。
よく耳にしていた「子連れだから使えない」って言われたくなかった。
それだけの理由で。

まさか、私?
まさか、今??
まさか、あの米国の、あの会社で仕事するの!?

復職後、八方塞がりで苦しんでいた自分に、
1年経たないうちに海外赴任を打診されるよ、良かったね、
って伝えてあげたい。

31歳の誕生日は、米国フロリダ州で、ひとりで迎えました。
自分でも驚くほどに、このブログを始めた頃イメージしていた30代を、
ちゃんと走ってる。

娘と離れて3か月ちょっと。
無責任な母というご批判はすべて受け止めます。
でも、単身赴任をしてる父親を、無責任って誰も言わないのにね。

夫の理解に背中を押されて、米国で単身赴任。
出張に行き、旅に出て、好きな時間に寝て好きなものを食べる日々。
毎日が感謝。

最近、出会った言葉がある。
Drawing my borderline -自分の境界線を描く-

子育ても、仕事も、自分はココまでならできる、っていう境界線を持つ。

「やりたい WANT」という意識が入ると、境界線がひけなくなくので、
「できる CAN」という意識でとどめることが大事。

尊敬する会社の先輩たちのように、ガンガン仕事したい。
自分の母がそうしてくれたように、手作りの料理とおやつで育てたい。

でも、子育ても家事も仕事も100%なんて、絶対無理。
全部ちゃんとやってそうなキラキラ見える人、あれ、そうしてるフリ。
間違いない。

自分の境界線を常に持つっていうことを、目標に追加。

Sana Collage

さぁ、あともうちょっとで会えるね。
一緒に、米国生活、楽しもうね。
大好きなパパとはちょっと会えなくなるけど、2人で乗り越えようね!!!!






明日から仕事に復帰。
現場ニーズと私の希望で、ちょこっと部署が変わっての復帰。
不思議と、あんまり、緊張してなかったりする。。。

出産前に休暇に入ってから1年3カ月、
文字通りあっという間だったけど、
「人生で一番幸せ!!」と叫べるような時間。

オットと娘と両家の家族とたくさんのお友達に支えられて、
休暇中も頻繁に連絡をくれた会社の方々に支えられて、
明日、東日本の震災から2年の日に、新しい生活をスタートします。
かみさまに、みんなに、ありがとう。

この1年3カ月で、東京と神戸を15往復ぐらいしたのかな。
娘と二人で、ニューヨークのセントラルパークを散歩し、5番街で買い物し
メキシコでは独立記念日のパーティに参加し、リゾート地の別荘で
ゆっくりしたりしました。

高校生の頃、東京に憧れていつか絶対に住むと決めていた、
東京タワーの見えるマンションで主婦生活をしながら、
これまで交わることのなかった素敵な人といっぱい出会いました。
たくさん勉強になりました。

英語や会計のお勉強も、まだまだ続けなくちゃいけないけれど、
やっぱり自分には必要で、楽しい分野とわかりました。

明日からの生活のため、娘の保育園と私の職場に徒歩で通える場所に
引っ越しました。
やっぱり、東京タワービューは譲れず、、、今回もばっちりみえる。
そして、おまけのスカイツリーも。わーい!!

運命と偶然とたくさんのひとに感謝して、
自分のため、守りたい娘のため、気合い入れて頑張ります!!!


smallPC212964

夕食後、オットが熱く語っていた。

「守るべきものがあるから、攻めなければならないんだ。」

うん、確かにそうだ。

偶然に、今日、ひとつ「迷ったときは難しいほうの選択肢をとる」っという行動をとりました。

どっちも手に入れたくて悩んだけど、ガンガン攻めなきゃいけない難しい方の選択肢を選びました。
あーこわいなぁこわいなぁ。

でも、後悔しない。

いつかも言ったように、未来は、絶対、明るい。
っと、発売中の雑誌のサブタイトルに書いてあった。
なんとも挑戦的なタイトル。
ふーんと横目で見過ごしたけど、そのあとやっぱり、気になった。

東京で娘と生活を始めて1ヶ月が過ぎた。
即ち、産休に入ってすぐ里帰りしていた私にとって、初めての専業主婦生活。

誤解を恐れず、批判を恐れず、言おう。

「暇…。。。」

神戸で産んだあと、うすうす気づいていたけど、やっぱり、暇だった。

理由は2つ。
オットが、料理以外の家事という家事を全て自分でやる人であるということ。
娘が、夜泣きを全くしない、外出先でも常に穏やか、今のところ健康で手がかからないということ。

このまえ、娘を連れて、初めて会社に行ってきた。
いちお保育所見学なんかを入れてみたけど、
メインの目的は、お世話になりまくったひとたちが異動するから、その前に会いたくて。
職場にベビ連れってどうなん?っと思ったけど、少なくとも私は見たことないし、
ついこの前までの私なら、業務の邪魔ーっと思って冷ややかに見てたかもしれないし。
でも、上司や同僚がみんな「連れておいで。」といってくれるから、
額面通り受け取って、連れていった。

みんな温かかった。
オフィス内をベビ連れでウロウロしてる私に、優しかった。
きっと迷惑だったに違いない、でも、みんな嫌な顔ひとつなかった。

なんか、ほっとした。スッキリした。
とりあえず、この娘は、私の一部だと、紹介できた。わかってもらえた。
それが幸せだった。

そして、メラメラと自分の中に生まれてきた感情は
「この会社で、まだやることやってない。早く仕事したい。」だった。

最近、夫婦で将来の話をする機会が一段と増えてる。

オットにはオットの夢があり、私には私の夢があるけど、
娘が産まれたことで、軌道修正も必要になってきた。
お互い夢のためなら別居もありかなーっと思ってきたけど、
世界中どこに行っても家族一緒にいて、私もオットも仕事しているっていうのが
新しい夢のカタチと、夫婦で確認。

職場復帰まで、あと11カ月。
貴重な休職期間、やることやんなきゃ。
ダイエット兼体力づくり、会計の勉強、英語の勉強、メキシコ子連れ旅行、姉家族と海外旅行。

産後6ヶ月が勝負とピラティスの先生に発破かけられてるので、
残り3ヶ月、娘のハーフバースデーまでに、ベストの48kgにしましょう。
そして、会計は11月に試験受けます。合格します。
英語は休職明けのTOEICで930欲しい。TOEFLを受けたい欲望もふつふつと。
海外行きは、まぁ、なんとかなるでしょう。

先週末、ちょこっと帰省したときのSanaさん、新幹線でもぐっすりでした。
空気が読めすぎる娘、将来グレまくるのではないかと、母はとっても心配です。。。

sana blog

最近はもっぱらFacebookでシェアしていたけれど、
いったりきたりのSNSより、落ち着いて文章を吟味するココで、
ちゃんと振り返っておきたいなと。

2012年1月12日、その日はやってきました。

予定日だった13日の金曜日はなんとなく避けたくて、
2012年だから覚えやすい12日にしたくって、
12日ならオットの立ち会い→付き添いのスケジュールがスムーズそうで、
11日夜は、明日出ておいでね~っとお腹に呼びかけながら、
スクワットすること1時間。。。

12日朝7時、腹部激痛で目覚めたら、おしるし&破水のダブル!!
思わずガッツポーズ!!
会社に向かおうとしていたオットに新幹線に乗ってもらい、
会う約束をしていた親友なおみんにキャンセルメールを送り、
8時、クリニックへ。

8時30分、先生と助産師さんの診察で子宮口の開きが3センチを確認、
初産であり、全開の10センチまでは12時間はかかるとの予想。
とにかくカラダを動かしなさいとの指示。15分に1回ぐらい、チクっという痛み。
滞在する病室で荷物整理。気持ちは余裕。

9時30分、緊張と不安で予約していたクリニックでのヨガレッスンを
キャンセルしたところ、助産師さんからお叱り、絶対参加しなさいと。
カラダを温めるため、足首にお灸を貼られ、ジンジャーティを飲む。

10時、入院患者パジャマでヨガレッスン参加。
キューっという痛みが10分毎にくるも、まだまだ普通の痛み。
全てのポーズができ、ヨガの先生に褒められ、無事の出産を励まされる。

12時、病室へ戻る。東京から到着したオット、父、母と笑顔で会話。
オットと二人きりになって昼食。クリニックの人気がわかる超豪華な食事。

12時30分、食事が半分で食べられなくなる。痛みの間隔が5分を切る。
何かに捕まりたくなるので、バランスボールに抱きついておく。
オットとは普通の会話。

13時30分、固い物体がカラダから出ようとしていて、いきみたい欲望。
2回続いたので、ナースコール。
いたたたた、もうムリムリ、っという痛み。オットとの会話が難しくなってくる。
オットが母へTEL。ポカリスエットを買ってきてもらうよう依頼。

13時40分、助産師さん内診、子宮口がほぼ全開。
分娩について和室or洋室の希望を聞かれ、次回は海外出産?とよぎり、
和室を希望。カラダを曲げたくなる激痛がくる。やっと産める嬉しさ。

13時55分、陣痛がおさまっている1~2分の合間に出産用パジャマに着替え。
次の合間に猛ダッシュでトイレへ、次の合間に猛ダッシュで分娩用の和室へ。

14時、時計で時間を確認。まだ母が到着しない。オットの手を握る。

14時15分、母到着、ポカリをガブ飲み、母がビデオカメラ撮影開始。
ひたすら息を吐く。カラダをねじりたくなるが、助産師さんにダメダメといわれる。
途中で右手をのばして赤ちゃんのアタマを触る。ぬるっとした感触。
嬉しくて笑顔になる。

14時32分、文字通りスルリっと赤ちゃんが出てくる。
よくきたね~早かったね~~っと声をかける。涙が出る。
すぐにカンガルーだっこ開始。やわらかな感触。顔はよくわからない。
オットがへその緒を切ってくれる。初めての授乳開始。

120112_sanapapa_small

書き始めると長くなるなぁ。もっと書きたくなるなぁ。
とにかくあっという間だったという事実。。。

1200112_sana_small

将来、娘にちゃんと伝えようと思う。

お腹にいるときからずっと、ママに全く迷惑をかけない親孝行なあなたでした。
ママがお願いしたとおりの日に、パパがしっかり見守ってくれる時間に、
ママがあなたを産んだ瞬間「あと2・3人産めそう…」と思わず言ってしまうくらい
スムーズに産まれてきてくれたあなたでした。ありがとう。

あなたが産まれてきてくれて、二人家族から3人家族になりました。
パパとママの新しい人生です。
まだまだ慣れないけれど、間違いなく、楽しくて幸せな人生です。
パパとママを選んでくれて、来てくれて、ありがとう。

パパとママがともに理解する言葉、スペイン語の「健康な」という意味から、
あなたの名前をSanaにしました。ずっと元気で大きくなろうね。
そして、あなたの人生に大きな花が咲きますようにと願いを込めて、
「咲奈」と書くことにしました。たくさんたくさん花を咲かそうね。

3人家族になって、ママは、これまでの人生よりもずっと、
明日が、来年が、5年後が、10年後が、数十年後が、楽しみになりました。
本当にありがとう。

あなたのおじいちゃんやおばあちゃんが、
パパとママにしてくれたようになんて、全く自信がないけれど、
あなたのためにできることを一生懸命頑張るからね!!

ふー、自分で自分のことママとか呼ぶの、照れる。
でも、現実は現実ということで。。。
私の人生、第3章?が始まっています・・・。。。

120115_sana_small

なぜかずーっと前から「28歳」という年齢に憧れていた。

16歳でメキシコ留学したとき、6年ごとの目標を決めて、
22歳は就職先が決まって神戸で過ごす最後の夏、未来の自分を妄想してた。
そして今月、大好きな東京タワーを眺めながら、28歳になりました。 


毎年手帳を新調するときに書き写してた「28歳の自分」はこんな感じ。

①TOEIC 900 overで英語とスペイン語は仕事に問題ないレベル。
②自分の武器と言える仕事の分野を持つ。
③仕事(ビジネスクラス)で海外に行く、または住んでいる。
④身長164cm、体重48kg。
⑤28歳の誕生日に買うMax Maraのコートが似合う女性でいる。 
⑥人生を共にする愛する人と一緒にいる。

いざ、現実の自分と答え合わせ!

①TOEICはあと数問、一刻も早く突破したい。
インド人と仕事を進めるには
支障ないレベルになったので、ぼちぼち。
スペ語はメキシコの家族やお客さんとの世間話は大丈夫だけど、
仕事は
未経験。努力不足の感あり。

②思いがけず数字の世界を好きになれたので、自分の身を助けてくれそう。
これからの数年間で「ちゃんとした」武器にしておきたい。

③住民票は移してないけど27歳の180日余りをインドで過ごしたので満足。

そういえばアメリカやカナダにも行ったなぁ。
ていうかビジネスに乗ることを目標にしてた幼さが恥ずかしい。。。

④身長変わらず。体重はやんごとなき事情により昨今増えまくり。
今年4月まで3年ほどKEEP
してたので、ギリギリOKと言いたい・・・。

⑤誕生日に10着ばかり試着。似合うか否か自分では判断できず。
今年の冬に着こなせるかという疑問により来年以降に見送り。納得。

⑥おかげさまで一緒にいました。

もうちょっと頑張れた部分もあるけど、さほど離れてはない。満足度80%。

今年は、出会って6年になるオットと、初めて一緒に過ごす誕生日でした。
そして、たぶん、最後に二人で過ごす誕生日でした。
来年の誕生日は、増えた家族と一緒に、3人でお祝いしていたいなと。

お腹の中の間借り人は、もうオレンジぐらいの大きさになり、
来年のお正月過ぎにはお目みえするそうです。
BoyかGirlか、お医者さまはバッチリ見えているそうで。
オェっというのは全く経験しないまま、食欲に負けまくりのダメダメ妊婦は、
おデブ街道まっしぐら。

28歳の自分」には含まれていなかった「母」という現実に、
戸惑いもあるけど、
幸せの方が、ずっとずっと、大きい。


次は34歳。
定量目標は28歳と変わらず、働くオカンでいたいなぁ。
世界中の美味しいものを食べ歩いて、おうちで再現できるオカンがいいなぁ。
今度こそ、Max Maraのコート、バッチリ着こなしていますように。

その次は40歳。
自分のビジネスを始めてるのは従来目標どおり、神戸におうちが欲しいなぁ。
子だくさんのオカンがいいなぁ。

妄想を現実にしてくれるこの日記のチカラに、これからも期待!!



maternity

誕生日に届いたマタニティ&ベビーグッズたち。
ようやく実感湧いてきました。みなさまありがとうです。
  

5months_image

5ヶ月記念の安産祈願。ママに腹帯捲いてもらいました。

maxmara1


一番お気に入りだったMaxMara。今年の冬は着られなさそうで、断念。
近い将来、必ずリベンジ!!

Tokyo Tower

来年はこの風景を3人で見られますように・・・。

思いっきり、日本語で、話したい。
こういう感覚に陥ったこと、あんまりなかったかも。

地震の日は、東京本社の24階にいました。
耐震構造のバネ設計のビルなので、それはそれはすごい揺れでした。
翌朝自宅に戻ることができたけれど、続く余震で神戸の記憶が蘇ってくるし、
怖くて不安で仕方なかったけれど、またインドの仕事を控えていたので、
月曜、成田空港から出発しました。

こんなときに出張?必要性、緊急性はいかほど?っと自問しながら。
夫が、東京にいても地球を救えるわけじゃないから、と。
上司が、いつも通りちゃんと仕事して、日本の力を世界に示していこう、と。

気持ち整理してモチベーション上げて到着したつもりだったけど、
全部ほったらかして、ひとりインドに避難してきちゃったような罪悪感が続いてる。
被災地の状況も、原発も、外国人の視点で、ただ、見てるだけ。
水も電気も食料も余裕がある。それが苦しい。

社会人6年目の春はインドで迎えることに。
しんどくて寂しくてやめたいーと叫んでいたとき、
「とりあえず5年頑張ってから考えたら?」っと言った母の言葉を信じて5年。
5年やって見えてきたことがいっぱいある。
良いことも悪いことも、全部棚卸ししとかなきゃ。

あ、母がお友達と神戸でやってるサロン?が結構頑張ってます。
http://rococokobe.exblog.jp/
あのとき、いっぱい助けてもらったこと、恩返ししなくちゃと焦ってます。

 

 


その昔、神戸から東京行きの飛行機で、エイヤっとスイッチを切り替えてた私、
今は、成田からインド行きの飛行機で、切り替えるようになりました。
東京サラリーマン&主婦の兼業生活から、24時間臨戦態勢へ、エイヤっと。

3週間の日本滞在を終え、またインドに舞い戻りました。
公私のバランスのためにも、そろそろ転勤辞令がほしい今日この頃。
このへんが、サラリーマンとして非常にもどかしく、難しい。

2011_SallyRocky_kiss

さて、文字通り人生最大のイベント年だった2010年を終え、
おかげさまで無事に結婚2年目に突入しました。
同じおうちで過ごしたのは4分の1ぐらいだったけど、もっと一緒に過ごした気がします。
これまで「わたし」しかなかった感覚に「わたしたち」という感覚が加わったのが不思議。
だけど、とっても心地良い。

jpg

タージマハル。想像していたよりずっと荘厳で、華麗で、幻想的。
何時間でも眺めていたかったけれど、お墓の成り立ちを思うと切なくてホロリ。

そういえば、今年は、16歳のときに立てた6年毎の目標の28歳year。
22歳のときはいちお目標どおりだったから、28歳も目標どおりといきたいところ。
というわけで、今年はガンガン攻めます。動きます!!!

1.健康な生活。毎日一万歩以上歩く。
  →インドでは、超、超、超、難しいけど、あえてここで宣言してみる。

2.お勉強。英語と会計をもう一度真面目に。
  →not onlyインド英語but alsoグローバル英語で。w

3.趣味の充実。読書とゴルフ。おじさんみたいだけど><
  →本は毎月6冊以上、ゴルフは後続組に迷惑かけないないように。

4.お料理のレパートリー増やす。
  →数少ない得意な家事だったのに、最近は夫の方が上手かったりする。あちゃ。

5.お友達を増やす。
 →違う視点持つ人たちともっと関わりたい欲求。一番難しそうだけど・・・。

P1020908 
インド7不思議の坂の途中で止まった巨石を支える、の図。

beach1
先週末ランチに行った隣町のビーチ。気温32度、絶好の海水浴日和。

blog_Jan1
この光景が今の私のモチベーション。

今年は、どこで、誰と、どんな仕事と、出会いがあるかなーっと。
いっぱいいっぱい動いてこー!!

遅れ馳せながら、今年もどうぞ宜しくです。
素敵な一年になりますように☆


008

最高に楽しかった東京Weddingの余韻のまま、またインドに来て1ヶ月。。。
今回の滞在で、延べ滞在日数が100日を越えるそうです。うわぉ。

髪の毛ボブにしてこっちにきたら、
インド女子的にはロングヘアがMUSTだと判明しヘコんだけれど、
それ以上にヘコむ出来事が毎日毎日これでもかーっという程出てくるので
ストレス耐性が強くなっているのは喜ばしいことです。うむ。

気温30度超してるのに、エアコン故障。
飲もうとしたMyカップのチャイに、ハエ2匹。
女子トイレ、常に水で濡れまくり・・・
そしてトイレットペーパーはありません。
そう、インドではおトイレで皆さんペーパー使わないのですね。
はい、左のお手てが使われるのですね。

週末、お散歩しようとホテルの敷地から脱出してみたら、あれま!!
歩ける道がなくって、下水の匂いと塵と排気ガスで思ったように呼吸ができなくて・・・。

クルマの中から見ていると、歩けそうだったんだけどなぁ。
歩いてる人、しかも裸足で、たくさんいるんだけどなぁ。
なんで。なんで。なんで!?

P1000174
P1000175
P1000180
P1020501

今、1年に一度のヒンズー教のお祭りの季節で、毎日のように花火が上がったり、
爆竹が鳴ったりしてる。街中イルミネーションでいっぱい。
会社でも販売製品に飾りつけをしてお祈りを捧げるイベントを。

普段はひとつしかつけないビンディー(おでこのマーク)も、この日ばかりは二つ。
ビンディーには、既婚やら信仰心の象徴やらいろいろな意味があるけれど、
お洒落でつける場合も多く、私もストーンつきのものを。
滞在している街は南部の地方都市で、保守的な文化なので、女子はみんな民族服。
おばちゃま方はサリー、若い女子はレギンスにチュニック風ワンピ。
私も毎日インド服で過ごしてます。

あと、周囲のインド人の90%がベジタリアン。
お酒は全く飲まない。法律で飲酒が禁止されてる州も多くって。
ただ、炭水化物&砂糖&植物油は食べまくるので、みんな超メタボ><

ここにいると、世界の未来や日本の未来を、イヤでも真面目に考える。
ここでテレビや新聞に触れていると、日本はJapanじゃなくて、
Southeast Asiaの一部にしかすぎないんだと思う。
韓国や中国と同じか、むしろこの2カ国より存在感薄っ!って感じる。
それは、10年前にメキシコから見てた日本の姿とまるで違って・・・。
ここでは若い人が路上に溢れてて、みんな英語が母国語で、
驚くような低賃金で結果出す仕事してる。
ときどき日本人的にはありえないミスとか嘘とかあるけど、まぁご愛嬌。
何ができるんだろう、今何をしなくちゃいけないんだろって、悩む。
苦しい。

こちらへ来るようになって4ヶ月の間に、ショッピングモールが2つもできた。
誰が買うんだろう?っていう欧米系のファッションブランドに民族服で入っていって、
お昼に200円も出せばお腹いっぱいになれる場所で、
ユニクロよりはるかに高い価格のお洋服をさくっと買っていく。
どうなってるの?!

この人たちがみんなお肉やお魚食べるようになったら、どうなるんだろう。。。
仕事が食料市場に直結してることもあって、需給のバランスとか考える。
いまさら大学のゼミを思い出す。

これは、最近のお気に入りの朝ごはんメニュー@ベジタリアン。
さらっとした野菜カレーと、米粉の蒸しパンと、野菜のお焼き。美味しい!!
P1020609
P1020599
P1020605

本日の一人夜ご飯のお供は、VOGUE INDIA◎ちょっとお行儀悪いけど・・・
世界中どこにいっても、女子の悩みは同じっぽい・・・ね。

頑張ろうと思える仕事があって、支えてくれる人たちがいて、恵まれてるってわかってる。
でも、私はオットに会いたくて、会いたくて。
これは贅沢?ワガママ??
元気にしてるかな、おうち大丈夫かな。
出張帰り、おかえりなさいが言えなくて、ごめん。

仕事もプライベートも結構ギリギリのとこにいるけれど、
あとどれくらい滞在するかわからないけど、せっかくだから、
もうちょっとインド開拓してみようかなって、自分に言い聞かせる。

未来の自分が、今この瞬間を笑顔で思い出せますよーに!
おやすみなさい。。。