一昨日は至近距離で雷が鳴り響く中、帰ってきました。
もう、稲妻で空が真っ青に光って、あたりが昼間のように見通せるほど。間髪入れず、龍の咆哮のような雷鳴が鳴り響き、雨は横殴り、傘はとうの昔にひっくり返っている。風が前進を押し返す。
今回ばかりは雷にうたれるかもと思いながら、雷鳴が轟く度に大声で笑ってしまいました。恐怖で
。
ちなみに父が若い頃、雷にうたれて入院したことがあるのです。
で、ようやく無事に家に帰りついて、五十嵐大介さんの”SARU”を読んでました。
オススメに上がっていたのですが、
元々、昔、探していた本だったのです。
伊坂幸太郎さんの 小説 ”SOSの猿” と相補的な漫画で、主題は「孫悟空」
これは猿を巡る物語、という設定。
”SARU” では、悪魔つきの少女にエクソシストがその名を問いかけると、
俺は「トラロック」と呼ばれている
俺は「ハルマンタ」と呼ばれている
俺は「トゥニアクルク」と呼ばれている
俺は「ドゥナエー」
俺は「内臓を晒す者」
俺は「ヘルメス」
俺は「ハヌマーン」
俺は「トート」
そしてこうも呼ばれている
「斉天大聖孫悟空」
時代と場所を変えて呼び表される猿神の異称を次々と名乗ります。
世界では、猿は主に雷や風、気象を司る神として表されるものとして物語は進んでいくのですが。
ところで、日本の神様として、同じく猿を名前に持つものとして、猿田彦神がいます。
天孫ニニギノミコトを導き、アメノウズメをめとったとされる国津神であり、今日では、道祖神として親しまれています。比羅夫貝に手をはさまれて死ぬという少し示唆的な最後を迎えています。その異形から天狗とみなされることもあり、やはり気象を司る一面も持ち合わせていています。
安曇磯良から時代はかなり遡るので、同一視はできませんが、どうしても、概念的な符号に目が行きます。
猿田彦は陸路の神、磯良は海路の神、猿田彦はアメノウズメをめとり、磯良はアメノウズメの舞を伝え、猿田彦も磯良も太陽信仰に連なり(猿田彦は古い太陽神、磯良は冬至にその姿を表す)、猿田彦は比羅夫貝に手を挟まれ最後を迎え、白村江で大敗を喫した安曇比羅夫は長野穂高神社に奉られている
どこか海陸での相補的な印象を受けます。2つを結びつけるために作為的にキーワードを埋め込んだような…。
嵐のような稲妻の光る日に考えるに相応しいお題でした(;^_^A。
最後に孫悟空のお決まりの口上を。
傲慢なキャラクターというのは魅力的だ
吾れは東勝神洲傲来国は花果山の生まれ
水廉洞主人たる天生聖人にして、
美猴王
斉天大聖孫悟空