愛しい人よ

長いし、読みずらいけど、
一生懸命書きました。今日じゃなきゃダメなような気がして書きました。
今日12月15日うちの愛犬の怜珠(れもじゅ)が17年7か月と10日を生き抜いて永眠しました。
大好きだったよ。れもじゅ。今頃は野原を駆け回っているんだろうなぁ。白ばば(ばあちゃん)に会えたかな?
2か月前に仕事を辞め、れもじゅの看病(自分の休息)ばかりしてました。でも、すごく元気で排便排尿は自力で出来てたし。本当に頑張ってくれました。
実は11月2日のすごい寒い日に一回倒れました。散歩の後だったのであっけに取られたのと突然のことだったから母を叫び呼ぶぐらいしか対応が出来ませんでした。すんごく胸が苦しくなって抱き上げることもしてあげれませんでした。
でも、母が抱き上げて部屋に運んでから二人で出来る精一杯のことをしたら、なんと元気までにはいかないけど、立ち直ることが出来ました。
すごく嬉しかったけど、自分が情けなくなりました。一応看護助手をやっていたのに…とても悲しかったことを鮮明に覚えています。
それから5日過ぎた7日に犀川の河原まで散歩に行きました。11月に入ってから寒い日が続いていたけど、7日はすごく暖かく、チャンスだと思い(実際最後になりました)行きました。
目も見えないし、耳も聞こえないのだけど、昔いっぱい遊んだ犀川での散歩は刺激になり、元気よく歩いたり、休憩したりしてゴロゴロと遊んでいました。4時頃になり寒くなったので帰ることにしました。
車で犀川まで行ったのですが、帰りは疲れたのかリラックスしながらスヤスヤ寝て気持ちいいんだろうなぁと思いました。
それからは、寒い日以外は50メートルぐらい散歩して家に帰るってことをしていました。れもじゅは昔から散歩が大好きでだいたい30分以上は歩いていました。それを考えると激変したのが痛い程わかりました。
寒い日は家で排便排尿をするのですが、れもじゅはすごく頭が良く、目が見えている頃に覚えたのであろう、お風呂場でするようになりました。ペット用のシーツを4~5枚ひいていましたので汚くはないし、れもじゅは頭が良い(強調(笑))のでシーツの上にしてくれました。家族誰一人教えてないのに…。
体調が本当に悪くなってきたってわかるくらい、体重も減っていきました。ガリガリです。
その時ぐらいからご飯の量も減ったし、水もあまり飲めてないので、一生懸命考えて、スポイト(注射器の形をした物)であげたり、水飲み場に行くこともありましたが、そこに行くのもしんどそうだったので、250ミリリットルぐらい入る容器があり、キャップは気圧で水が出るしくみでストローみたいな飲み射し(わからんやろうな…)でうちや、母が水をあげたりしてました。
食べ物はジャーキーやご飯の中にハムやソーセージを混ぜて炒めたチャーハン的な物をあげたり。パンもあげたし。でも全然食べてくれなかったので、栄養剤的な物をあげたり、ゼリー状になったミルクを、スポイトであげていました。
ある日から下痢をするようになり、しんどそうだったので病院に行きました。人間でも下痢って体力消耗するのに、老犬のれもじゅはもっとしんどかったと思うとかわいそうで仕方ありません。
でも病院に行き薬をもらって一週間飲ませるとだんだん普通の便になり安心しました。
そんな繰り返しの日々を過ごしていましたが、昨日の12月14日から何か感じるものがあり、夜中までれもじゅと母で思い出を話したりオルゴールをかけてその日は寝ました。
うちは仕事を辞めているので、いつでも寝れるし、起きることも出来たので、れもじゅの排便排尿はうちがほとんどしてました。夜中3時とか5時でもね。オムツをしているので、その中にすると本人も気持ち悪いし、うちらも掃除が大変だったってのもあるし。いつも寝る時は耳をすませてました。
カツカツカツカツとれもじゅの足音が聞こえるとそれがサインなので、うちが眠くても気合いで起きて、処置をしてあげました。
で、昨日の夜中もちゃんとサインと共に起きオムツを交換して寝ました。我慢出来ないこともあるので、オムツの中でしていることもあるけれど、ほとんど大丈夫でした。
れもじゅは腎臓や肝臓を悪くしていたので、元気な時は水をいっぱい飲んで夜中はお布団の上で排尿したりしてました。その時はオムツも嫌いで二人がかりでオムツをしてあげました。
もちろんお風呂場まで行けてなかったと思います。
朝、母が寝坊をしたらしく、うちをお越し、れもじゅのことを頼んで仕事に行きました。その時も下痢が続いていたので14日に母が病院に行き、下痢止めをもらってきたのですが、れもじゅは薬が昔から大嫌いだったので、ペッペッと薬を出してしました。母が薬をあげていると時間になり行ってしまいました。うちは格闘し二つ飲ませることが出来ました。良かった良かったとまた寝ました。
布団もいつもの倍以上はかけました。
今日は皆さんも感じているようにすんごく寒いし、アラレも降ったりして冬の到来でしたよね。
9時頃カツカツとサインが聞こえたので行くとやはり、お風呂場にいました。で処置も終わってまた寝ました。11時ぐらいにまたカツカツとサインが聞こえてきたので行くと下痢もしたし、排尿もしたので、また寝ようと思ったのですが、心配になり、見に行くと朝飲んだ水をおう吐していたので、綺麗にした後、れもじゅの横で寝ることに決めて母の布団で寝ました。
れもじゅは母のベッドの下で寝ていたから、何かありそうな時は母のベッドで寝ていました。
でも、そのおう吐があまりに臭くて、隣の部屋のコタツに入れて一緒に寝ることにしたのですが、れもじゅがぶるぶると震えが止まらなかったので、母の部屋に置いてある一式を持ってきて、こっとりと毛布や布団をしいてあげ、隣の部屋に置いてある暖房機を持ってきて、暖かくしてあげました。
また一緒に横になってもぶるぶる震えが止まらなくさすってあげました。でも、震えは一向に止まらないし呼吸も荒くなってきました。
もうダメかもしれない…
と思い母が仕事をしているところに電話し、至急来てくれと頼みましたが母は『仕事やし無理かも』と言ったので、来てくれないんやなと思ったのですが12時半には奇跡的にれもじゅとうちの気持ちが通じたのか帰ってきてくれました。
母が帰ってくる頃には呼吸も落ち着いてきてました。母が帰ってきたのがわかると安心したように寝てました。『ごめ~ん。今何とか落ち着いたし電話してごめんね』と言いました。
母はご飯も食べてなかったので隣でラーメンをすすっていました。うちはれもじゅを【いい子いい子】して頭やお腹をさすってあげました。
2時ぐらいか時間は覚えてないのですが、れもじゅが急に苦しみ出しました。母がれもじゅをさすってあげたり、うちはスポイトで少しずつ水をあげましたが、いつものように、ゴックンをしてくれません。
ずっと口で呼吸をしていました。つらそうでしたが、れもじゅに聞こえるよいにいろいろ呼びかけました。
『れもじゅ』
『れもちゃ~ん』
『大丈夫かぁ』
『頑張らなくていいよ』
とかいろいろね。急にれもじゅが最近はないてないのに関わらず、『ぐぅ~』って背伸びをしました。それから息が少しずつなくなっていきました。でも、たまに口で『はぁ』『はぁ』と息を吸っていましたが、
『あっ死んだ』とうちが言うとまた『はぁ』『はぁ』と息をしました。本当にそれぐらいの吐息でした。またスポイトで水をあげました。最後の力を振り絞りゴックンと水を飲みました。
母が思い切り抱き締めると同時に心臓が止まりました。
『今まで本当にありがとう』と何回も言いました。
『れもじゅ大好きやよ。』
うちは母がれもじゅを抱き締めるいる間ずっと頭を抱きしめなが耳元で言ってあげました。
れもじゅが背伸びをした時に出したなき声はサヨナラの言葉だったのかもしれませんね。
いっぱい泣きました。実は今も泣きながら書いてます。だって大好きだから。
横になったれもじゅにいろいろしてあげました。おう吐で汚れた敷き布団を変えたり、本当は正月に着せるために買った着物を着せてあげました。とても可愛くて本当に買ってあげて良かったと心から思いました。
でも、いつものように頭をなぜると冷たくなっていました。本当に死んだんだなぁと思い。おもいっきり泣きました。
でも、いっぱいなでてあげました。
明日はれもじゅを荼毘・ダビ(燃やす)しに寺に行ってきます。明日はもっと辛いんやと思います。明日は今日よりも泣きます。本当に明日からいなくなるなんて考えられないよ。
れもじゅへ。
れんちゃん江尻家に来てくれてありがとうね。本当に本当に大好きだったよ。
17年7か月と10日お疲れさま。また絶対に江尻家に来るんだよ。れんちゃん。ゆっくり休んでね。天国で待っているんだよ。絶対だよ。
れんちゃんあなたとの思い出は一生涯忘れないから…
またね。可愛い可愛いれもじゅちゃん♪
最後まで読んでくれてありがとう。ぐずぐずなんやけど自分なりに考えてれもじゅの最後を書きました。
生前れもじゅに会ってくださった方本当にありがとうございました。れもじゅはいい顔をして、今は横になってます。
れもじゅ~!夢に出てこいよ~。れんちゃんおやすみ。
今日12月15日うちの愛犬の怜珠(れもじゅ)が17年7か月と10日を生き抜いて永眠しました。
大好きだったよ。れもじゅ。今頃は野原を駆け回っているんだろうなぁ。白ばば(ばあちゃん)に会えたかな?
2か月前に仕事を辞め、れもじゅの看病(自分の休息)ばかりしてました。でも、すごく元気で排便排尿は自力で出来てたし。本当に頑張ってくれました。
実は11月2日のすごい寒い日に一回倒れました。散歩の後だったのであっけに取られたのと突然のことだったから母を叫び呼ぶぐらいしか対応が出来ませんでした。すんごく胸が苦しくなって抱き上げることもしてあげれませんでした。
でも、母が抱き上げて部屋に運んでから二人で出来る精一杯のことをしたら、なんと元気までにはいかないけど、立ち直ることが出来ました。
すごく嬉しかったけど、自分が情けなくなりました。一応看護助手をやっていたのに…とても悲しかったことを鮮明に覚えています。
それから5日過ぎた7日に犀川の河原まで散歩に行きました。11月に入ってから寒い日が続いていたけど、7日はすごく暖かく、チャンスだと思い(実際最後になりました)行きました。
目も見えないし、耳も聞こえないのだけど、昔いっぱい遊んだ犀川での散歩は刺激になり、元気よく歩いたり、休憩したりしてゴロゴロと遊んでいました。4時頃になり寒くなったので帰ることにしました。
車で犀川まで行ったのですが、帰りは疲れたのかリラックスしながらスヤスヤ寝て気持ちいいんだろうなぁと思いました。
それからは、寒い日以外は50メートルぐらい散歩して家に帰るってことをしていました。れもじゅは昔から散歩が大好きでだいたい30分以上は歩いていました。それを考えると激変したのが痛い程わかりました。
寒い日は家で排便排尿をするのですが、れもじゅはすごく頭が良く、目が見えている頃に覚えたのであろう、お風呂場でするようになりました。ペット用のシーツを4~5枚ひいていましたので汚くはないし、れもじゅは頭が良い(強調(笑))のでシーツの上にしてくれました。家族誰一人教えてないのに…。
体調が本当に悪くなってきたってわかるくらい、体重も減っていきました。ガリガリです。
その時ぐらいからご飯の量も減ったし、水もあまり飲めてないので、一生懸命考えて、スポイト(注射器の形をした物)であげたり、水飲み場に行くこともありましたが、そこに行くのもしんどそうだったので、250ミリリットルぐらい入る容器があり、キャップは気圧で水が出るしくみでストローみたいな飲み射し(わからんやろうな…)でうちや、母が水をあげたりしてました。
食べ物はジャーキーやご飯の中にハムやソーセージを混ぜて炒めたチャーハン的な物をあげたり。パンもあげたし。でも全然食べてくれなかったので、栄養剤的な物をあげたり、ゼリー状になったミルクを、スポイトであげていました。
ある日から下痢をするようになり、しんどそうだったので病院に行きました。人間でも下痢って体力消耗するのに、老犬のれもじゅはもっとしんどかったと思うとかわいそうで仕方ありません。
でも病院に行き薬をもらって一週間飲ませるとだんだん普通の便になり安心しました。
そんな繰り返しの日々を過ごしていましたが、昨日の12月14日から何か感じるものがあり、夜中までれもじゅと母で思い出を話したりオルゴールをかけてその日は寝ました。
うちは仕事を辞めているので、いつでも寝れるし、起きることも出来たので、れもじゅの排便排尿はうちがほとんどしてました。夜中3時とか5時でもね。オムツをしているので、その中にすると本人も気持ち悪いし、うちらも掃除が大変だったってのもあるし。いつも寝る時は耳をすませてました。
カツカツカツカツとれもじゅの足音が聞こえるとそれがサインなので、うちが眠くても気合いで起きて、処置をしてあげました。
で、昨日の夜中もちゃんとサインと共に起きオムツを交換して寝ました。我慢出来ないこともあるので、オムツの中でしていることもあるけれど、ほとんど大丈夫でした。
れもじゅは腎臓や肝臓を悪くしていたので、元気な時は水をいっぱい飲んで夜中はお布団の上で排尿したりしてました。その時はオムツも嫌いで二人がかりでオムツをしてあげました。
もちろんお風呂場まで行けてなかったと思います。
朝、母が寝坊をしたらしく、うちをお越し、れもじゅのことを頼んで仕事に行きました。その時も下痢が続いていたので14日に母が病院に行き、下痢止めをもらってきたのですが、れもじゅは薬が昔から大嫌いだったので、ペッペッと薬を出してしました。母が薬をあげていると時間になり行ってしまいました。うちは格闘し二つ飲ませることが出来ました。良かった良かったとまた寝ました。
布団もいつもの倍以上はかけました。
今日は皆さんも感じているようにすんごく寒いし、アラレも降ったりして冬の到来でしたよね。
9時頃カツカツとサインが聞こえたので行くとやはり、お風呂場にいました。で処置も終わってまた寝ました。11時ぐらいにまたカツカツとサインが聞こえてきたので行くと下痢もしたし、排尿もしたので、また寝ようと思ったのですが、心配になり、見に行くと朝飲んだ水をおう吐していたので、綺麗にした後、れもじゅの横で寝ることに決めて母の布団で寝ました。
れもじゅは母のベッドの下で寝ていたから、何かありそうな時は母のベッドで寝ていました。
でも、そのおう吐があまりに臭くて、隣の部屋のコタツに入れて一緒に寝ることにしたのですが、れもじゅがぶるぶると震えが止まらなかったので、母の部屋に置いてある一式を持ってきて、こっとりと毛布や布団をしいてあげ、隣の部屋に置いてある暖房機を持ってきて、暖かくしてあげました。
また一緒に横になってもぶるぶる震えが止まらなくさすってあげました。でも、震えは一向に止まらないし呼吸も荒くなってきました。
もうダメかもしれない…
と思い母が仕事をしているところに電話し、至急来てくれと頼みましたが母は『仕事やし無理かも』と言ったので、来てくれないんやなと思ったのですが12時半には奇跡的にれもじゅとうちの気持ちが通じたのか帰ってきてくれました。
母が帰ってくる頃には呼吸も落ち着いてきてました。母が帰ってきたのがわかると安心したように寝てました。『ごめ~ん。今何とか落ち着いたし電話してごめんね』と言いました。
母はご飯も食べてなかったので隣でラーメンをすすっていました。うちはれもじゅを【いい子いい子】して頭やお腹をさすってあげました。
2時ぐらいか時間は覚えてないのですが、れもじゅが急に苦しみ出しました。母がれもじゅをさすってあげたり、うちはスポイトで少しずつ水をあげましたが、いつものように、ゴックンをしてくれません。
ずっと口で呼吸をしていました。つらそうでしたが、れもじゅに聞こえるよいにいろいろ呼びかけました。
『れもじゅ』
『れもちゃ~ん』
『大丈夫かぁ』
『頑張らなくていいよ』
とかいろいろね。急にれもじゅが最近はないてないのに関わらず、『ぐぅ~』って背伸びをしました。それから息が少しずつなくなっていきました。でも、たまに口で『はぁ』『はぁ』と息を吸っていましたが、
『あっ死んだ』とうちが言うとまた『はぁ』『はぁ』と息をしました。本当にそれぐらいの吐息でした。またスポイトで水をあげました。最後の力を振り絞りゴックンと水を飲みました。
母が思い切り抱き締めると同時に心臓が止まりました。
『今まで本当にありがとう』と何回も言いました。
『れもじゅ大好きやよ。』
うちは母がれもじゅを抱き締めるいる間ずっと頭を抱きしめなが耳元で言ってあげました。
れもじゅが背伸びをした時に出したなき声はサヨナラの言葉だったのかもしれませんね。
いっぱい泣きました。実は今も泣きながら書いてます。だって大好きだから。
横になったれもじゅにいろいろしてあげました。おう吐で汚れた敷き布団を変えたり、本当は正月に着せるために買った着物を着せてあげました。とても可愛くて本当に買ってあげて良かったと心から思いました。
でも、いつものように頭をなぜると冷たくなっていました。本当に死んだんだなぁと思い。おもいっきり泣きました。
でも、いっぱいなでてあげました。
明日はれもじゅを荼毘・ダビ(燃やす)しに寺に行ってきます。明日はもっと辛いんやと思います。明日は今日よりも泣きます。本当に明日からいなくなるなんて考えられないよ。
れもじゅへ。
れんちゃん江尻家に来てくれてありがとうね。本当に本当に大好きだったよ。
17年7か月と10日お疲れさま。また絶対に江尻家に来るんだよ。れんちゃん。ゆっくり休んでね。天国で待っているんだよ。絶対だよ。
れんちゃんあなたとの思い出は一生涯忘れないから…
またね。可愛い可愛いれもじゅちゃん♪
最後まで読んでくれてありがとう。ぐずぐずなんやけど自分なりに考えてれもじゅの最後を書きました。
生前れもじゅに会ってくださった方本当にありがとうございました。れもじゅはいい顔をして、今は横になってます。
れもじゅ~!夢に出てこいよ~。れんちゃんおやすみ。
