日本人である自分には、いまいちピンとこない
'dear' の概念。
手紙の文頭に使用したりするから
「拝啓」なんて訳すことも・・・なんて、
教えてくれた呆れた中学の英語の先生がいたけれど、
とんでもない。
「親愛なる」も枕詞のようで、
昔の文人の訳そのままで何だか気持ちが悪い。
文化の違いは思わぬ感情の行き違いを生じる。
この世は男と女の愛で織り成されていると考えると、
この意味を恥ずかしい、あるいは隠すべきと考えるのは、
広くアジアに多いような気がする。
善悪はともあれ、人が人を愛する形は美しいという
当たり前の価値観が欧州にはしっかりと根づいているように思う。
(もちろん保守的な人々もいるので、露骨な表現を嫌う人々もいる)
つまりは、異性へのアプローチは日本よりかなり直接的だ。
だから'dear'はけして枕詞や建前ではないのだと思う。
とても意味のある大切なことばのような気がする。
しかし、同時に愛人を許容する文化でもあるような気がする。
(もちろん、あからさまに堂々と、という人は少ないだろうが)
最近、私のwallへpostするようになったMaria(仮名)
知り合ってからもう1年近くなるだろうか。
最近メッセージを交わすようになって、彼女の私への思いが
ドイツ語交じりの英語の拙い内容から健気さが伝わってくる。
音楽や絵画、水泳など趣味の似ているものを互いに共有し、
会話は短いものの、楽しさを感じている。
そんなことを横目に、弟のJulienが何やら嫉妬しているようだ(笑)
きっと、僕のこと相手にしてくれなくなっちゃうんじゃないか
と心配している様が伝わってくる。
今朝もなんだかわからないことを、しきりに訴えていた。
お前のことも愛しているよ。
憎めないかわいい奴だ。
dear friend, dear, dearest, my dear Luke と
その都度、私への呼びかけが変わって来た。
私の子どもたちの写真を好んでいるみたいだ。
そして私のいくつかのプロフィール写真にlike clickを連発し
自分の気持ちを表現してくれているのもよくわかる。
ただ、自分はいまフランス語の勉強をしなければならないのに、
彼女はドイツ語圏だ。
しかし、しばらくは英語でやり取りをするしかない。
今朝、Julienは私と同じく
Daniel Barenboimの大ファンだということを知った。
意気投合し、その辺りの話題を今後はして行こうと思っている。
今日もおやすみちゃん
そろそろ冬眠の季節でやんす^^;

そろそろ冬眠の季節でやんす^^;
昨日は業務のあと、公館のBritish Mensと恵比寿へ。
Joel Robuchonのchâteauでの餐会だった。
もう10年以上になるだろうか。毎年、飾られてるBaccaratのシャンデリア。
今年は20灯増やしたそうだ。
あまりの豪華さに、ただ、きれいとしか表現できない。
しかし、日本はまだ豊かなんだなと思う。
クリスマスシーズンを迎え、街の中に活気がようやく戻ってきた。
去年、一昨年とは全く違う空気が漂っている。
今朝もJulienが欧州経済の先行きを案じ、非常に不安がっていた。
彼のスペイン人の友人医師が口腔外科と歯科を学んでおり、
スペインの経済状況からフランスで歯科医をする予定だとのこと。
私たちも耳にする日々のニュースの内容そのままが彼らを襲っている。
そして最も怖れているのがやはり、ギリシャの情勢だとのことだった。
さらにJulienが危惧していたのは、
最悪なのは世界の人口を減らさないといけない、ということがゴールになってしまうこと。
その恐れの感覚が言葉で伝わってくる、かなりな深刻さなのだと思う。
翻って日本はまだ、ぬるま湯に思えてしまう。
でも、景気も人の気持ちの動きがないと停滞してしまう。
いまの政権が交代し、その先に期待をしたいという人々の表れだろうか。
街の至る所に明かりが灯っているのを目にする。
私は多くの人に支えられている。
一時は恥ずかしながら、mental crisisに襲われてしまった。
しかし、ブログを通じて助けてくれた人がいた。
本当に感謝している。
私のような専門職の人間を助けられる人はなかなかいない。
その方は真のhealerであることに間違いないと私は確信している。
また、業務に戻る勇気をもらい、
いま多くの人に有無を言わせず、私の意志を伝えられている。
日々の診療の中で、私にも家族があり、自分のこと以上に不安に
陥ることがある。
そんな時は、言葉が適切ではないかも知れないが、魔が差すように
患者さんのマイナスの強い感情に翻弄されてしまうことがある。
人の持つ念というものは、時としてものすごい力を発揮する。
よくも悪くもどちらの場合であってもその力は強大だ。
心身の病というのは、いろんなファクターが関わり発症する。
私は多くの人に日々の生活の一瞬一瞬を大切にしてもらいたいと願っている。
なぜなら、毎日の生活の中からこそ病は引き起こされるからだ。
もちろん先天的な遺伝子によるプログラム(シナリオ)もあるだろう。
しかし、多くは生活の基本であるリズムやその内容が大変重要だと考える。
特に食生活から引き起こされる病の数々。
塩、脂、糖への配慮を十分にとってもらいたい。
そして、いつもできるだけ決まった時間に就寝し起床すること。
(水分の摂取量にも配慮いただきたい。
やみくもに2リットルも4リットルも摂っている方はただの馬鹿としかいえない。
むくみを来し、体が重く怠くなっていても過量に水分を摂取している。
女性の性ホルモンへの認識と塩分に配慮できていない多くはこのタイプが多い)
最後に最も大切なのは、「考えるより動く」ということ。
私は考えることを勧めない。
なぜなら、マイナスのゴールへと考えるよう人は作られているからだ。
だから、必要以上に考えないことだ。
考える時間があったら、まず行動に移すことを勧めたい。
それでダメであったら、その時だけ考えればいい。
私たちに与えられている時間は大変貴重だ。
ものすごい速さで時間は過ぎ去っていく。
もちろん人により、いまある、いますべきステージは異なるだろう。
しかし、動くことに意味を見出して行ってもらいたい。
魂は日々研ぎ澄まされ
光となることを夢みる
時の概念を探求し続けた二人の偉大なアーティストからのギフト