昨日は、患者さんたちの誘導と
スタッフたちの動揺を抑えることにがむしゃらだった。
「窓とドアをすべて開けろ!」
「この建物はそうそう潰れはしない!大丈夫だ」
などと叫んでいた。
余震が続く。
不気味なくらいに長かった。
スタッフが「先生、下(外)へ行きましょうか」
という言葉をさえぎっている自分。
階上の大勢の人間が非常階段を下りてくる音が
けたたましく、いざとなれば、二階のベランダから
非常用梯子を使用する方が安全ではないかと
見当をつけていたからだ。
長かった。
余震が何度も私たちの気持ちを逆なでる。
電話は携帯も含めすべて不通。
テレビとインターネットから鉄道の運行状況を知り、
小さな子どもや老親のいるスタッフのみ帰れるよう手配し、
私とほとんどの従業員は院に留まらざるをえなかった。
交通手段が皆無だった。歩くには遠すぎる。
電気や水道のライフラインが無事だったことが大きな救いだった。
ソファで1時間ほどの仮眠をとり、今朝がたの余震を
感じながら、FBに届いていた海外からのコメントやメール
の多さに、ことの大きさを改めて実感していた。
みんなまるで我がことのように接してくれていることに
嬉し涙がこみ上げてくるほどだった。
テレビからは死者・不明者が1000人に上るとの声が・・・
幼子や家族、友人を失った人たちの心痛はいくばくだろうか。
李登輝氏も胸が張り裂けそうだと日本語で表現されていた。
色々な国でPray JapanというイベントがFB内で立ち上げられ、
参加者が集い始めているのをみると、サイバー空間での連携
作業の早さが目をみはる。
鎮魂。
LUKE