花見も終わり、次は温泉にでも行こうか?と近所の中華屋でレバニラ炒めを食べながら外を眺めていると、春の柔らかな光の中に忘れかけていた子供の頃の記憶が又甦って来た。私はまだ、6歳前だったと思う。何処かの地方に祖母ともう1人の誰かと、多分東北の何処かの山にある宿泊施設に泊まって、夜は熊を食べると言われていた。幼い私には熊がどんな姿をしているのか全くわからなかった。熊さんを食べるけれど、熊さんはこれからはもう食べてはいけない動物になる。だから、最後に食べておきなさいと誰かに言われたらしい。山奥の宿泊所だか?旅館だか?泊まっていた場所の記憶は全く残っていない。私の中の記憶は、猟師さんの小屋の中に吊るされた巨大な熊の姿だけ。黒い毛皮に覆われた大きな頭と、お腹と大きな腕。毛皮は黒々と光っていた。太い大きな足は大地を踏み締めているように、吊るされた熊は死んでも、勇敢で逞しい森の王様の威厳を持っていた。今にも動き出しそうな熊の左手はざっくりと切り取られて、大切に大皿の上に乗っていた。血生臭い匂いが小屋の中を包んでいた。猟師さんは言った。生きている様でしょう???私にとって、最後の熊となります。この熊は、この森で一番大きく、生きて久しい熊です。私の前から立ち去らなかった。私はこの熊を最後に殺したくはなかった。でも、この熊は私の前から立ち去らなかったのです。さあ、殺せと私の前で、立ち上がり、最後に私と闘う事を熊が望んだのです。私にとっても最後の戦いになりました。この熊はそれがわかっていたのです。山で生きるのは人間も、動物も同じ。どこで、生まれ、どこに何頭生きているのかを人間が知っている様に、動物達も何人の人間が自分達に闘いを挑んでくるのかを知っているのです。長い時を、森で獣と共に生きて来た私に、この熊は最後に自分の命を差し出し、この先、もう熊を銃で撃つことの無い森で、熊の子供達が人間に撃たれる事なく、生きて行ける事を願ったのです。熊は、私が銃を持っていることを知っています。私の前で立ち上がれば、その闘いは銃を持つ人間が必ず勝つことを熊は知っているのです、こいつは、勇敢に私の前で大きく立ち上がって、さあ、最後に私を殺せ!!!持っているその銃で、殺せば良い!!私は、堂々と闘う!!そう言ったのです。大皿の上の熊の手を見てやってください。好物のはちみつで、甘い熊の左手を食べる最後の人間があなた達だけになる事が、この熊が一番喜ぶ事。熊の気持ちを知って、熊を食べてやってください。猟師さんがそう言った時には、私は涙が止まらずに、うえんうえん泣いていた。もう1人の大人は多分伯母だったと思うがその人もメソメソ泣いていたような気がする。祖母は、食べる物が無ければ、なんだって食べなきゃしょうがないんだと、言い訳を言っていた、その日は左手を食べて、次の日には色々な部位を食べると言って、左手を食べた。甘かった。生で食べたような気がする。心の中で、この味を忘れません。ごめんなさい。人間はもう熊を食べません。ごめんなさいと謝りながら、甘い左手を食べた。勇敢に立ち上がった様に吊るされた熊は、その時、にっこり笑った。僕は蜂蜜が大好きなんだよ。又、熊になって蜂蜜を食べられるかな???神様、この熊さんに毎日蜂蜜を食べさせてあげてください。私は必死に祈った。熊は言った。明日も必ず来て僕を全部美味しく食べてね。食べてもいいの???だって、もう僕は死んでいる。人間は何でもかんでも食べてはいけないんだとこの時、悟った。