Rock Around 60th のミニマルライフ
Amebaでブログを始めよう!
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>

[コピー]大人のお遊び フォノイコライザー”AT-PEQ20”高音質化改造大作戦

ここのところ、オーディオ熱の再燃が凄まじいのです。

しかも、アナログ路線をまっしぐら、
レコードも「VINYL」なんて呼んでカッコつけちゃって。
でも良いんです楽しいから。
で楽しい事探しで見つけたネタがこれ、
”フォノイコライザー高音質化”
もう相当前に先人たちが実施したネタなのですが、
それほど、手間も、技術も、費用もいらずに効果が大きそうなので、
早速チャレンジしてみます。


audio-technica製のフォノイコライザー。
「AT-PEQ20」
レコードをLINE入力で聴けるようにする増幅装置です。
このままでも、十分及第点の良い商品なのですが、
中のパーツをグレードアップすると、かなりの効果で高音質化できるとの事。


秋葉原の秋月電子通商さんからパーツを購入。
左がコンデンサー、右がオペアンブです。


コンデンサーを間違えないように振り分けて、名前を書いた紙を入れておきます。
それと、ナンチャッテハズキルーペも必須。
これが無いと何も見えません。


これが今回目玉のパーツ
オペアンプ「Muse01」
下駄ソケットと共に2個つかいます。
(なんと一個3500円)

 

 

 

 

早速フロントのネジ4点を外して、基盤を取り出します。
この段階でメーカー補償よサヨウナラ、趣味の時間よコンニチハです。


記しのついているパーツを外して行きます。
ここで、ハンダを剥す作業なんですが、


以前はハンダごて吸い取りリボン両手で持って大変だったのですが、
今回はこんな新兵器が有ります。
「はんだシュッ太郎NEO」
ハンダを溶かしつつ、ポンプで吸い取るという優れもの。
これが面白い様にとれる取れる!!
これが「はんだシュッ太郎NEO」で作業する面。


次から次へと外して


この通り。

 

電極の有るコンデンサーを図面無しで付けるのはどうしたものかと
ちょっと不安でしたが、案じるよりでした、
基盤に+の指す場所が指示してあります。
ちなみに今回は、無電極コンデンサー1種類、
電極コンデンサー3種類ですが、3種類ともプラスが足長です。


ハンダを取った場所にマジックで印が付いています。
かなり荒いですが、パーツをハンダで取り付けて、


表はこんな感じ、付け替える前より
「蜜」に成ってます。


途中、お約束のねじ回し中に手がつるトラブルにも見舞われましたが


無事終了!
と言っても外観が変わるわけでは無いので・・・


音出しもしてみましたが、
うーん、やってもうた。。。



改造前のこの機械の音を聴いていませんでした。
映えを狙って行ったレストランで、あまりにも美味しそうで、
写真を撮る前に食べちゃった人みたいです。

だだし、フォノイコライザーではなくて、レコードプレーヤー内蔵フォノの音は
昨日までも聴いていましたが、それと比べると

明らかに解像度が上がったと思います。
一緒にこのエドシーランを聴いていた家内も

「CDの時と違う音が聴こえる!」
となんだか解ったような事を言っていました。

所要時間は40分~1時間
大変楽しかったので
「星三つ!!」
です。

 

心のメンテナンス

「探していた部品が手に入ったからいつでも修理できるよ、都合に良い時に車持ってきて」

いつもお世話になっている、自動車整備工場の社長から電話があった。

「すぐに行きます!って言いたいところなんですが、先日まで入院していて、今は緩和療法で、今後は常時体内にモルヒネが入っているので、運転ができないんですよ。」

「エーッ!そんな状態なの?車は取りに行くから全然いいんだけど、そうかぁ大変だね」
「家内が運転するので、整備をしておいてくれますか?」

「そうだね、奥さんだと気が付かなくて運転しちゃうと危ないからね。

北村さんの体もドライバーとスパナで俺が治せれば直ぐに治しちゃうのになぁ!」

 

社長の優しい言葉に少し涙が出た。

ともすると、固まり気味な心の襞が日々周りの人の優しい言葉に柔らかく成っていく。

そうやって毎日を、噛みしめながら生きている。

 

二度目のプロポーズ

急速な展開だった。

効き目は未知数だが、最後にそれしか頼るものが無くなった僕は、「TS-1(抗がん剤)」を服用し始めて2クール目の第3週、続けざまに喀血が起きた。

徐々に増える血液の量、見かねた家内が病院に連絡すると

「すぐに病院に来て下さい」と言われ、とるものも取らず車で病院へ向かった。

 

道中の車内でも喀血は続いた。

 

診察時に、車内に有ったゴミ箱の中、血液を含んだ大量のティッシュを見せると

直後からあわただしく駆け回る医師と看護師、
会話の余地もないまま、個室の病室が用意され緊急入院。

 

主治医は戻っていた自宅から駆け付けてくれ、当直医など複数の医師が病室に、

「今夜、大量の喀血による肺内部の溺死が起きても不思議ではない」と言われ

万が一の呼吸不全による脳死の場合人工呼吸器を使用するかどうするかとの判断を迫られた。

(酸欠による脳死状態が発生すると、ほとんど意識は戻らないが、人工呼吸器を医師が外すことは殺人になるのでできなくなる)

私は答えた。

「回復する見込みのない状態がどれだけ続くかわからないのに、家族に迷惑をかけたくないので、人工呼吸器はつけなくて良いです。」

 

その後、また喀血

止血剤の点滴とともに、「モルヒネ」24時間投与も開始された。

幸い、喀血は医師の迅速な判断と処置によって収まったが

「まだまだ油断しないでください。明日の朝元気に挨拶出来る事を願っています」
と医師から言われた記憶を最後に「モルヒネ」による混濁に沈んだ。

 

翌朝、虚ろながらも目を覚ました私は、室内に付いてもいないテレビから亡くなった著名人の追悼番組が永遠と続く幻覚をみた。
もしかしたら目を覚ましたと思っていただけで、忌の際を彷徨っていたのかもしれない。

 

その後、2日してから肺の血管の切れた部分を修復するカテーテルによって、さらに状況は改善し、5日ほどで24時間モルヒネ投与は少し弱い12時間毎の経口内服に変更された。

 

今後の事をご家族と話したいとの事で、時間を決め主治医と面談を行ったときは、やや眠気は有るものの、意識はかなりしっかりとしていた。

 

主治医は

「今回の入院の直前に行っていた抗がん剤“TS-1”は造影剤CTで服用前後の効果を判定しましたが、あいにく効果は有りませんでした。

この度の症状がでる以前は、治験も検討していましたが、今の状態ではそれも困難です。

よって、一般治療はすべて終えたと判断し、これからは緩和ケアに入っていきます。

一度緩和ケアに入れば、一般治療には戻りません。
ご質問の有った、死亡保険の給付申請や住宅ローンの保険による支払いのための診断書も出すことが出来ます。
経済的な事がそれですべて賄えるかどうかは解りませんがそれを踏まえて

今後の緩和ケアには三つの選択肢が有ります。

一つはこのままこの病院の緩和病棟のベットの空きがでたらスライドする方法。ご存知の通りこの病院は個室ベット代が高額なので一番医療費の負担が大きいです。

二つ目はご自宅に近い、入院費が比較的安い緩和ケアを行っている病院に入院することです。これはご家族の負担も少なく、万が一の時も迅速に対応が可能です。

三つめは往診医療、往診看護と緊急時入院先病院をセーフティーネットで繋いだ、自宅緩和ケアです。
これはご自宅に戻れる半面、ご家族が家を不在にするケースだと、対応が若干遅れるリスクが有ります。

ご自身はどのようにしたいですか?」

 

僕はここまで聞いて、家内の方を向き
「○○(家内の名前)が良ければ、僕は自宅で最期を迎えたい、そのためには最後まで一緒にいてほしい。仕事を辞めて一緒にいてほしい。」

大粒の涙を流しながら家内は

「勿論、あなたの一番望むように私はします。ずっと一緒に居よう。」

と答えてくれた。

 

そこから2週間、症状は落ち着き病院では、薬剤の点滴を内服薬に変更し、栄養補給も点滴から、重湯、お粥、一般食にかわった。
家内は並行して在宅緩和ケアのため、介護介助認定の手続きや、介護用品のレンタル手配、セーフティーネットの選択やアポイントを進めてくれて退院の日には万全の自宅緩和ケア体制が整っていた。

自宅に戻り、レンタルした医療用ベットに体を預け、僕は家内に「ホントに有難う」と言うと、

家内は

「ううん、私嬉しかったの。

あの時“最後まで一緒に居よう”って言われてなんだか2度目のプロポーズを受けたみたいだったから」

と言った家内は、笑いながら泣いていた。
 

ショートストーリー#11「情けは人の為ならず」

「情けは人の為ならず」という言葉がある。

意味を取り違えていらっしゃる方が多い言葉で、情けをかけるとその人の為にならないと思っていらっしゃる方もいるのでは。
本当の意味は・・・

 

これは以前、私が出張先の地方都市でタクシーの運転手さんから伺った話です。

 

「ある日、私は流していてもなかなかお客様に出会わずにいとところ、交通量の多い繁華街の交差点でふと歩道に目をやると、青の信号が短くて横断歩道を渡れないで困っている足の不自由なおばあさんがいました。

私は車を止めておばあさんに「交差点の向こう側まで乗って行ってください。」と言いました。

おばあさんは「有難うございます。でも私にはタクシーに乗るような贅沢はできません。」

「どうせこの交差点を私も向こうまで行きます。料金はいりませんから。」

と言うと、

「本当に良いのですか?有難うございます。」と言って、恐縮しながら車に乗りました。

交差点を渡り終え私は車から降りて、おばあさんの下車を手伝うと、おばあさんは何度も「有難うございました、有難うございました。」とお礼を言いながら去って行きました。
さて流してまたお客様を探そうと思って車に乗ろうとして時です。
「空車ですか?」
お客様です。
「ハイ!そうです。」
「良いタイミングだ!空港まで!!」

そうです、ここから空港までは高速に乗って約1万5千円位の距離です。良いタイミングとお客様はおっしゃってくれましたが、私があの時おばあさんの横断歩道を渡るのを手伝わなければこのお客様には出会っていません。
私は心の中で『おばあさん、ありがとう。』と呟きました。
しかし、話はここで終わりません。
その後、すごく気分の良かった私は、お客様との会話も弾み、空港までの道すがら、お客様に大変喜んで頂きました。
空港へ着き降りる間際にお客様が名刺を差し出され、
「私は週に一度東京へ出張があるので、毎週○曜日の○時にこの住所のビルの正面玄関に来て欲しい。」とのお約束を頂きました。人生って面白い事も有りますね。」

20年以上前のことですが、忘れられない話です。

「情けは人の為ならず」
(情けは人の為だけではなく、いずれは巡り巡って自分に返ってくる。だから誰にでも親切にせよの意)

「タクシードア」の画像検索結果

ショートストーリー#10「サーティーワン」

今から30年くらい前のこと。
一週間の仕事を終えた週末、早めに会社を出る事が出来た私は、自宅最寄り駅近く、コンビニエンスストアの前にいた。
珍しく娘が起きている時間に帰宅することができるので、アイスクリームでもお土産に買って帰ろうかなと思い、店に入ろうとしたとき、私のすぐ目の前を横切ろうとする人が。その人は白い杖で点字ブロックを頼りに歩いてきたところだった。
ぶつからないように、慌ててよけた私は、その人が通り過ぎるのをそれとなく見守った。
その時だった、その人の肩に掛けていたカバンが、コンビニエンスストアの前に止めてあった自転車の後ろの荷台をぶつかるともなく、かすめた。
荷物カゴにスーパーマーケットで買ったらしい荷物を沢山積んでいた自転車は、停車のバランスが悪かったらしく、大きく傾き、ゆっくりと倒れた。
倒れた時には白い杖の方はすでに2~3歩進んだ後で、大きな音に立ち止まりはしたものの、カバンが触れた感覚がなかったのだろう、そのまま歩いて行ってしまった。
私はどうしようかと一瞬考えたが、倒れた自転車を起こして、はずみで散らばってしまった荷物を拾ってカゴの中に戻した。
最後の荷物を拾ってカゴに戻そうとしたとき、ちょうど自転車の持ち主が返ってきた。
主婦らしいその人は私を見るなり「あなた、人の荷物を何してるんですか?」と訝しげに言った。
説明すると長くなるし、白い杖の方は悪気どころか自転車を倒した事さえ気がついていない。とりあえず自分が倒したふりで謝っておけば面倒臭く無いと思い、
「すみません」と言って最後の荷物をカゴにいれ、その場を立ち去ろうとした時、
「このおじちゃんは、白い杖の人が倒した自転車の荷物を拾ってくれていたの。悪くないよ」
と近くで、母親が知人としゃべる傍らで退屈そうにしていた幼稚園くらいの女の子が助けてくれた。
それを聞いた自転車の持ち主「そうだったですか!そうとは知らず申し訳ありません。ありがとうございました。」
と逆に礼を言いながら去って行った。
まだおしゃべりの最中の母親の傍らで、私を見つめる女の子に私はサムアップをしながら「サンキュー、助かったよ」と礼を言った。

助けたつもりが助けられた。

世の中まんざらでもない!私は家で待つ娘に今日の話をしてあげようと思った。
私は足はちょっとだけ高いアイスクリームを買うために駅ビルの方へ向いていた。

画像に含まれている可能性があるもの:アイスクリーム、食べ物

1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>