私が長野に行った最大の理由は、以前お世話になった恩義のある社長に義理を返すためでした。
しかしながら結果2ヶ月半で、何の思い入れも持たないまま、全財産現金10万円を手に大阪へと出戻りするのでした。
さて大阪に戻ったのはいいのですが、住む所も無い部屋を借りる金も無い…
元嫁に泣きつこうかとも思ったのですが、そんな親父の姿を子供達が見てなんて思うか??
そう思うと、どうしても足が向かわず、齢42歳にしてネット難民へと堕ちてゆくのでした
その間、約1ヶ月弱…助けてくれたのは、盟友であるBar天国のマスターguttciでした。
毎夜天国に通い、手相鑑定のお客様を拾わせていただき、キタか京橋のインターネットカフェで仮眠をとる。
ウェットティッシュを風呂代わりにして、ネカフェの和室ですっぽんぽんになり全身をぬぐい、毎日安売りのパンをほおばり、3日に一度銭湯へ向かう…
まさかこの歳で、そんな生活をするとは、思ってもみなかったです。
どこかで巻き返しをせねば!!などと思いつつ、昼間は鑑定の仕事がないので、毎日パチンコ通い…
その頃の生活を、支えてたのはマジギャンブルでしたね。
しかしやはり人間の財産は、資産ではなく人脈です。
実のところ、私自身そんな状況が情けなくて、知り合いなどには話していなかったんですね。
そんな折、いろいろとお世話になっていた東大阪の社長から電話が…
「おい詠天!今どこで何をしてるんや??」
「社長…実はコレコレこうで…」
「そんな状態やったら、何ですぐに連絡せえへんのや!!お前はアホか!!うちの社員が東大阪で近代生相手の下宿やってるから、当面そこに住め。段取りは全部しといたる!!」
と、口は悪いのですが、ものすごい温かいお言葉
かくして、約1ヶ月の難民生活から解放され、八戸ノ里での下宿生活が始まるのです。
次回、八戸ノ里芋虫生活そしてギャンブラー本領発揮編へと続く…






