お目汚しですが少しだけ私の創作を・・・













「楓」







〈楓と僕〉



楓がその病気を発症したのは大学に通いだして暫くしてからだった。





高校で出会った僕達は違うクラスの違う部活だった。

けれどそれ以外の時間をなるべく一緒にいた。

いつでも楽しかったし僕達はそれが永遠に続くと信じて疑わなかった。



月日は経ち高校を卒業し、楓が大学に進学、僕が社会に出ると、

少しずつお互いの時間や感じ方にズレを感じるようになってきた。

いや、僕が一方的にそう感じたかっただけなのかもしれない。

自分でお金を稼ぐようになった僕はフラフラと夜遊びをするようになり、

学生である楓がついてくるのを疎ましく思ってウソをついてしまう時もあった。

僕は大人になったつもりで格好つけていたのだと今になって思う。

だけど本当は大学に行った楓の事が羨ましかったのはわかっていた。





楓の病気の事だってそのうちなおるものと勝手に決め付けていた。

僕は病気について調べなかったし、僕と話す楓にいまいち病気が当てはまらなかった。

会えば無理に明るく振る舞ってみえるけど、それは僕の気を惹くためだと思った。

だから楓から電話で入院を告げられた時も、僕は軽く返事をして気にすんなと言った。



内心穏やかではなかった。だけどそれを楓にも周りにも悟られたくなかった。

僕は無理矢理楓を心から追い出して、その日も朝まで遊んでいた。











〈その日〉



僕の電話が楓の名前を表示したのはそれから一週間後だった。

夕方仕事の帰り道、車を運転している最中の事だったので少しイラついた。

素っ気なく電話に出た僕に、少し間をあけて震える声で苗字を名乗る。



相手は楓の母だった。



狼狽する僕をよそにまた少しの沈黙・・・

だけどかすかに泣いている時特有の息遣いが聞こえていた。

僕は心が聞いてはいけない何かを拒否したがっているのを感じた。







楓の母が息を吸い込んで留めたのがわかった。

沈黙を覚悟に変えたのが雰囲気で伝わった。



・・・楓の母は涙混じりの声で楓の死を告げた。







上ずった声で冗談っぽく聞き返してしまった僕に、

楓の母はさっきより聞き取りにくい声で一言呟いた。





・・・自殺です。





酷い動悸がした。

楓の母の泣き声が僕の心臓をより早く叩いた。

何を言えばいいか判らなかった。

判らなかったからすぐに楓の家に向かうと言った。









すぐ楓の家に着いた。



呼鈴を押そうとした指を一度躊躇した時に、

以前はいきなり戸を開けて挨拶していた事を思い出した。

我が家のように過ごしていた楓の家に、数ヶ月ぶりに来たのだと気付いた。



呼鈴の音を、こんな音だったかと場違いな事を考えていると玄関が開いた。

楓の母が笑顔とも泣き顔ともつかない顔でありがとうと迎え入れてくれた。





座敷に通された。

あまり馴染みない部屋だ。

たった今買ってきた新品の家具みたいな箱の中で楓は寝ていた。



よく解らなかった。

自分の部屋じやなくて座敷に寝かされた楓の姿も、

瞼すらピクリとも動かないのも冗談に思えた。



黙って座っていた僕に楓の母は、

楓がここ一ヵ月は塞ぎ込んで家族とも話さずにいた事と、

僕にとても感謝していたと何度も言ったのだと繰り返し話し、泣いた。





僕は嫌でも気付かされた。

だって、楓は一週間前まで僕とは普通に会話していたのだから・・・

何も言えなかった。

言えるはずなんてなかった。









僕はみすみす楓を殺してしまった。





僕が楓を殺した。













〈僕〉



薄暗い部屋で一人ウィスキーを飲んでいる。たぶん僕は泣いている。

そう言えばいったいいつ帰って来たのだろう?



吐き気がしていた。

強い酒を飲んだから気持ち悪いのではなく、

電話を受けてからずっとある吐き気を抑えたくて強い酒をあおった。



もうすぐ瓶はからになる。

酒は酷い後悔と自分への怒りを膨れ上がらせるばかりだった。

焦点も虚にぶつぶつと独り言を呟いてた。

そしていつしか僕は叫んでいた。





自分をけなした。

僕こそ死ねばいいと思った。



楓に謝った。

何度もごめんと繰り返した。



そして死を選んだ楓をけなした。





僕は自分が声をあげて泣ける事を知った。

「その日」を胸の中から吐き出したくて叫び続けた。



僕がきちんと向き合っていたら、楓は死を選んだだろうか。

楓から目を反らしていた卑怯な自分が許せなかった。













〈楓〉



真っ白な骨。

楓は今、真っ白な骨だ。



こんなに小さかった?

風が吹けば飛んでしまいそうだ。



ポッカリと空いてしまった僕の胸の穴に、

真っ白な楓を詰め込んだら、少しは楽になれる気がした。



泣いた。

思い出す楓の顔が笑っているのが悲しかった。

楓は、悲しいは優しい思い出だと教えてくれた。



そんな事、知りたくなかったよ。

ただ一緒に・・・