言葉が不幸をつくる
私たちは、日常的にどういう言葉の使い方をしているかあまり意識していませんが、その言葉の使い方は、家庭生活や会社生活において、必ず周りの現象として現れます。私にも痛い体験がありますが、それは後ほど述べるとして、まずは新聞記事から紹介します。
以前、新聞を見ていましたら壽川栄太さんという、つい最近亡くなられた評論家の方がこういうことを言っていました。この方は昔学校の先生をやっていたのですが、その学校の教師をやっていた頃の体験を書いています。その新聞記事です。
教師をやっていた頃、子どもの日記帳を毎日読んだ。ある日子どもの日記帳にこういうのがあった。僕のお母さんはきっと無意識だと思うが、1日平均35回は馬鹿と言います。朝は、「早く起きなさい馬鹿」。「そんなにごはんを早く食べるんじゃありません、身体に悪いですよ。馬鹿」。「コラ忘れ物でしょう、お馬鹿さん」。学校から帰ると、「ズボンをこんなに汚して、馬鹿」。寝る前には、「布団をちゃんと首まで掛けないと風邪をひくでしょう、馬鹿」。だから、朝起きてから布団に入るまで僕は馬鹿と言われ続けている。僕に対するお母さんのキーワードは「馬鹿」なのだ。子どもは、母親のこれほどの馬鹿の連呼に対して、「無意識だと思うが」という冷静な分析をしている。そして、母親の一種の言葉の癖であり、習性と受け止め、甘受している。ある意味でその母親を許している。という事は、この子どもはひとつの山を乗り越えている。人間的成熟のひとつなのかと考えてしまう。
ところがなのだ、何かの授業のときに私がこの子を褒めた。「君はやればできる子だね。本当にできる子だね。」その時の彼の表情はまさに自己懐疑。「僕は本当にできるのかな。僕は誰が何て言おうと絶対馬鹿だ」。私は身体が震えた。母親を許しているが、その彼の心の奥底が実に母親の連呼している馬鹿に自己同化しようとしている。あれほど母親が「馬鹿」というのだから、俺は馬鹿なんだ。という思いを紛れもなく心の断面に刻み込んでいる。言葉の怖さにまた私は震えた。
という記事でした。このお母さんは「馬鹿!」という言葉を何気なく使っているのです。私たちも何気なく使っていることが多いと思います。「なにやってんの、馬鹿ね」、「言うことを聞かないからよ、馬鹿ね」など。ところがもうひとつ親がよく使う言葉があります。子どもに対して何気なく使う、「早くしなさい」という言葉です。一緒に歩いていても「早く歩きなさい」。電車に乗る時も「早く乗りなさい」。「早く学校に行きなさい」
早く早くと子どもをせかしています。だいたい振り返ってみるとそんな感じです。父親も母親もこどもをせかしています。それはどういうことかというと、親のペースに子どもを乗せよう乗せようとしているのです。私には予定があるから早くしなさい、という潜在意識があって、それでそういう言葉をつい使ってしまいます。おそらく誰もが家庭で結構使っていると思います。早くしなさい、早く食べなさい、早くお風呂に入りなさい。早く寝なさい。つまり、何気なく使っている言葉で子どもはせき立てられています。その言葉で子どもは自己形成していくのです。いかに親の言葉が子どもに影響を与えているか、ということです。
このように継続的に使う言葉は間違いなく周囲に影響を与えていきますが、ちょっとした不注意に発した言葉も周囲に決定的な影響を与えることがあります。
何気ない言葉の奥にあるもの
私にも苦い体験があります。まだ十分にまちづくりの地権者対応が身についていなかった20代の後半、ある地域の再開発で、店舗配置の調整にかかわっていました。いろいろな方の希望も聞きながら、一階店舗の配置をまとめていました。漸くまとまったのは前面の道路側にいた製本屋さんが、自分は特に道路に面している必要も無いからと裏側の店舗に回ってくれたからです。さあこれでまとまったと安心していたら、夕方その方から電話がかかってきました。飛んでいくと、「やはり道路に面した所に区画で仕事がしたい」と。
「ええー?他のみんなはこれで納得しているんですよ。あなたがもう一度前面に出たいとなったら、もう一度、配置のやり直しですよ。そんなことしたら今までのことは何だったのかと、あなた袋叩きに遭いますよ」。私は、すこし冗談っぽく言ったのです。しかし、内気な彼は、私の言葉を真に受け、沈黙してしまいました。私は、何とか受け入れてくれたのだと勝手に思い込んで、ほっと胸をなでおろして帰社しました。
ところが、翌日、区の課長から呼び出しを受けました。「コンサルに脅迫されたと、区に泣きついてきたよ。このままいったら、彼は自殺するか訴えるか、何か行動に出るかもしれないよ」と注意を受けました。「よく要望を聞いてやってください」と。
結論から言うと、彼はもう恐怖心で私とは会おうとはしませんでした。そして、今までの配置は振り出しに戻り、半年遅れで、上司が何とかまとめてくれました。最終型は前面道路に面した店舗を多く計画することとなり、半地下、半地上という2段の店舗構成に収まりました。配置の調整は収まりましたが、商業の活性化という点では、数年後に撤退するお店がぱらぱらと出てきて、賑わいのない寂れた住宅付き店舗となってしまいました。結果として、2層店舗は失敗だったのです。しかし、その時はそうするしか方法がありませんでした。失敗だったというのは、結果論です。
今でも思い出すのがつらい嫌な体験でした。しかし、元はといえば私の何気ない言葉です。その何気ない言葉も、じつは「早く結論を出したい、早くまとめたい」という私の焦りや我見から出ていたのでした。自分にそういう我見があったと気づいたのは、相当年数が経って、経験を積んで、いろいろなことを体験してからでした。言葉というものは恐ろしいものだ、と何年か経って実感したものです。
言葉を変えれば、相手が変わる
その後、プロとしての自覚が出てきたころ、ある地域の再開発で、そういう言葉の間違いに気がついた地権者の方に出会いました。自分が子どもを駄目にしていたのだと気づいた方がいたのです。とても、自己認識意のすばらしい人だったと今でも思い出します。その人の話です。
長男が中学校の反抗期の頃のことでした。言葉で結構反抗してきました。あぁ言えばこういう、こういえばあぁ言う、で、1時間も2時間も言い争っていたことあります。ある時長男が、長男自身が悪いと分かり切っている問題に対して、私のことを悪いと責め始めました。とうとう頭にきた私は「おまえという男は本当に、ごめんなさいと謝ることを知らない男だね」と言ってしまったのです。すると長男からビックリするような言葉が返ってきました。それは、「おまえこそ謝っている姿を一度も見たことがないぞ」というものでした。いつもはお母さんと言うのですが、ケンカをするとおまえと言うのです。そして、「おまえだってお父さんに対してあぁ言えばこう言い、こう言えばああ言うと言っているじゃないか。俺に対しても一度だって謝った事があるか?ないじゃないか」というのです。
さらに「俺は、そういうおまえの姿をこれまで見ながら育ってきたんだ、だから謝り方なんて知らないんだ。おまえから教わっていないんだよ」と、こういうのです。私はびっくりしてしまいました。そして反省をしてみました。そうしたら長男の言うとおりだったのです、主人にはごめんなさいと心の中では謝っているんですが、照れがあってなかなか素直に謝れません。反対に、「でも」とか「だって」とか。挙げ句の果てには「そんなことをいうんだったら自分でやれば?」と言っていたのです。長男には、「お母さん駄目じゃないか」と言われると、「おまえがちゃんとしてくれないからお母さんがこういうことをするんだよ」と理屈をこねていました。長男の姿は自分の姿だったのです。
よし、これからは自分の非は認めて素直に謝ろうと決心しました。
ある時長男が「お母さん駄目じゃないか」と言ったので、「ごめん、ごめん、お母さんが悪かった」と謝りました。するとつり上がっていた目がすっと元に戻って、まんざらでもない顔をして、何も言いません。ああ、1時間も2時間も反抗させていたのは、私だったのだ。私の対応の悪さがそうさせていたのだと気がつきました。自分では自分の姿とは、なかなかわかりません。私はそんな自分を素直で良い人間だと思っておりました。
という体験です。ここで、この方は、自分の姿というものはなかなか見えないというふうにおっしゃっています。実際に、自分では自分の姿はなかなかわかりません。確かにわからないものです。自分が何を考え、どういう言葉を発しているのかわかりません。自分の心がどういう状態なのか、子どものことを真に理解しているのか理解していないのか、それさえもわかりません。
では、自分の状態を客観的に見るにはどうすればいいかというと、周りの反応です。子どもの姿です。男性であれば、奥様の姿です。女性であれば、ご主人の姿です。どういう反応をするかで自分の状態がわかります。子どもは親の鏡と言いますけれども、子どもだけではありません。周りの人すべてが自分の鏡なのです。間違いなく、周りの反応に表れているのです。会社においても、地域においても。だから、何か自分に対して嫌な反応だなと思ったら、それは相手の問題ではなくて、自分の心のあり方に何か間違いがあると考えるべきなのです。これを昔の人は、「立ち向かう人は心の鏡なり」と言いました。
最初の事例の、子供に「馬鹿」と言い続けた母親然り。また、店舗配置における私の失敗体験然りです。気づかないうちにどこかで自分がその種をまいているものです。
わびる言葉、許す言葉
こういう言葉の問題に関して、「愛は裁かず」(伊藤重平著、黎明書房)という本を取り上げてみます。著者の伊藤重平さんという方は、不登校や非行の子どもをずいぶん立ち直らせて、それを天職としておられた方なのですが、この本の中にはそういう子育てで失敗したお母さんがどうやって子どもを立ち直らせたかという話が沢山出てきます。その中の「母がわが子に謝るとき」—すさんだ生活をする高校生—から。
ここに取り上げる事例は、高校二年の男子Kで、禁じられている喫煙、ときに怠学、マージャン遊びの夜遊びの習慣、金づかいが荒く、学業成績は入学当初より漸次下降、家の者との対話がなくなっている。これが主訴といわれるものであるが、どこにでもよくありそうな生徒である。家庭は両親健在で自家営業、就職をしている兄と中学一年の妹がある。
私と母親との最初の面接は次のように行われた。「あの子は自分勝手なことばかりする子で、学校から帰っても、家へは立ち寄りません。私はあの子に、『おまえは近頃眼つきが悪くなったぞ』といってやったこともありますが、暗い顔で眼つきが悪いのです。夜遊びをして12時頃毎晩帰るので、『なぜもっと早く帰らないのか』というと『帰ろうと思うが帰られない』といいます。『よその子はよい子になるのに、なぜおまえはなれないのか』といって私が怒ると黙っています。」
「今、お母さんの話を聞いてわかりましたが、K君は自分はもうだめな人間だと思い込んで、劣等感といわれる病気のような状態に落ち込んでいるようです。劣等感をもった人間は、欠点を指摘するとますます駄目になります。さきほどお母さんがいったことばですが、『おまえの眼つきが悪くなったぞ』といえばますます劣等感が深くなります。自分は悪い人間であると思い込むようになると、それに似合ったことしかできなくなります。K君も現に、『よいと思うことがやれない』といっているではありませんか。」
そのとき母親は何か衝撃でも受けたように、「そうですか、病気のようなものですか」と応答した。
そのあと、この方がいろいろと母親にアドバイスをした結果、この母親がどのようにして気づいたかということが書いてあります。効果が出てきたのです。
それから5日たって再度の家庭訪問をした。父親も母親も喜びにあふれて玄関に出てきた。母親が、「先日はありがとうございました。あの日あの子が学校から帰ってきてから、あたりに誰もいなかったので、私は子どもの前にすわって、『お母さんは今まで怒ってごめんよ。わたしが口やかましくいって悪かった』と謝ると、Kは涙ぐんでいました。そして、『しっかりやってね』と頼むようにいうと『しっかりまじめにやる』といってくれました。それからあの子は変わりました。今まで学校から帰るとカバンを置いてすぐ外へ出て行ったのに、カバンを置いて友人の話をしたり、先生の話をしたりして家にいつくようになりました。お使いにも気もちよくさっさと行ってくれるようになりました。そして気持ちがやさしくなってきました」。深々と頭を下げ、心から礼を述べた。
まことにみごとな転換である。母親が子どもを責めるようにガミガミいってきたことはよくないことであった、と母親が気がついて、それをやめただけではこのような急激な変わり方はしなかったであろう。そのような場合、子どもは、今日はガミガミいわれなかったが今にまたいうのではないかとの不安が解消されずに継続するからである。つまり母の決意が真に子に伝わらぬから子どもの目にうつる心理学的環境が変化しないのである。子どもを責める態度から謝る態度に転じたことは、子どもにとっては家庭環境の激変である。この激変が子どもの行動を好ましい方向へ激変させたことになる。この母親のわびる態度の中に、子どもの過去のよくない行動を裁かずゆるすということが含まれている。これを許す愛というが、これによって子どもの劣等感が消えたのである。
という内容です。子どもの欠点を直そうと思って言葉で言えば言うほど、子どもはかたくなになって欠点が直せなくなります。そうではなくて、認めてあげる。あるいは許してあげる。あるいはさらに、これは自分の問題だと思って、「自分が悪かった」と親が勇気を持って子どもに謝るくらいのことをすると、こういう形で子どもの生活態度も激変する、ということです。これは法則です、子どもを変えようと思ったらまず親自身が変わったらいいのです。これは親子関係の法則です。
さらに言えば、親子関係のみならず、人間関係の法則です。
成績が悪いと子供を責める親。営業成績が悪いと部下を責める上司。
家庭も、会社も、地域も、社会も、すべては言葉によって動いているといっても過言ではないでしょう。言葉の持つ意味、言葉の持つ力を改めて考えてみたいものです。
以上
私たちは、日常的にどういう言葉の使い方をしているかあまり意識していませんが、その言葉の使い方は、家庭生活や会社生活において、必ず周りの現象として現れます。私にも痛い体験がありますが、それは後ほど述べるとして、まずは新聞記事から紹介します。
以前、新聞を見ていましたら壽川栄太さんという、つい最近亡くなられた評論家の方がこういうことを言っていました。この方は昔学校の先生をやっていたのですが、その学校の教師をやっていた頃の体験を書いています。その新聞記事です。
教師をやっていた頃、子どもの日記帳を毎日読んだ。ある日子どもの日記帳にこういうのがあった。僕のお母さんはきっと無意識だと思うが、1日平均35回は馬鹿と言います。朝は、「早く起きなさい馬鹿」。「そんなにごはんを早く食べるんじゃありません、身体に悪いですよ。馬鹿」。「コラ忘れ物でしょう、お馬鹿さん」。学校から帰ると、「ズボンをこんなに汚して、馬鹿」。寝る前には、「布団をちゃんと首まで掛けないと風邪をひくでしょう、馬鹿」。だから、朝起きてから布団に入るまで僕は馬鹿と言われ続けている。僕に対するお母さんのキーワードは「馬鹿」なのだ。子どもは、母親のこれほどの馬鹿の連呼に対して、「無意識だと思うが」という冷静な分析をしている。そして、母親の一種の言葉の癖であり、習性と受け止め、甘受している。ある意味でその母親を許している。という事は、この子どもはひとつの山を乗り越えている。人間的成熟のひとつなのかと考えてしまう。
ところがなのだ、何かの授業のときに私がこの子を褒めた。「君はやればできる子だね。本当にできる子だね。」その時の彼の表情はまさに自己懐疑。「僕は本当にできるのかな。僕は誰が何て言おうと絶対馬鹿だ」。私は身体が震えた。母親を許しているが、その彼の心の奥底が実に母親の連呼している馬鹿に自己同化しようとしている。あれほど母親が「馬鹿」というのだから、俺は馬鹿なんだ。という思いを紛れもなく心の断面に刻み込んでいる。言葉の怖さにまた私は震えた。
という記事でした。このお母さんは「馬鹿!」という言葉を何気なく使っているのです。私たちも何気なく使っていることが多いと思います。「なにやってんの、馬鹿ね」、「言うことを聞かないからよ、馬鹿ね」など。ところがもうひとつ親がよく使う言葉があります。子どもに対して何気なく使う、「早くしなさい」という言葉です。一緒に歩いていても「早く歩きなさい」。電車に乗る時も「早く乗りなさい」。「早く学校に行きなさい」
早く早くと子どもをせかしています。だいたい振り返ってみるとそんな感じです。父親も母親もこどもをせかしています。それはどういうことかというと、親のペースに子どもを乗せよう乗せようとしているのです。私には予定があるから早くしなさい、という潜在意識があって、それでそういう言葉をつい使ってしまいます。おそらく誰もが家庭で結構使っていると思います。早くしなさい、早く食べなさい、早くお風呂に入りなさい。早く寝なさい。つまり、何気なく使っている言葉で子どもはせき立てられています。その言葉で子どもは自己形成していくのです。いかに親の言葉が子どもに影響を与えているか、ということです。
このように継続的に使う言葉は間違いなく周囲に影響を与えていきますが、ちょっとした不注意に発した言葉も周囲に決定的な影響を与えることがあります。
何気ない言葉の奥にあるもの
私にも苦い体験があります。まだ十分にまちづくりの地権者対応が身についていなかった20代の後半、ある地域の再開発で、店舗配置の調整にかかわっていました。いろいろな方の希望も聞きながら、一階店舗の配置をまとめていました。漸くまとまったのは前面の道路側にいた製本屋さんが、自分は特に道路に面している必要も無いからと裏側の店舗に回ってくれたからです。さあこれでまとまったと安心していたら、夕方その方から電話がかかってきました。飛んでいくと、「やはり道路に面した所に区画で仕事がしたい」と。
「ええー?他のみんなはこれで納得しているんですよ。あなたがもう一度前面に出たいとなったら、もう一度、配置のやり直しですよ。そんなことしたら今までのことは何だったのかと、あなた袋叩きに遭いますよ」。私は、すこし冗談っぽく言ったのです。しかし、内気な彼は、私の言葉を真に受け、沈黙してしまいました。私は、何とか受け入れてくれたのだと勝手に思い込んで、ほっと胸をなでおろして帰社しました。
ところが、翌日、区の課長から呼び出しを受けました。「コンサルに脅迫されたと、区に泣きついてきたよ。このままいったら、彼は自殺するか訴えるか、何か行動に出るかもしれないよ」と注意を受けました。「よく要望を聞いてやってください」と。
結論から言うと、彼はもう恐怖心で私とは会おうとはしませんでした。そして、今までの配置は振り出しに戻り、半年遅れで、上司が何とかまとめてくれました。最終型は前面道路に面した店舗を多く計画することとなり、半地下、半地上という2段の店舗構成に収まりました。配置の調整は収まりましたが、商業の活性化という点では、数年後に撤退するお店がぱらぱらと出てきて、賑わいのない寂れた住宅付き店舗となってしまいました。結果として、2層店舗は失敗だったのです。しかし、その時はそうするしか方法がありませんでした。失敗だったというのは、結果論です。
今でも思い出すのがつらい嫌な体験でした。しかし、元はといえば私の何気ない言葉です。その何気ない言葉も、じつは「早く結論を出したい、早くまとめたい」という私の焦りや我見から出ていたのでした。自分にそういう我見があったと気づいたのは、相当年数が経って、経験を積んで、いろいろなことを体験してからでした。言葉というものは恐ろしいものだ、と何年か経って実感したものです。
言葉を変えれば、相手が変わる
その後、プロとしての自覚が出てきたころ、ある地域の再開発で、そういう言葉の間違いに気がついた地権者の方に出会いました。自分が子どもを駄目にしていたのだと気づいた方がいたのです。とても、自己認識意のすばらしい人だったと今でも思い出します。その人の話です。
長男が中学校の反抗期の頃のことでした。言葉で結構反抗してきました。あぁ言えばこういう、こういえばあぁ言う、で、1時間も2時間も言い争っていたことあります。ある時長男が、長男自身が悪いと分かり切っている問題に対して、私のことを悪いと責め始めました。とうとう頭にきた私は「おまえという男は本当に、ごめんなさいと謝ることを知らない男だね」と言ってしまったのです。すると長男からビックリするような言葉が返ってきました。それは、「おまえこそ謝っている姿を一度も見たことがないぞ」というものでした。いつもはお母さんと言うのですが、ケンカをするとおまえと言うのです。そして、「おまえだってお父さんに対してあぁ言えばこう言い、こう言えばああ言うと言っているじゃないか。俺に対しても一度だって謝った事があるか?ないじゃないか」というのです。
さらに「俺は、そういうおまえの姿をこれまで見ながら育ってきたんだ、だから謝り方なんて知らないんだ。おまえから教わっていないんだよ」と、こういうのです。私はびっくりしてしまいました。そして反省をしてみました。そうしたら長男の言うとおりだったのです、主人にはごめんなさいと心の中では謝っているんですが、照れがあってなかなか素直に謝れません。反対に、「でも」とか「だって」とか。挙げ句の果てには「そんなことをいうんだったら自分でやれば?」と言っていたのです。長男には、「お母さん駄目じゃないか」と言われると、「おまえがちゃんとしてくれないからお母さんがこういうことをするんだよ」と理屈をこねていました。長男の姿は自分の姿だったのです。
よし、これからは自分の非は認めて素直に謝ろうと決心しました。
ある時長男が「お母さん駄目じゃないか」と言ったので、「ごめん、ごめん、お母さんが悪かった」と謝りました。するとつり上がっていた目がすっと元に戻って、まんざらでもない顔をして、何も言いません。ああ、1時間も2時間も反抗させていたのは、私だったのだ。私の対応の悪さがそうさせていたのだと気がつきました。自分では自分の姿とは、なかなかわかりません。私はそんな自分を素直で良い人間だと思っておりました。
という体験です。ここで、この方は、自分の姿というものはなかなか見えないというふうにおっしゃっています。実際に、自分では自分の姿はなかなかわかりません。確かにわからないものです。自分が何を考え、どういう言葉を発しているのかわかりません。自分の心がどういう状態なのか、子どものことを真に理解しているのか理解していないのか、それさえもわかりません。
では、自分の状態を客観的に見るにはどうすればいいかというと、周りの反応です。子どもの姿です。男性であれば、奥様の姿です。女性であれば、ご主人の姿です。どういう反応をするかで自分の状態がわかります。子どもは親の鏡と言いますけれども、子どもだけではありません。周りの人すべてが自分の鏡なのです。間違いなく、周りの反応に表れているのです。会社においても、地域においても。だから、何か自分に対して嫌な反応だなと思ったら、それは相手の問題ではなくて、自分の心のあり方に何か間違いがあると考えるべきなのです。これを昔の人は、「立ち向かう人は心の鏡なり」と言いました。
最初の事例の、子供に「馬鹿」と言い続けた母親然り。また、店舗配置における私の失敗体験然りです。気づかないうちにどこかで自分がその種をまいているものです。
わびる言葉、許す言葉
こういう言葉の問題に関して、「愛は裁かず」(伊藤重平著、黎明書房)という本を取り上げてみます。著者の伊藤重平さんという方は、不登校や非行の子どもをずいぶん立ち直らせて、それを天職としておられた方なのですが、この本の中にはそういう子育てで失敗したお母さんがどうやって子どもを立ち直らせたかという話が沢山出てきます。その中の「母がわが子に謝るとき」—すさんだ生活をする高校生—から。
ここに取り上げる事例は、高校二年の男子Kで、禁じられている喫煙、ときに怠学、マージャン遊びの夜遊びの習慣、金づかいが荒く、学業成績は入学当初より漸次下降、家の者との対話がなくなっている。これが主訴といわれるものであるが、どこにでもよくありそうな生徒である。家庭は両親健在で自家営業、就職をしている兄と中学一年の妹がある。
私と母親との最初の面接は次のように行われた。「あの子は自分勝手なことばかりする子で、学校から帰っても、家へは立ち寄りません。私はあの子に、『おまえは近頃眼つきが悪くなったぞ』といってやったこともありますが、暗い顔で眼つきが悪いのです。夜遊びをして12時頃毎晩帰るので、『なぜもっと早く帰らないのか』というと『帰ろうと思うが帰られない』といいます。『よその子はよい子になるのに、なぜおまえはなれないのか』といって私が怒ると黙っています。」
「今、お母さんの話を聞いてわかりましたが、K君は自分はもうだめな人間だと思い込んで、劣等感といわれる病気のような状態に落ち込んでいるようです。劣等感をもった人間は、欠点を指摘するとますます駄目になります。さきほどお母さんがいったことばですが、『おまえの眼つきが悪くなったぞ』といえばますます劣等感が深くなります。自分は悪い人間であると思い込むようになると、それに似合ったことしかできなくなります。K君も現に、『よいと思うことがやれない』といっているではありませんか。」
そのとき母親は何か衝撃でも受けたように、「そうですか、病気のようなものですか」と応答した。
そのあと、この方がいろいろと母親にアドバイスをした結果、この母親がどのようにして気づいたかということが書いてあります。効果が出てきたのです。
それから5日たって再度の家庭訪問をした。父親も母親も喜びにあふれて玄関に出てきた。母親が、「先日はありがとうございました。あの日あの子が学校から帰ってきてから、あたりに誰もいなかったので、私は子どもの前にすわって、『お母さんは今まで怒ってごめんよ。わたしが口やかましくいって悪かった』と謝ると、Kは涙ぐんでいました。そして、『しっかりやってね』と頼むようにいうと『しっかりまじめにやる』といってくれました。それからあの子は変わりました。今まで学校から帰るとカバンを置いてすぐ外へ出て行ったのに、カバンを置いて友人の話をしたり、先生の話をしたりして家にいつくようになりました。お使いにも気もちよくさっさと行ってくれるようになりました。そして気持ちがやさしくなってきました」。深々と頭を下げ、心から礼を述べた。
まことにみごとな転換である。母親が子どもを責めるようにガミガミいってきたことはよくないことであった、と母親が気がついて、それをやめただけではこのような急激な変わり方はしなかったであろう。そのような場合、子どもは、今日はガミガミいわれなかったが今にまたいうのではないかとの不安が解消されずに継続するからである。つまり母の決意が真に子に伝わらぬから子どもの目にうつる心理学的環境が変化しないのである。子どもを責める態度から謝る態度に転じたことは、子どもにとっては家庭環境の激変である。この激変が子どもの行動を好ましい方向へ激変させたことになる。この母親のわびる態度の中に、子どもの過去のよくない行動を裁かずゆるすということが含まれている。これを許す愛というが、これによって子どもの劣等感が消えたのである。
という内容です。子どもの欠点を直そうと思って言葉で言えば言うほど、子どもはかたくなになって欠点が直せなくなります。そうではなくて、認めてあげる。あるいは許してあげる。あるいはさらに、これは自分の問題だと思って、「自分が悪かった」と親が勇気を持って子どもに謝るくらいのことをすると、こういう形で子どもの生活態度も激変する、ということです。これは法則です、子どもを変えようと思ったらまず親自身が変わったらいいのです。これは親子関係の法則です。
さらに言えば、親子関係のみならず、人間関係の法則です。
成績が悪いと子供を責める親。営業成績が悪いと部下を責める上司。
家庭も、会社も、地域も、社会も、すべては言葉によって動いているといっても過言ではないでしょう。言葉の持つ意味、言葉の持つ力を改めて考えてみたいものです。
以上