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エイテツ学研究所


1812年、スペイン北部に位置する辺境の町で、13人の子供が惨殺されるという猟奇殺人事件が起こった。




容疑者はサンタナ・クラウス(68)。




犯行は、夜な夜な寝静まった家の煙突から忍び込み、住人の子供を惨殺した挙げ句、子供の遺体を麻袋に詰め込み持ち帰るという凄惨なものだった。




後に、町人は取り逃がした子供の靴下をオトリに使い、待ち伏せしている警官によってその場で射殺された。




サンタナ・クラウスが射殺された時は、被害者の返り血で全身が赤く染まっており、もはや人の姿をしていなかったそうだ。




苦しくもその日がキリストの誕生日であり、被害者が13名という事から「ユダ」の生まれ変わりとされ町人から畏怖された。




その次の年に感染元不明の病原菌が蔓延し感染者が続出、死者125名にも達した。




それはサンタナ・クラウスの「呪い」とされ町人から恐れられ、毎年12月25日にはサンタナ・クラウスと被害にあった子供達のために鎮魂祭を行う事になった。




あまりに悲惨な事件だったため、サンタナ・クラウスの事件内容は闇に葬られ、話は次第に湾曲していった。




いつしか煙突から家に入り子供達にプレゼントを分け与える心の優しい老人という話に挿し替えられ、伝承されるうち「サンタクロース」と言われるようになった。




それが現代に残るサンタクロースとして世界に伝わったという。



















って言ってたやつがボコボコにされてました。